第76話 光の糸
「あれが水鏡?」
ユリキュースの知っている物とは違っていた。
「水鏡は石で造るものとばかり思っていた」
見るからに耐久性の弱そうな木の
「それは・・・・・・簡易的なものです」
不思議そうに見ているユリキュースの表情に少年ぽさを感じて、シュナウトは微笑ましく見つめていた。
「私はお飾り魔法使いですから、魔法使いとしての自由を王は認めませんでした。それに、今まで水鏡が必要だと感じるほどの事がなかったので」
対外的に温情のある王に見える程度でいい。
例え目的が知られていても、幼い王子に不当な扱いはしていないと示せたらそれだけでいいのだ。
「暗いな、ロウソクを持ってこさせよう」
「いえ、それには及びません」
部屋を出て行こうとする王子をシュナウトが止めた。
「ロウソクもロウソク立ても足りています。水鏡を使うときには灯りは最小限の方が写り込みが少なくていいんです」
そう言ってシュナウトは笑顔を見せる。
「いつもこんなに暗くして過ごしてる訳じゃありません。大丈夫です」
王子はそんなものかと納得してうなずいた。
「ここに来られたのは私の事が気になっただけですか?」
シュナウトが問いかけるとユリキュースは水鏡に目を落とし、少し迷ったあと口を開いた。
「気のせいだと思うが・・・・・・。なにか胸騒ぎのような感じがして落ち着かない」
「標のことが心配ですか?」
「標になにかあったと思うか?」
「いえ、私にはなんとも・・・・・・。ただ」
顔を上げたユリキュースの目がシュナウトを見つめる。
「王子の胸騒ぎと関係があるのかわかりませんが、少々前に妙な力・・・・・・気配を感じました」
「妙な?」
「はい。それで、寝所を守る結界の周辺を確認しました。同時に王宮全体の気も調べたんですが、特に感ずるものはありませんでした」
そこまで言ったシュナウトはふと思い出して小さく「ああ」と言った。
「見回っている時に怪我人を連れたルガイ王子の兵と出くわしました」
「兵士が怪我を?」
「はい、骨折していて」
「訓練場にいた者達は酷く疲れてはいたが怪我人はいなかったはず」
ジェラルド王子とジルコーニュ姫を避けて書庫へ行く途中、ユリキュースとシュナウトは訓練場の近くを通った。それはルガイが八つ当たりした後だった。
あまりに疲れはてた兵士達の姿を見過ごせず、ユリキュースとふたりで全員を回復させたのだった。
「ルガイ王子に愚痴を聞かれて暴言と殴る蹴るで大変だったそうです。夕方の頃だと聞きました。ユリキュース王子を頼って来たと」
眉間にシワを寄せたユリキュースの顔が辛そうに見える。
「大丈夫です。私が治しておきました」
「そうか、ありがとう」
「王子の許可もなく魔法を使ったことに彼らはとても驚いていましたよ」
「怪我人を治すのに許可などいらない」
青の種族の者にとっては当然の行い、余程のことがない限り当たり前の行動だ。
「魔法使いは王族のために存在する。そう思っている彼らにとってはカルチャーショックだったようです」
「必要な時に使わないとは何のための力か・・・・・・」
ユリキュースの表情が暗くなるのをシュナウトは見ていた。
兵士がルガイの魔法使いハジルを頼らずこちらへ来たのはなぜか、断られて来たのかとユリキュースが思考しているのがわかる。
「ユリキュース王子に黙って魔法を使ったことが知れたら大変なことになると怯えてしまって」
「怯えるほどのことか?」
「彼らにとってはそのようです。見捨てたら私が叱られるからと言ったのですが、理解が追い付かないようで。こちらが恥ずかしくなるくらい頭を下げられてしまって・・・・・・まいりました」
苦笑いしたシュナウトは表情を切り替えて水鏡に向かった。
「標から連絡はありませんね。王子も気がかりのようですし、こちらから繋げられるように頑張ります」
そう言って王子に笑顔を向ける。ユリキュースも笑顔を返した。
「そうだ、ペンダント」
彼女がペンダントを持っていたことを思い出して手を叩く。
亜結の顔よりもペンダントの図形の方がシュナウトにははっきり思い出すことができた。あれは魔方陣。馴染みのある物に似ているだけで記憶に残りやすかった。
「いけそうです」
シュナウトの顔が光を受けたように明るい。
石を呼ぶ呪文を頭の中に拾い集めて組み立てる。唇に指の背を当ててしばしシュナウトは考え込んだ。
そして、呪文を紡ぐ。
「
ふたりの見つめる水面が小さく揺れ始める。
シュナウトは心の内に波を感じた。
(反応している)
こだまが返るように呼応する細い揺らぎを感じる。
「
同じ呪文をもう一度唱えた。
水滴をひとつ垂らしたように、水鏡の中央から波紋が生まれて広がっていく。
「おぉ・・・・・・」
ユリキュースの口から小さく声がもれる。
広がった波紋が桶の縁に届くと水面の中央に光る円が現れた。ちょうど洗面器ほどの大きさの円だ。
「すいません・・・・・・私の力が足りないようです」
「かまわない。会話ができればそれでいい」
ユリキュースが亜結の名を呼んでみたが彼女は現れなかった。しばらく待ってもう一度呼んでみる。しかし、彼女は姿を見せず静かに時間だけが過ぎていった。
「静かすぎるな」
「水鏡の近くに誰もいないだけでしょう」
心配げに眉を寄せるユリキュースにシュナウトは明るく声をかける。
「しばらく繋げたままにしておきましょう」
「そうだな」
ユリキュースの暗い瞳に異世界の光が写っている。彼の横顔をシュナウトは見つめていた。
(魔法の継続の負荷はかかるが、ペンダントが力を貸してくれてる。もう少しだけこのままで・・・・・・)
「シュナウト、これは何だろう」
ユリキュースの指し示す先にちかちかと光が見える。
丸い異世界を取り囲む黒い部分に砂金のような小さな粒が見えた。目を凝らしてみると、それは瞬く星のようで線のように見てとれる。
「
シュナウトの呪文に答えて光が線となって浮かび上がった。
「細い糸のようだ」
複数の細い線が丸い異世界から桶の縁へと伸びている。
「
続けて呪文を唱える。
すると、光の糸は桶から外へと伸びてまっすぐ壁に向かっていた。
「壁から光が?」
光の糸をたどったシュナウトは壁に触れてみた。
(何も変わったところはなさそうだが・・・・・・)
「王子?」
ユリキュースがドアを開けて部屋の外へ顔を出している。
「シュナウト」
そのまま出て行く王子の後を追ってシュナウトも廊下へ出て行った。
「シュナウト、これだ。これから糸が出ている」
壁を突き抜けた光の糸が向かう先に彫刻が飾られていた。
その彫刻は王からの贈られたものだった。
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