第70話 投げる言葉 渡す言葉
「あいつを喜ばせてやろうじゃないか、あ?」
1歩近づくルガイからハジルが1歩離れる。引きずられたテーブルクロスが
「不思議な紙片を見せてもらったんだろ? そこに描かれた小娘の魔法使いに王がご執心だって言ったよな」
歪んだ笑みをこぼすルガイ。その瞳が赤黒く燃えていた。
「連れてこい!! 私を見下したあいつに謝らせてやるッ! 娘を下さいと頭を下げさせてやるッ!」
ヒートアップするルガイに怯んだハジルが目を泳がせる。どうすればいいのかと言葉を探すハジルの首筋を汗が伝った。
「まだ・・・・・・道が小さく、ガストームでさえまだ待っている状態なのですよ?」
「だからなんだ? 鳥は行って戻ってきた」
「ええ、それは・・・・・・そうですが」
詰め寄るルガイにハジルは後退する。王子の無茶振りがまた始まった。感情に任せて後先も考えず丸投げする。
(私より力のある魔法使いの上を行けと? そんなことを言われても無理な話だ)
「大きく見える鳥も潜るときには羽を閉じて腕ほどの大きさに・・・・・・ッ」
ルガイに胸を突かれてハジルはよろけた。
「ならば腕を突っ込んで捕まえればいい!!」
投げつけられたテーブルクロスが頭からハジルを覆う。慌てて除けようとばたつくハジルの耳を声が突いた。
「あいつらより先に連れて来い」
耳のすぐそば、クロス越しに冷淡なルガイの声がする。ゾッとしてハジルが動きを止める。
「し・・・・・・しかし」
「できないなら、例の言葉を口にしてもいいんだぞ」
例の言葉。そう聞いてハジルの心臓が冷えた。
ハジルは遠ざかるルガイ王子の足音を聞いていた。かけられたクロスを剥ぐことすら忘れて、頭から流れ落ちる嫌な汗を拭うことすらできずに。
秋守の出て行ったドアを見つめていた亜結は、ため息をひとつこぼして肩を落とした。
(戻って来るわけない、よね)
すごく怒っていた。すごく怒らせてしまった。でも、もしかしたら・・・・・・。ほんの少しの期待がしぼんで、亜結は溶けるように椅子に座った。
「これでいいんだよ。いいよね、お祖父ちゃん」
自分を納得させて立ち上がる。
「よしっ」
テーブルに手をついてふと気づいた。
「あれ? 小箱は?」
秋守から守ろうとしてしっかり握っていたはずなのに、ない。足元を探し玄関を探して奥の部屋へ目を向ける。
「あった」
小箱はテレビの前に転がっていた。
「え? やだなぁ、どうしてそんな所に」
いつもより独り言が多い。それに気づかないふりをして小箱を取りに行く。亜結の視界の隅を何かがふわりと動いた。
(・・・・・・羽根?)
部屋にあるはずのない物。どうしてここにと手に取った。それは30センチ近くありそうな大きな羽根だった。
「きれい」
灰茶色の羽根は先端がチャコールグレーで、数本入ったラインが色の境をやわらかくしている。大型の猛禽類の羽根のように思えた。窓を開けたときにでも入ってきたのだろうか。
(フクロウのかな?)
どこかで見た覚えがある。
(帽子の飾り?)
そうだ、と思い出す。母方の祖母が持っている帽子にこれに似た羽根が付いていた。祖父が亡くなって今は一人で暮らしをしている祖母。
「お祖母ちゃん、どうしてるかな・・・・・・」
何にでも興味をもって少女のように可愛い笑顔を見せる祖母。その笑顔が今は無理しているように思える。
(次、会いに行くときこの羽根持っていこうかな。お祖母ちゃん面白がるかなぁ・・・・・・)
そんな事を考えながら小箱を拾って、チェストの上に置いてあるコルクボードへ手を伸ばした。
コルクボードには写真を切り貼りして飾ってある。家族や友達、好きな景色の写真などを沢山ピンで留めてあった。
「ん?」
羽根を飾ろうとして手が止まる。
ところどころ重なってボードが見えないくらいに留めてられている写真に隙間が出来ていた。
(写真取れちゃった?)
ピンが落ちていたら危ない。チェストの上を探し足元も探す。ピンはすぐに見つかった。でも、見つけやすい方が見当たらない。
「写真は・・・・・・」
チェストと壁の隙間にでも落ちたかと上から横から覗き込んだ。目を凝らしても何も落ちてるようには見えない。
窓を開けたときに風に吹き飛ばされたかと部屋をあちこち見て回る。しかし、どこにも写真はなかった。
「おかしいなぁ」
ボードにぽっかり空いたその場所が気になる。
「あそこに留めてたのは何の写真だったっけ」
たしか家族写真だ。
「あっ、お祖父ちゃん達と撮ったやつ」
亜結を中央に両側に祖父と祖母が座っている写真だ。その写真の隣には机に向かう祖父の後ろ姿を写した写真を留めてある。間違いない。
祖父は魔法使いだった。
祖父母は夫婦共にあの世界からやって来た。
覚えのない羽根。
消えた写真。
バラバラのピースが次々と浮かんで心が意味を探し始める。
「お祖母ちゃん・・・・・・?」
急に不安になった。
「こちらから穴を覗く時、穴の向こうからも覗かれてる」
秋守の言葉をふいに思い出して胸がざわつく。
自分の知らないところで何かが起きていたら。これが虫の知らせというものだったらどうしよう。自分がしたことがきっかけで良くないことが起こっていたら・・・・・・。
スマホを手に祖母へ電話をかける。繋がるまでがとても長く感じた。
「お祖母ちゃん!?」
「あら、亜結ちゃん? 元気?」
いつもと変わらない穏和な声がやわらかく耳に届いて、亜結は胸を撫で下ろした。
「はぁ・・・・・・良かった」
「どうかしたの?」
「う、ううん。なんでもない、お祖母ちゃんも元気?」
「元気よ。亜結ちゃんは彼ができたんだって?」
「えっ?」
声が優しい。電話の向こうで微笑んでる祖母の顔が見えるような声だ。
「あ、お母さんが?」
「ええ、そう。お友達の息子さんだったって喜んでたわよ」
「喜んでた?」
母の笑顔じゃなく秋守の怒った顔が浮かんで気が沈む。
「あの子ったら、血を分けた友と久しぶりに沢山話をしたってご機嫌だったわよ」
「血を分けた友?」
気の抜けた亜結の声に祖母は笑った。
そう言えば秋守の母親も似たようなことを言っていたようだった。
「怪我をして血の付いた手をにぎり合って励ましあって、お互いの血を合わせて契りを結んだ戦友だとか言って。あの子ものんきなもんだわ」
そう言って祖母は笑う。そして、娘から聞いた孫の怪我をふと思い出して祖母が尋ねた。
「大丈夫って聞いたけど、亜結ちゃんは足の具合どう?」
「もう治ったよ」
治ったのは多分ユリキュース王子の癒しの力。心でそう言って亜結は迷った。祖母に聞きたいことがある。伝えたいことがある。でも、いま聞いていいのか迷う。
「お祖母ちゃん、あのね・・・・・・」
祖母は魔法使いである夫の行動をどこまで知っているのだろう。テレビとペンダントの関連を知っているのか、王子やあの世界について気になることはあるのか。
「ん?」
「わたし、魔法使いになったの」
亜結はそっと告げた。
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