第68話 夢と現実の重なり

 食事の後片付けを終えてテレビの前に座る。小箱を手に座る亜結と彼女を見つめる秋守。隣に座る秋守から圧を感じた。


(なんだか、やりにくいな)


 秋守は明らかにわくわくしているテンションじゃない。敵を迎え撃つ、そんな気合いが感じられた。彼を横目に小箱を開ける。開けたと同時にテレビが点いて、すぐにシュナウトの声が耳に入った。


「私を信用してくださるんですね」


 少し前の亜結と秋守の会話をなぞるように「信用」という単語が耳に飛び込んできた。

 木を前に立つユリキュースとシュナウトは庭で話をしているようだった。


(ここは・・・・・・ユリキュースの庭?)


 子供の頃に見た場所に似ていた。


(私とユリキュースが子供の頃に出会った場所に似てる)


 夏の日に迷い込んだあの場所。大きな木の下で泣いていた亜結に桜に似た花びらが散っていた。

 あの風景は春ではない緑の季節だった。ここは記憶にある瑞々しい発色の世界とは異なっていた。けれど、色落ちして見えてもそれでも似ている。

 亜結が記憶を照らし合わせている間も彼らの会話は続いていた。


「王に私の事を報告し終えたのか?」


 王子の質問を聞いた秋守がどういうことかと亜結に目を向ける。亜結にもわからない。だから首を振って見せる。


「はい。いつも同じ内容ですが、今回は毒の件がありましたので報告のしがいがありました」


 あうんの呼吸と言うのか、信頼関係が出来ていると感じさせる空気があった。


「前にも言いましたが、お目付け役とはいっても私も青の者ですから。洗いざらいなんでも伝えたりはしません。信じるかどうかは王子しだいですが」


 王子しだいと言いつつ疑われているとは思っていないようだった。あえて付け加えただけのただの念押し、そう聞こえる。続けて質問する王子にシュナウトが一つ一つ答えて報告を終えた。


「標とコンタクトが取れればいいのですが、なにか方法を知りませんか?」

「私が魔法使いに聞きたいくらいだ」


 ユリキュースは澄ました顔でちらりとシュナウトに目をやった。


「すみません、二流の魔法使いで」


 シュナウトがすまなそうな顔をして目を伏せる。


「そなたが二流でよかった」

「え?」

「いや」


 軽く流したユリキュースが心で囁いた。


(寛大さを示す王の偽善だ。青の一流魔法使いを私に付けるはずがない、むしろ一流の魔法使いなら命を狙われただろう)


 小6か中学生くらいのシュナウトの姿がふわりと画面を横切った。今とは違って小麦色の肌をした彼は子供らしいやんちゃな顔をしていた。


「こちらから標と会う方法を探してみます」


 ユリキュースは黙ってうなずいた。


「標って、亜結のことだよね」


 確認する秋守に亜結はうなずき、テレビの中で続くふたりの会話に耳を傾ける。


「標と喧嘩していましたね。誤解は解けましたか?」

「いや、邪魔者が入って出来なかった」


 そう言ってユリキュースがシュナウトをちらりと睨む。


「ああ、そうでした」


 と言ってシュナウトがくすりと笑い、ユリキュースが複雑な顔をする。そのふたりに被ってあの時の亜結とユリキュースの映像が写った。

 ユリキュースの視点とシュナウトからの視点がそれぞれの顔に被さっている。


「このシーンは僕も見た」


 泣き叫ぶ自分の姿が恥ずかしくて亜結はうつむいた。あの時、シュナウトを疑っているようなユリキュースの言葉に腹が立って仕方がなかった。


(ドラマの視聴者みたいに見てただけなのに、私が勝手に心配してたくせに。裏切られたみたいに感じて)


 馬鹿だなと恥ずかしく思う。


「私はそなたを信用している」


 亜結の気持ちを察したかのように、テレビの向こうでユリキュースがそう言った。


「わかっています。信用しても疑うことを怠ってはいけません」


 ふたりの会話に亜結と秋守が難しい顔になる。信用と疑うことは相反する気がする。


「家族の命を取られて仕方なくやいばを向けることもあります」

「姿を変化へんげできる魔法使いがそなたの姿を借りて近づくこともある・・・・・・だろう?」


 シュナウトが頷き、亜結と秋守も「そういうことか」とうなずく。


「標は次いつ来るんでしょうね。その時には私が誤解を解く手助けいたします」


 亜結の手に秋守が手を重ねた。


(次に行くときは僕も一緒だからね)


 そう言わなくても手から伝わってくる。ちらりと目を向けた秋守に笑顔を向けたつもりだった。


「嫌?」

「・・・・・・心配なだけ」


 すぐに見抜かれて首を振る。亜結は気持ち強めに笑って見せた。


「会いたいですか? 標に」


 シュナウトの質問に気が引かれた。亜結と秋守の視線が自然とテレビへと向く。


(会いたくないわけがない。夢で会えるだけでも嬉しいのだから・・・・・・)


 ユリキュースの心の声と共に映像が流れた。それは、亜結が今朝見た夢の映像だった。


(え!?)


 彼に手首をとられ顔が重なりかけた今朝の夢だ。いま目の前のテレビで同じ光景を目にしてる。


「・・・・・なんで!?」


 亜結が見た夢とは違う角度。流れる映像はユリキュースからの視点だ。


(うそ、これってユリキュースの記憶? どうして?)


 たまたまユリキュースも似た夢をみたのか、夢と現実が混ざってるのか。


「映像がダブって見えるときは思い返してるんだよね?」

「え? あ、うん」


 質問する秋守は食い入るように画面を見ていた。

 なぜ自分の見た夢をユリキュースが知っているのか、亜結が混乱する間にも映像が進んでいく。秋守が見ている目の前で、画面の中にいる亜結の顔が近づいてくる・・・・・・。


「きゃあ!」


 亜結はとっさに画面の前に立った。


「見えないよ、どいて!」

「あっ、え?」


 画面を背に亜結は秋守と向かい合わせになって隠す。


「見えないってば!」


 目の前の亜結に秋守が手を掛けた。亜結の右から覗き込む秋守を阻止し、左から覗かれてまた隠す。右から左からテレビを見ようと躍起になる秋守から亜結が画面を死守する。


「人の思考を覗き見るのはまずいかも」

「いまさら何言ってるんだよ」


 秋守が亜結を引き剥がしにかかった。


「目を覚まさなきゃ! 早くッ、早く!」


 テレビの中から焦る亜結の声が響いて秋守の表情が変わった。


「ちょっとどいて」

「あ、いやそのッ」


 まずい。これは見せられない。亜結の体にも力が入った。


「亜結。夢の中ならば・・・・・・夢の中だけでも」


 ユリキュースの切ない声が聞こえてきて秋守の目が鋭くなる。画面だけじゃなく音声も消したくて亜結は声をあげた。


「わぁーー!」

「亜結ッ」


 秋守は亜結を抱き締めるようにして彼女をどかした。


「ダメ! 見ないでッ!」





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