第47話 姫の恋心

 隠し事はしない約束を秋守とした。

 あの時、日常生活で気になることがあったら話す・・・と逃げ道を作った。ユリキュースは異世界にいて亜結の日常ではなかったから。


「私、ついのめり込んじゃうの。小説もドラマも」


 なだめるように秋守の背をなでながら言葉を探す。


「でも、物語が終わったら・・・・・・。王子様が自由になって安心できる姿を見届けたら、すっきりさよならできるよ。きっと」


 嘘はつかない。すぐにばれてしまうから。


「春ドラマなら、7月からは王子のことを考えたりしないね。あと2ヶ月ちょっとか」


 諦めにふてくされ感を忍ばせた秋守の声に、亜結はくすりと笑った。


「簡単にあちらの世界には行けないと思うから心配しないで」

「簡単に行かれたら困るよ」


 秋守がきゅっと亜結を抱きしめる。


(あ、すねちゃった)


 秋守の背に当てていた手を彼の頭に添えて亜結が言った。


「私が魔法使いだったら、秋守先輩の傷もすぐ治しちゃうんだけどなぁ」


 そう言って心で唱える。



 亜結は体がぐっと重くなるのを感じた。


(・・・なんだか眠い)


 少しして顔を上げた秋守が不思議そうに亜結を見つめた。


「なんだか効いたみたい。ふわぁっと温かくなった。魔法っていうか・・・愛の力かな?」


 明るく爽やかな笑顔。いつもの秋守の表情にほっとする。


「私の足が治ったらカフェ巡りとか、遠出したいな」


 秋守にちょっと甘えてみる。


「いいね、行きたい所をピックアップしておこう」


 いつもの頼れる秋守に戻った。そう思えた。


「うん」

「亜結は眠そうだね」

「ううん」


 否定する亜結の頬をそっとなでて秋守が立ち上がる。


「子供みたいに困らせてごめん」


 謝る秋守に亜結も謝る。


「けがしてる所を叩いてごめんなさい」


 謝って目があってふたりで笑った。


「じゃあ、帰るよ」

「うん」


 亜結に見送りをさせずに秋守は帰って行った。


「魔法、本当に効いてるといいな」


 暗くなった窓に目を向けてテレビの前へ向かう。

 ユリキュースはどうしているか。体調は良くなったかが気になるところだ。

 ひとつ深呼吸をして眠気を吹き飛ばす。


 ペンダントのは言った小箱を開けると、すぐに画面に映像が写った。




「なにこれ、パーティー?」


 椅子にかけて語り合っている者もいれば立ち話をしている者達もいる。

 食事会が終わった直後の和気あいあいとした余韻の中、ユリキュースはすぐに見つけることができた。


 黒を基調とした服が多い赤髪の人々の中、銀髪に水色と白の服を着たユリキュースが目立たないはずはない。


「あ、そうか。王様が帰って来るの今日だったっけ」


 亜結がそう思った途端に画面が切り替わり、写し出された人物を見て亜結はのけぞった。


「この人が・・・王様?」


 怖い、そう思った。


 体が締まって見える黒を多用した服。それを着ていても、その存在感が彼を大きく見せる。

 逆立つような赤い髪は白髪がメッシュ状に入り、炎さながらだった。

 広く四角い顔に大きな目。閻魔様か仁王に似ていると言えばイメージとしてピタリとはまるだろう。


(こんな人に目の前で睨まれたらぞっとしちゃう)


 亜結の心が逃げるのと同時に画面がユリキュースへと変わった。

 人々の間を抜けてユリキュースが広間から出て行く。そのすぐ後ろをシュナウトが付き従って歩いていく姿が見えていた。


「ユリキュース!!」


 廊下を歩くユリキュースの後ろから黄色い声が呼び止める。

 振り返った王子の胸に飛び込んだのはバルガイン王の娘ジルコーニュだった。


 年は16才くらいか。


「姫・・・! 落ち着いて、皆が見ています」


 抱きつかれたユリキュースが慌てて姫を引き剥がす。それでも、王子の手が肩に触れていることが嬉しくて、小躍りしながら王子の手をつかむ。


「会いたかったわ! 私のユリキュース!」


 彼女が跳ねるたびにピンクがかった髪もふわふわと跳ねる。


(ああ、面倒な人に見つかってしまった)


 ユリキュースの心の声を聞いて亜結は笑った。


「ユリキュースが困ってる」


 王子が助けを求めて視線を投げるも、シュナウトはいつもより離れて立ったまま。


「ユリキュース、私がいなくて淋しかった? 会いたかった?」


 頬を赤く染め目を輝かせてしゃべり続ける姫は、興奮していて口をはさむ隙を与えてくれない。


「聞いて、ユリキュース。お父様ったら酷いの、私に婿をとらせるって言うのよ。沢山の王子に引き合わされて困ったわ」


「ああ、それは・・・」


「あっ、ユリキュースが貸してくれた召し使い重宝したわ」


「あ、それは良かっ・・・」


「知ってる? 赤の者達は髪を編み込むことがあまりなくて、貴方の召し使いのお陰で注目を浴びたの。皆が髪を編んで欲しがって、王宮で流行ったの」


 ユリキュースは頷くばかり。


「皆が私の回りに集まってきて羨ましがられて、私誇らしかったわ」


 ありがとうと言って小鹿のように跳ねた姫がユリキュースに顔を寄せる。


「姫!」


 姫の唇が触れる前に手を当てて防ぎ、姫はユリキュースの手のひらにキスをする形となった。


「もう! ユリキュース!」


 地団駄を踏んだ姫がユリキュースの手を払う。


「久し振りに会ったのに、口づけくらいしてくれてもいいじゃない!」


 ユリキュースが人差し指を口に当てて落ち着かせようとする。


「姫は私を殺したいんですか?」


 声を落として話すユリキュースに姫は呆れ顔だ。


「いくらお父様でも口づけしたくらいで殺したりしないわ」


 ふてる彼女に次の言葉が見つからない。

 ユリキュースは呆れながらも表情を隠してシュナウトと目を合わせる。シュナウトも困った顔を返すばかりで手を出せずに突っ立ったままだった。


「既成事実を作ってしまうしかないわ」

「そんな・・・難しい言葉を誰から?」


 姫が鼻を高くして笑顔になった。


「従姉妹のお姉様方からよ。さっさと行動に移さないと、あの王子と結婚させられてしまうもの」


 妙な入れ知恵を・・・とユリキュースが歯噛みする。


 押しの強い女子高生にまごつく大学生男子の図を想像して、亜結は口を押さえて笑っていた。



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