第48話 銀狼と赤狐

 ジルコーニュ姫はユリキュースの腕を捕まえて離さず、話を続けていた。

 赤髪の国々で見聞きしたことをユリキュースに話したい。そんな気持ちがあふれている。


(困ったな。頭痛は軽くなってきたが、そろそろ自室で休みたいのだが・・・・・・)


 ユリキュースの心の声がする。


(まだ体調はいまいちなのね)


 表情の濃淡の薄いユリキュースは、今もすっとして見える。ただ、わずかに血色が悪く、亜結はその事が気になった。


「ねっ、私の部屋に行きましょう」


 ぐいぐい腕を引く姫に困りながら、それでもユリキュースは強く断ろうとはしない。

 妹のおねだりに困りながら憎からず思う兄のようだ。


「びしっと言ってやったらいいのに」


 はっきりしない態度のユリキュースを、亜結はイラッとしながら見ていた。


「ジルコーニュ姫」


 ふいにかけられた声に、ふたりを写していた画面が引かれて姫の背後に立つ青年の姿が映し出された。

 ぎくりと肩をふるわせた姫がユリキュースの後方へ逃げ込む。


「おや? ジルコーニュ姫はどこかなぁ?」


 軽いジョークを言いながらユリキュースに会釈して、赤髪の青年が近づいてくる。


「うるさいわねッ、来ないでッ。あっち行ってよ!」


 ユリキュースの影から少し顔を覗かせた姫が刺とげしくそう言った。


「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」


 ユリキュースの背後に目をやって青年が言う。


「パフォーマンスはお父様の前だけにしてよ」


 言い返す姫を青年は意に介さず笑顔を向けている。

 ユリキュースには強気の姫が押されぎみだ。


(誰? この人)


 亜結の見るところ彼は軍人ではなさそうだった。

 明るく鮮やかな赤髪をゆるく遊ばせているお洒落さん。その髪は温かくゆれる炎のようだ。


「先程は軽いあいさつで、あまり話せませんでしたね」


 隠れる姫を置いて、青年がユリキュースに向き直る。


「ダルゴナル王国の3男、ジェラルド・ダルデュ・フォンシュダルドです」


 そう言ってジェラルドは右手を胸に当てる。

 人当たりの良さそうな笑顔と軽やかな物腰が印象良く見えた。

 いかにも屈強そうな体形の者が多い赤の者にしては、ジェラルドはスリムだった。それでもシュナウトと比べると筋肉のつきがいい。


「ピアスしてる」


 亜結がぽつりと呟いた。

 単純にこの世界の男の人にしては珍しかったからだ。


「気さくな感じだと思ったけど、もしかしてチャラ男?」


 ジェラルドの容姿に注目する亜結とは違い、ユリキュースはジェラルド越しに後方の女性へ目を向けていた。


(魔法使いには見えないが、護衛を兼ねているのだろうか)


 その視線を追ってジェラルドが振り向く。


「あ、彼女は私の護衛隊隊長のジャスティスです」


 ユリキュースがジャスティスに軽く会釈するのを見てジェラルドが続ける。


「3男ともなると魔法使いを付けてもらえなくて」


 と、ジェラルドは明るく笑った。


「さっさと婿になって出ていけと暗に言われているようなものです」


 眉をひそめて困った顔を作ってはいるけれど、それほど気にしていなさそうに見える。


「ところで」


 ジェラルドはそう言って思案するように視線をはずす。


「ユリキュース・・・・・・王子。王子と呼んでかまわないんですか?」


 かまいませんかではない。

 微妙な物言いにユリキュースは黙ってジェラルドを見つめる。


「貴方には民も国もない。それなのに王子と呼ばれたいですか?」


 ジェラルドは顔を斜めに、眉間にシワを寄せてそう言った。


(私を怒らせたいのか? 惨めにさせたいのか?)


 見つめるユリキュースの眼差しの先に、呆れとも馬鹿にしているともとれる表情のジェラルドがいる。

 真意を確かめようと言葉を選ぶユリキュースより先にジルコーニュが動いた。


「その言い方、酷い!」


 亜結とジルコーニュの声が重なる。それと同時にジルコーニュがユリキュースの背後から躍り出た。それをユリキュースが止める。


「あれ? 酷かった?」


 けろっとした顔でジェラルドはユリキュースを見つめる。

 ユリキュースは冷静な眼差しでジェラルドを見つめ返して言った。


「気にしていません。よくあることですから」


 ジェラルドは顎に手を当ててじっとユリキュースを見据え、つかのま熟考じゅっこうした。


「私が貴方の立場だったら王子と呼ばれたくはない。馬鹿にされているようだし屈辱的だ」


 見つめるジェラルドの真っ直ぐな瞳は、ユリキュースを対等な者として捉えていると思えた。


 亜結ははっとしてユリキュースの顔を見た。

 正確にはテレビの画面が切り替わったのだが。


(ユリキュースが前に言ってた。シュナウトさんに王子と呼ぶなって・・・)


「姫は貴方をユリキュースと呼んでいらっしゃる。私もユリキュースと呼んでもかまいませんか? 馴れ馴れしすぎですか?」


 先程までのチャラかったり煽ったりしていたのが嘘に思えるような、紳士的な物言いだった。


「・・・では、ユリキュースと」


 笑顔とまではいえなかったが、ユリキュースの表情がかすかに和らいでいた。


「ありがとう、ユリキュース。私のことはジェラルドと呼んでくれますか?」


「貴方が良ければ」


 ユリキュースの返事を聞いてジェラルドがにっこりと笑う。


「あっ、ちょっと・・・」


 姫を避けてジェラルドがユリキュースの肩に腕を回す。


「ジルコーニュ姫、すみません。これから男同士で話したいので私たちはこれで」


「え?」


 呆気にとられる姫を置いて、ジェラルドはユリキュースと共に姫から離れていった。


「何よ・・・私を置いて行くの? 嘘でしょ? 私と話したくて来たんじゃないの!?」


 ぐずる姫の声が遠退いた所で廊下の角を曲がった。姫から見えなくなるとジェラルドはユリキュースの肩に回した腕をほどいた。


「じゃ、ユリキュースここでさようなら」


 お疲れ様と言うようにジェラルドがユリキュースの肩を叩く。

 どういうことかとユリキュースがジェラルドを見た。


「部屋で休んでください。体調悪いんですよね? 会食の間、ときどき頭を押さえていらっしゃいましたから」


「まさか・・・私のために?」

「姫を相手に困っていらっしゃるようだったので」


 シュナウトや青の者以外に気遣われた事が今までなかった。だから、ユリキュースは信じられぬ面持ちでジェラルドを見つめた。


「それに、私にも都合が良かったんです」

「都合が?」


 どうつながるのかユリキュースには見当がつかなかった。


「私は姫の気を引かなくてはいけません。だから、国に居た頃はジルコーニュ姫にべったりつきっきりだった。そろそろ距離を置く作戦です」


 ジェラルドがいたずらっぽい笑顔を見せる。


「ユリキュースに姫のそばに居られると困るし、貴方といたら私も暇を持て余さずにすむ」


 ジェラルドがにっこりと微笑んだ。


「姫は貴方のことを・・・失礼ながら、嫌っているようでした」

「そうなんだ」


 ユリキュースが解せぬ顔をする。


「なぜ距離をとるのです? もっと側にいて貴方の良さを伝えるべきではないですか?」


「あ、だからそれは・・・・・・」


 恋の駆け引きを説明しようとしたジェラルドは、ユリキュースの顔を見てくすりと笑った。

 ふたりの会話を聞いている亜結も苦笑いした。


(なんて純粋な目をしているんだろう、この人は)


 ジェラルドの目がほっこりと笑む。


「それは、何です?」


 ユリキュースに問われてジェラルドはシュナウトへ目線を移した。


 シュナウトの目が「後は私が」と言っていた。



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