第46話 秋守の懸念
「あのお店、美味しかったね」
亜結を部屋の前まで送った秋守が、まだ話足りなさそうにそう言った。
「うん、美味しかったですね。また行きましょう」
「ああ、そうしよう」
振り返った亜結の背から秋守の手が逃げて自分の腰に落ち着く。
杖を使う亜結が転ぶのを心配して、秋守が何度も肩や腰に手を回す。それが、いちゃついているように見られそうで、亜結は回りの目が気になっていた。
だから、
「かえって歩きづらいから止めてください」
と、秋守に怒って見せた。
亜結に怒られて秋守はわかったと言ったが、その後も何度となく彼の手が行きつ戻りつしていることに亜結は気づいていた。
(腕さん、今日も一日お疲れ様)
秋守の手を見ながら心のなかで彼の手に労いの言葉をかける。
「ん?」
自分の手を見る亜結の視線に気づいて秋守が両手を上げた。
「なにもしてないよ」
秋守の顔がいたずらを見つかった子供みたいで可愛い。
「ふふ、そうですね」
それじゃあ・・・と秋守に手をふって亜結はドアを開けた。
ガンッ!!
「あぁ・・・ッ!」
ドアで足を思いっきり叩いていた。
(足がぁッッ!)
痛めた足を浮かせたまま後ろに引き忘れて、思いっきりドアを足にぶつけるという凡ミス。
(くうっ! 痛ぁい!!)
足をさすろうと手を伸ばす。
亜結が屈んだのと同時に体がふわりと浮いた。
「うわっ、ちょっ・・・ちょっと。あの、下ろしてください」
秋守に抱き上げられて亜結があたふたする。
痛みと恥ずかしさで顔を赤くする亜結にかまわず秋守は部屋へ入った。
「はい、一歩で部屋の中。恥ずかしくないでしょ?」
すました秋守の顔を目の前に、亜結は頬をふくらませる。けれど、笑顔を向ける秋守に顔がゆるんで怒り顔は上手く作れなかった。
「ん――!」と悔しそうに小さく唸ってみせる。そんな彼女を見て秋守がぷっと吹いた。
「両手がふさがってるからドアを閉めてくれる?」
亜結は口をもごもごと何か言いたげにしながらも秋守に従った。
椅子に亜結を降ろした秋守は、彼女の前にしゃがんで靴を脱がす。
包帯で固定された左足首に優しく手を添えて、秋守がそっと靴を取った。
(シンデレラみたい)
自然と亜結の頬がゆるむ。
(シンデレラとは逆バージョンだけど)
秋守が姫の前で膝をつく王子のように思えて、ほんの少しの間お姫様気分で彼を眺めていた。
「ちょっと熱を持ってる。腫れてるね」
(はっ!)
ひょいと顔を上げた秋守と目があってぎくりと目をそらす。
「病院から
秋守はそう言って「お疲れ様」と続けて足をさする。
亜結が目を戻すと、目を落とした秋守が左足首を両手で包むように持って話していた。
(ん? 足に話しかけてる?)
足を撫でていた秋守が顔を足に近づける。
「え?」
そして、包帯の上から亜結の足にキスをした。
「ひゃあ!」
(そんな所にキス!?)
驚きと喜びと恥ずかしさで、気づいた時にはすでに手が出ていた。
べしっ!
「痛ッ!」
「ああーーー!」
秋守の怪我した後頭部に亜結の手がクリティカルヒット。
「ううっ・・・・・・ッ」
「ごめんなさい! 痛い? 痛い?」
秋守の頭を引き寄せて抱き締める。そして叩いた箇所を押さえた。
「ああ、どうしよう。ごめんなさい」
大丈夫かと秋守の顔を覗くと目に涙をためながら秋守が笑っていた。
「わ、私・・・びっくりしちゃって、突然だったから。あの、ごめんなさい」
「ううん、いいよ」
抱きしめる亜結の腕の中で秋守が小さく言った。
「ずっとこうしてたい」
腰に回された秋守の腕が亜結をきゅっと抱きしめる。
(ちょっ・・・と、待って)
この時になってふと気づいた。
(わたし、秋守先輩の頭を抱きしめてる・・・よね)
秋守の顔が亜結の胸に埋もれてる。
(秋守先輩の顔が・・・! 先輩の顔が胸に!)
顔から火が吹き出るくらい恥ずかしかった。
秋守の頭を抱える自分の腕をどうしたらいいかとくるぐる考える。
「えっ・・・と、あの・・・。ドジでごめんなさい」
「ドジな所も好きだよ」
どきどきと自分の耳に届く心臓の音は秋守の耳にも届いているだろう。そう思うとますます胸が高鳴った。
「ストローを口で追いかけてたり、標識にぶつかって謝ってたりする姿も可愛い」
呟いているはずの秋守の声が大きく聞こえる。
「立ち上がった時に、キャスター付きの椅子を後ろに流したまま座りそうになったり」
そんな事もあったと思い出す。
(本から目を離さずにノールックで椅子を引き戻した秋守先輩、格好よかった)
亜結はそっと秋守の頭を撫でた。
「本を読んで泣いたり笑ったり、よちよち歩きの赤ちゃんをハラハラと心配そうに見てたり。亜結は見ていて飽きないよ」
(色々と見てくれてたんだ)
自分は・・・と振り返ってみると、秋守の顔と回りの人の視線ばかりが思い浮かぶ。
(回りばかり気にしてて、申し訳ない・・・)
亜結の胸に頬をつけたままの秋守は、彼女の今の表情には気づかなかった。
「亜結の表情はわかりやすい」
「うん、よく言われる」
「だから・・・・・・」
秋守の言葉が途切れた。
「時々、心配そうにしているのを見て虐められてるのかと思った」
亜結は少し笑った。
「虐めも嫌がらせもされてないですよ。本当に」
「うん」
頷く秋守が自分の言葉を本当に信用しているかが気になって覗きこむ。
「階段の件があったけど、嫌なことをされてないって言うのは本当よ」
念を押す亜結に秋守がまた頷く。
「王子様のことが気になってたんだよね」
「ん・・・うん」
亜結が肯定した。
「・・・・・・妬ける」
秋守がぽつりと言った。
「主人公の王子の境遇が可哀想で、つい肩入れしちゃうって言うか・・・同情しちゃって・・・・・・」
ふいに見上げた秋守の目が亜結を真っ直ぐとらえる。
(そ、そんなワン子みたいな目で・・・)
「同情?」
「そう、命まで狙われたりして、敵がまた凄く嫌なやつだから・・・」
「同情が愛情に変わることはないって言える?」
秋守にじっと見つめられて言葉に詰まる。
「本当にドラマの主人公? まるで存在する人を心配してるみたいだった」
彼の瞳に嘘がつけなくて黙りこむ。
「誰か気になる人が僕以外にいたりしない?」
「いない! ユリキュースは・・・そんな、そういうんじゃなくて」
黙って見つめる秋守の瞳の奥に不安の色が見え隠れするのに気づいて、亜結の視線がゆれた。
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