第34話 祖父からの手紙(2)

「信じられない・・・」


 つい口にしてしまうほど不思議だった。縦10センチ程の巻物を一行分、横に転がしてみる。


「読むと消える」


 文章の通り文字は消えていく。さらに引いて転がすと、一行分の空白のあとに文章の続きが現れた。


「亜結、ペンダントを受け取ってくれて有り難う。

 私は亜結に謝らなければいけない。亜結が保育園に通っている年頃に、美しい場所に迷いこんだことがあったね」


 読み進めるそばからどんどん文章は消えていった。


「亜結が薄いすみれ色のきらきらした髪の男の子と会ったと言ったとき、お祖父ちゃん達はすぐに気づいた。その少年がユリキュースという名の王子だと」


(お祖父ちゃん、ユリキュースのことを知ってたんだ)


 少し驚きながらも府に落ちた。


「お祖父ちゃんは王子付きの魔法使いだった。

 お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは外国から来たのではなくて、異世界からやって来た。どんな力が加わってこうなったのかは私にもわからない。

 ただ、王子を奪おうとする者との間で複雑に絡んだ魔力の影響であることは間違いない」


 読み進めるうちに文字が消え真っ白になった紙が、亜結の右手側に垂れて膝の上に溜まっていく。


「元の世界に戻るために色々な魔法を試してみたがだめだった。

 この世界で科学という学問を知り学び、機械をいじって試行錯誤を繰り返してペンダントと対になるテレビを作った」


 亜結の部屋で初めてテレビが点いた時、ユリキュースが映ったのは偶然ではなかったのだ。


(お祖父ちゃんは、ずっと王子のことを気にして見守ってたのね)


 机に向かう祖父の背中が思い浮かぶ。

 ひとりで運命と向き合っていたのかと思うと胸が痛んだ。


(ユリキュースは赤の王子達に子供の頃から虐められていたんだろうな。お祖父ちゃん、どんな気持ちで見てたんだろう・・・・・・)


 何があっても見守ることしかできない。それでも知らずにはいられなかったのか。

 手の中の巻物が重くなったように感じる。


「3人の娘達は誰もこの文字が読めなかったが、お祖父ちゃんは少しほっとした。

 こちらで魔法を使うにはあちらの世界の何倍も力がいる。魔法を使うことで体にどんな影響が及ぶかが恐ろしくもあった」


 少年に会ったこと美しい庭のことは忘れなさい、あれは夢だったと亜結に繰り返し言い聞かせた祖父。

 それは亜結を心配してのことだったのだと今になってそう思った。


「こちらから見るだけでも魔法の痕跡は残る。幼い亜結があちらへ行けたことに驚き、大きな不安も抱いた。

 ペンダントを勝手に持ち出すなとキツく言ったことを許してほしい」


「お祖父ちゃん・・・」


 亜結が祖父を怖いと思ったのは後にも先にもあの時だけだった。


「ただ・・・。私がどうしても戻れなかった世界に亜結が行けたこと、そのことに希望の光を見たのも事実」


 だからペンダントを自分へ譲ったのかと亜結は思う。


「亜結にペンダントを譲る。対になるテレビを探すかは亜結に任せるよ。

 亜結は魔法のいろはも知らない。教えるべきか、ペンダントを壊すべきかとずいぶん迷った」


 祖父の部屋には家電が沢山あった。いくつもあるテレビの中から何気なく選んだ一台がたまたま対になるテレビだった。それはただの偶然だろうか・・・・・・。


「王子の記憶に残る亜結は、美しい髪をしていた。それをテレビが見せてくれたよ。

 亜結は王子にとってしるべなのだと、出会うべくして再会したのだとその時知った」


 祖父の言う「標」という言葉は聞き覚えがあった。確か王子も亜結のことをそう呼んでいた。


「神の子と標は必ず出会う。そう運命づけられている。幼い亜結が王子と出会ったのも必然だったのだろう」


(どうして私が標という者かわかるんだろう)


 妙な話だ。亜結は首をふり眉間をひそめる。


「亜結、王子には味方が少ない。亜結ひとりで守るには敵が多すぎる。シュナウトと力をあわせても困難は多いに違いない」


(シュナウトさんを知ってるんだ)


 当然と言えばそうなのだろう。ずっと気にかけて見ていたのだ。


「私の見るところ王子の命に危険が及ぶことは少ないように思う。

 亜結、もしテレビを持っていても見るだけに止めて欲しい」


 亜結の表情がくもる。


(お祖父ちゃん、それは無理だよ。だって、もう何度も王子がこっちへ来てるんだもん)


 こちら側からではなく、王子の世界からの干渉があるとは思いもしなかったに違いない。


「亜結、運命には逆らえないが流れは変えられる。亜結にとってより良いと思える未来を選んで欲しい」


 王子を見守ってきた魔法使いと孫を思う祖父の思いが交錯している・・・そう感じた。


「亜結、残りふたつの手紙のうち1つはペンダントの使い方と魔法について書いてある。もうひとつは・・・・・・魔法使いの称号を与えるためのもの」


 そこまで読んだ時、小箱に入っている2つのうちの片方の巻物が光った。それはまるで「私です」と言っているように思えた。


「亜結」


 何度も呼び止めるように書かれた自分の名前に祖父の声が重なる。


「魔法使いの称号を得たら今まで通りにはいかなくなる。よく考えてほしい。この世界での生活を壊さないように」


 祖父はどれほど注意を払って王子を見守り家族を守ってきたのだろうかと亜結は思う。


ふう日日じつじつ


 亜結が最後の行を読んだとたん箱のそこが閉じた。布もペンダントも勝手に箱の中に収まる。

 目を丸くする亜結の耳に声が響いた。


「これより2日間ペンダントを封じる」

「お祖父ちゃん!?」


 思わず辺りを見回した。

 部屋の中に居ると錯覚するほどはっきりとした祖父の声だった。



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