第33話 祖父からの手紙
秋守が帰ったあと亜結はブラウン管ンテレビの前に座っていた。
小箱を開けてテレビが反応するのを少し待つ。
「お茶をお持ちしましょうか」
テレビが点くと同時に召し使いフィリスの声が届く。
「そうしてくれるかな」
と言うシュナウトをユリキュースが制した。
「茶は・・・」
ユリキュースが言い
(アレルギー症状が出る前、私は何をしていた?)
ユリキュースは記憶を
(標と男の会話を聞く前、標に癒してもらうその前・・・・・・)
と、彼が思い返すそのたびに画面に映像が浮かんだ。ユリキュースの姿にたぶって。
(数時間前のことがずいぶん昔のことのように思える・・・)
ユリキュースの物思いを聞きながら、亜結も同じように感じていた。
「王子、どうかなさいましたか?」
シュナウトが声をかける。
(そうだ、茶を飲んでいた・・・。そして、香を嗅いでいた。どちらが元凶か、それとも両方か・・・?)
そこまで考えてユリキュースは口を開く。
「やめておこう」
ユリキュースの表情の変化にフィリスが考えを巡らせる。
「では、レモン水はいかがですか? さっぱりしますよ」
軽くうなづく王子を見てフィリスは頭を下げ厨房へとさがって行く。
食事に使われた皿は全て下げられて、テーブルの上はすっきりしていた。亜結はその事から夕食から時間が経っているのだと思った。
亜結の見るところ王子にアレルギー症状は出ていない。
「良かった。リュースは夕食には入れなかったみたいね」
亜結がそう思った次の瞬間、プツリと画面が途切れた。
「今回はすごく短いな」
そう呟いてペンダントをなでてみる。そんなことをしてもテレビが点かないことは知っているけれど。
「どうやったら早く充電出来るんだろうねぇ」
亜結はペンダントに話しかけるように言いながら引き上げた。すると、チェーンに引かれて箱の底に敷かれていたビロードの布がほろりと落ちた。
「あぁ、後ろからぶつかられた時にとりあえず突っ込んじゃったから」
落とした鞄から中身が飛び出して散乱した光景が浮かぶ。
あの時、放り出された勢いで小箱も転がり出て、ふたの開いた箱からペンダントと布も外に放り出されていた。無造作に箱に詰めて鞄へ入れたのを思い出す。
「慌てて拾ったけど、少し必死すぎたかな」
先に拾おうと手を伸ばしていた春田の驚き顔を思い出す。
(人目を引くのが恥ずかしくて、持ち物を人に見られるのも恥ずかしかったからなぁ・・・・・・)
慌てて鞄に物を突っ込んでる姿を想像すると、今頃になって恥ずかしさが湧いてくる。
(拾って突っ込んだ時のままで中がぐちゃぐちゃ)
鞄の中を覗いて亜結は自分に呆れてため息をついた。
手始めにとビロードの布をきれいにたたむ。箱に戻そうとして、亜結は手を止めた。
「え? 箱、壊れてる!?」
小箱の底が斜めになっていた。
「うそぉ・・・、どうしよう。ごめんね、お祖父ちゃん」
どうにかして直せないかと、斜めになって浮いている角に爪をかけて引いてみる。
「いったん取り出して水平にしてから入れ直したら戻るかも・・・・・・ん?」
浮いた板を引っ張ってみると、その下に何か白い物が顔を覗かせた。
「なんだろう・・・? これ、もしかして・・・・・・」
(2重底になってる!)
そっと底板を取り除ける。
「・・・・・・これって」
箱とほぼ同じサイズの四角い紙があった。そこには「亜結へ」と懐かしい文字が書かれていた。
「お祖父ちゃん」
そっと紙を手に取る。それは間違いなく祖父の文字だった。
紙を取り上げたその下に小さな巻物が3つ、箱の底に並んでいるのが目に入る。
「これは・・・」
取り出そうと巻物に指を近づけたとたん、
バチッ!
「痛っ!」
とっさに手を引いて亜結は目を丸くした。
「びっくりしたぁ! 静電気?」
恐る恐るもう一度、巻物へ指を近づける。またしてもびりっとやられて亜結は手をパタパタと振った。
「なんなの? もぉっ!」
ふと、驚いた拍子に落とした紙片へ目が止まる。紙が浮いていた。正確にはふたつ折りになった紙が開きかけていた。
紙を手に取って中に書かれた文字に目を止める。
『亜結、何事もなく過ごしているかい? この紙は偶然見つけたのだろうか、それとも何か目的があって探し当てたのか。
もし、ペンダントについて知る必要があってのことならば、この紙の裏を見てほしい』
亜結は手紙にしたがって裏返してみる。
「これは・・・文字?」
一見したところ紋様にも見える変わった文字の繋がりが書かれていた。
アラビア文字、いやサンスクリット文字に似ている。縦に並んだ普段目にしない変わった文字列。その文字を亜結は知らないはずだった。
けれど・・・・・・。
(もしも、この文字が読めるなら・・・)
自然と心が文字を読み上げていた。意味が理解できる。突然、視野が広がったような不思議な感覚だった。
「もしも、この文字が読めるなら、亜結には魔法使いの素質がある」
声に出して文の頭から読み直す。
「なぜなら、この文字は魔術文字だから」
亜結は無表情のまま文字を見つめていた。
『お祖父ちゃんは魔法使いなんだよ』
祖父の優しい笑顔と声が思い浮かぶ。
「あれは、本当にほんとうだったの?」
文字を指でなぞる亜結の目に涙がにじむ。一粒の涙が文字列の上に落ちて、じゅっと小さな音をたてて消えた。
目の前で不思議なことが起こっている。
「すごい・・・」
亜結は息を吐くようにそう呟いた。驚きより不思議さが強くて目を見張る。
「巻物の封印を解き読み進めなさい」
最後の文字列を読み上げた瞬間、手元に炎が生まれた。
紙片が炎に包まれてあっという間に手元から消える。
「うわー・・・・・・、まじ・・・!?」
唖然とする。
まばたきも忘れて見つめる亜結の手のひらに、小さな巻物が1つ飛び乗った。そして、くるりと巻かれた紐が勝手にほどける。
見えない妖精がいるみたいに巻物がころりと一巻き転がった。
目に見える一行を、見えるままに読む。
(これは特殊な・・・!)
読むそばから文字が消えた。
(・・・魔術文字)
一文字読むごとに文字が輝いて紙面から浮き上がり、ふわりと空中に溶けて消えていく。
「文字が消える!」
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