第28話 ニアミス
「王子」
シュナウトの呼び掛けに幼い亜結が消えて、王子とシュナウトが画面に写った。
「これは・・・!」
驚くシュナウトの声が途切れて画面がざらつく。
「なに? どうしたの?」
亜結もテレビの前で戸惑った。
「王・・・ジ・・・」
シュナウトの声が割れてふたりの姿が判別しずらくなってきていた。
「テレビ消えちゃう? でも、いつもと終わり方が違う」
亜結がそう言った瞬間、画面に写る光の粒がふわりと抜け出してきた。
ぎょっとする亜結の頭上に光が広がった。
「え? 何? なに?」
尻を引きずって後ずさる亜結を追うように、溢れだした光の粒が膨れ上がる。
目を見張る亜結の目の前で光が徐々に集まって、人の形へと変化していった。光の形成する人物が誰なのか亜結にはすぐにわかった。
「ユリキュース!」
前の出方と違うとか何故このタイミングなのかとか、色々と頭の中に浮かんだ。その間も目が釘付けになっていた。
「
光が完全にユリキュースの姿になって、彼が目の前の亜結に驚く。
「またここへ? ごほっ・・・なぜ」
しゃがみこんだ姿勢でユリキュースが辺りを見ていた。その間も咳が口をついて出る。
「・・・大丈夫?」
亜結の問いにユリキュースはうなずいたが、咳は後からあとから出てきた。
(手や顔の見えてる所には発疹は出てないみたいね)
咳き込むユリキュースを観察していた亜結は髪の生え際も気になった。
(隠れた所に出てたりしないかな)
心配が先にたってユリキュースの額へ手を伸ばす。
「あっ」
彼に手を取られてどきりとした。
「あ・・・ごめんなさい。あの・・・」
引こうとする亜結の手を握ったままユリキュースが彼女を見つめていた。
「標・・・ごほっ、ごほっ」
立て続けに咳き込んでユリキュースが顔を背ける。ユリキュースは背を丸めて止まない咳をやり過ごそうと試みた。しかし、徐々に酷くなっているようだった。
(手が冷たい・・・・・・)
亜結の手を握る彼の手が冷たく感じられた。
ごほごほと続く咳が湿り気を帯びてきた気がして不安になる。
「大丈夫?」
他にかける言葉が見つからなくて亜結はユリキュースの背を撫でた。それでも咳は止まらない。
「ユリキュース・・・」
「大丈・・・ごほっ・・・ごほっ。・・・大丈・・・夫」
ユリキュースが咳の間を縫って答える。やっと吸った息を声に出して続けて咳をしてせっかいく吸った息を使いきる。
息苦しくて吸った空気の刺激で咳が出て、また空気を求めて吸う。しかし、肺を空気で満たす前に咳が出る。苦しさが増した。
ユリキュースが苦しさに耐えているのは見るだけでわかる。亜結は背を撫でながら見ているしか出来ないことが歯がゆかった。
息苦しさを必死にこらえ、気管を刺激しないようにゆっくりと息を吸う。吸えば咳が出て苦しくてまた息を吸う。それがまた咳き込みを招く。
ユリキュースは空いた手をぎゅっと握りしめていた。
(どうしたらいいんだろう・・・)
笛に似た音が聞こえる。それはユリキュースの胸から聞こえているようだった。
「ユリキュース」
彼の顔が青白くなってきているように思えた。
「救急車を呼ぼう」
スマホを取ろうと立ち上がりかけた亜結の手をユリキュース引く。
「助けを呼ばなきゃ!」
咳き込みながら彼が首をふる。
「そばに・・・ごほごほっ! ・・・ごほ」
咳にぼろぼろと異音が混ざり、ひゅーひゅーと鳴る音が胸からはっきり聞こえた。
「あぁ・・・ユリキュース!」
亜結は片手で彼の背を撫でて、ユリキュースが握ったままの左手を彼の胸に当てる。
(傷を治せるなら咳だって止められるよね。病気も治せるよ、きっと出来るよ)
亜結は自分に言い聞かせるように心でそう繰り返す。
ユリキュースの息が浅くなりはっはっと小刻みなっていく。そして、彼の頭が亜結の肩に力なく乗せられた。
彼の息づかいを間近に聞いて、苦しい咳と息苦しい呼吸が身に詰まされた。
(少しでも肩代わりできるなら・・・)
そうできるものならそうしたかった。
助けを求めるようにユリキュースの手が亜結の背に回り、彼女の服をぎゅっと掴むのがわかる。
(どうしよう、変わらない! 良くならない・・・! どうしよう、どうしたらいいの!?)
背を撫でて胸に手を当てても症状が改善しているよう思えない。
(表面の傷なら一瞬で治せるのに、なんで? 体の内側は違うの!?)
亜結はどうしていいかわからず、ユリキュースを抱きしめた。
体を包むようにしたら力が伝わりやすいかもしれない。体の触れる面積が多ければもしかしたら・・・。無我夢中だった。
(抱きしめたらかえって苦しい?)
そう思っても他に方法が浮かばない。
やがて、呼吸をするたびに聞こえていた笛のような音が聞こえなくなり、咳の回数が徐々に減っていった。
息が穏やかに聞こえてくる頃には、ユリキュースの体の緊張がほどけていくのも感じられた。
(・・・よかった)
ほっとした亜結がユリキュースをきゅっと抱きしめる。
「ありがとう」
ユリキュースの声を聞いたとたん亜結の体から
力を抜いた亜結をユリキュースが抱きしめ返す。そして亜結の頬に頬を寄せた。
「そなたには助けてもらってばかりだな」
亜結は首をふった。そして、ユリキュースの顔を確認したくて彼から体を離す。
「もう少し」
ユリキュースが亜結を引き止めた。
彼女を抱きしめたままユリキュースは目を閉じる。
「もう少しだけ・・・・・・このままで」
その言葉に少年のユリキュースの顔が思い出されて、亜結は黙って身を任せた。
ユリキュースは亜結の頭を撫でて、亜結は彼の背を叩いた。背に当てた手の指で、そっと。
しばらくして、亜結の両肩に手をかけたユリキュースが彼女から体を離した。
亜結の顔を見たユリキュースが目を丸くする。
「なぜ泣いているのだ?」
ユリキュースに言われて初めて自分が泣いていることに亜結は気づいた。
「あれ・・・何でだろう」
困り顔で笑うユリキュースが涙をふく亜結の頬に手を当てて親指で涙を
「私のために泣くな」
「ほっとしただけよ、死ぬかと思ったんだもん」
亜結は泣き顔で笑った。
「私はそなたの笑顔が好きだ。そなたの笑顔を見ていたい」
優しく微笑む彼の笑顔は、ハンサムな顔立ちもあいまって亜結の胸を高鳴らせた。
(だめだ、ストライクゾーンの美形だし顔近すぎるし。こんなに優しい顔されたら・・・・・・)
真っ赤になりながらユリキュースの手をどけた。
ピンポン!
突然鳴ったブザーに亜結がぎくりと跳ねた。
「何の音だ?」
「だ、誰か来たみたい」
ドアに目を向けた亜結につられてユリキュースもドアへ顔を向ける。
「亜結、いる?」
秋守の声だった。
「秋守先輩!」
心臓が跳ねた。そして、亜結はわかりやすく慌てた。
兎が跳ねるようにユリキュースの側から離れる亜結を見て、ユリキュースの表情が固くなる。
「どうしたのだ? 悪い者か?」
「違う。でも・・・どうしよう」
悪いことをしてはいない。浮気をしてる訳ではないけれど、ときめいた自分に後ろめたさを感じる。
焦る亜結の横でさっと立ち上がったユリキュースがフローリングモップに手をかけた。
「ちょっと、待って!」
「そなたは困っている。そなたを困らせる相手ならば・・・」
ドアに近づくユリキュースを止める。
「違うよ、違うからッ」
「亜結、どうしたの? いるんだよね?」
部屋の中の気配に心配した秋守の声がする。
「はい! 大丈夫です!」
亜結はうっかり返事をしていた。
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