第27話 一滴の秘薬
ばたばたと帰ってきた亜結は鞄をテーブルに置いて、すぐにテレビへと向かった。そして、テレビの上や横から裏を確かめ始めた。
「やっぱりここじゃない」
テレビの裏に呪文の様なものはなかった。テレビが届いた時に気づかなかったのだからやはりと思う。
次にテレビの底を確認する。テレビを支える足の間から覗き込んだ。
「うーん、ないな」
ため息をついた亜結の目にぶら下がるコードが写った。
「これ、コンセントに繋いだら視聴時間が伸びることとかある?」
とりあえずコンセントに差し込む。
ふうと息を吐いて最後の希望へと手を伸ばした。
ペンダント。
黒川の説が外れなら祖母へ電話をかけてみようかと亜結は思っていた。
鞄から取り出して小箱の外側も一応確認。ふたを開けたとたん、テレビからザーと例の音がした。
「飲み物を頼む」
ユリキュースの声がして亜結はテーブルの側に立ったままテレビ画面に目をやった。
召し使いの娘リュースが嬉しそうに「はい」と返事をして部屋を出て行く。その姿を見て亜結は小箱をきゅっと握りしめる。
「王子、そんな事は私が」
シュナウトの声がした。
「私の側にいる青の者がナイフを忍ばせているとでも?」
「そうは思いませんが、念のため」
真面目な顔でシュナウトが言う。
「たまにはそなた以外の人とも話をしたい」
穏やかな口論は王子に
「悪意がなくても人を殺してしまうこともあるよ」
ふたりの会話を聞きながら、亜結はぼそりと言った。
「彼女に話しかけたのが気にさわったか?」
「え?」
「気にかけているようだから」
「彼女はまだ間もないからです」
「ふーん」
王子が聞き流す。
「私には
目を明後日の方へ向けてシュナウトが言った。
「そなた、妻がいたのか?」
驚く王子から顔を背けたシュナウトが面倒くさそうな顔をする。
「そうではなくて・・・互いの小指を絡めて両家の両親を前に、誓いの口づけをする儀式を済ませたと言うだけのことです」
シュナウトが軽く咳払いをする。
「結納の義の様なものか」
「まぁ、そんなものです」
王子が座るかとシュナウトが椅子を引いた。
「いや、庭で飲もう。そなた達の様に年に1度でも外へ行ければいいが、毎日部屋の中では息が詰まる」
そこで画面が切り替わった。写ったのは厨房のようだった。
夕食の準備をする召し使い達から少し離れた場所にリュースが立っている。
リュースは茶葉を蒸らし終えてカップへ注いでいた。回りの様子をうかがってポケットから
「リュース」
名を呼ばれてぎくりとリュースが振り替える。フィリスが彼女を見ていた。
「夕食前で胃が空だと思うから、濃くいれないでね」
「・・・はい」
すぐに次の作業にとりかかるフィリスを見て、リュースはほっと笑顔に戻った。
ポットとカップをのせたトレーを持ち上げて厨房を出ていく。
再び画面が王子達を写し、ユリキュースの声がした。
「この香りを嗅ぐと嫌な気持ちになる」
風向きで香を焚く匂いが庭へ届いていた。
「王がじき戻ります。姫とご一緒に」
テーブルをはさんで座るシュナウトが言った。
「1ヶ月半か? またうるさくなる」
「華やかになるのでは?」
「あれが華やかというのか?」
ふたりの思い浮かべる「姫」の姿が画面の余白に映るのを亜結は見ていた。
ピンクがかった明るい赤髪の娘。明るい表情で廊下を走っている。ドレスの裾を引き上げて活発に動く姿は、元気な女子高生とかわらないようだ。
王子とシュナウトが目を合わせてくすりと笑う。
困った顔をしてはいるが嫌ってはいないように感じられた。
「山の峰を越えた赤髪の者の地で姫の
王子が軽く眉をあげる。
「いっそ姫を
王子とシュナウトどちらが思ったのか、姫がユリキュースに抱きついている映像が写った。
自分の心が小さく痛むのを感じて亜結が眉を寄せた。
「別に・・・私には関係ないけど・・・」
亜結は少しへの字口で王子を見つめた。
「私はその気はない。バルガイン王も許しはしないだろう。血が混ざることを嫌うだろうからな」
そう言う王子は別のことを考えていた。
(息子ふたりに土地を分けても治めるには広すぎる。婿をとって足場固めか・・・)
彼らの住む大陸と思われる地図が画面に浮かぶ。
中央を左から右へ右肩上がりに山脈が連なっているのがわかる。山の左側が赤く塗られ、山の右側は海岸線に沿って青い。山から染み出すように赤が丸く広がっていた。
(山の右側の赤い部分はバルガイン王が攻め落とした領土っていうこと?)
かなり広い範囲だ。
ふいに小さな金属音が聞こえて画面から地図が消えた。ちょうどリュースが飲み物をテーブルへ置いている所だった。
見たところ間違いなく液を垂らしたカップを王子の前に置いている。
(リュース・・・)
亜結は残念そうな顔で笑顔のリュースを見つめていた。
これから起こるだろう魔法の効果に胸ときめかせていることは彼女の顔を見ればわかる。
なにも知らないユリキュースが飲み物を口にする。
「美味しい、ありがとう」
王子の言葉に幸せそうな笑顔をみせたリュースがお辞儀をして戻っていく。後ろ姿がうきうきしていた。
(自分が王子にとって毒になる物を入れているとも知らないで・・・・・・)
亜結は彼女の姿に胸が痛んだ。
ユリキュースが二口、三口と飲んだ後に軽く咳をした。
「香を焚くのを止めさせてきます」
シュナウトが腰を浮かせる。
「かまわない、嫌なら私が部屋に戻ればいいこと。彼らは仕事をしているだけだ。嫌な思いをさせるな」
王子が笑顔を見せる。
「言い方には気をつけます」
「いい」
止める王子がまた咳をする。続けて咳が出て手にしていたカップを置いた。
「王子、大丈夫ですか?」
「風邪でも引いたかな」
目を落とした王子が受け皿の縁取りに目を止めた。
白磁の皿に深く鮮やかな青色が帯状にぐるりと一周塗られている。深い青の上に金で
軽く咳をしながらユリキュースが受け皿の模様を指で撫でた。
(
王子の知る亜結の姿が彼の指に被さって浮かぶ。
「あっ・・・」
花びらが舞った。
桜よりも大きい花びらが、王子が思い浮かべる亜結にオーバーラップして舞い落ちていく。
「これ、私だ」
亜結の姿が幼い少女へと変わった。
追いかけっこをする映像や花冠を頭に乗せて笑う亜結の姿が映る。
(ほんの数時間。彼女と過ごした短い時間がどれほど楽しかったことか・・・・・・)
遊び疲れて眠る幼い亜結。その頭をなでるユリキュースの小さな手が見えていた。
「ずっと私の側にいてくれないかな・・・」
幼いユリキュースの声がそう言う。
少年の手が優しく何度も頭をなでる。
淋しさの混じる声が切なくて、亜結はしんみりと見つめていた。
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