第26話 双方向への謎解き

 亜結はキャンパスを足取り重く歩いていた。今日の講義はすべて終わったものの足が家に向かない。


(急いで帰ってもなぁ・・・)


 テレビが点いたとしても亜結にできることはない。だから、暗い顔でのたりのたりと歩く。

 今朝も気になってペンダントを手にテレビへ向かったが相変わらずの一方通行。こちらの声は届かなかった。


「ふぅ・・・。何だかんだ言って王子様の生活って優雅よね」


 テレビは点いてくれて王子達を見せてくれたけれど、王子はなかなか起きてこなかった。

 朝食に毒を盛られるのではないかと気になって、出来るだけ長く写してくれと祈りながら見た。出掛ける時間ギリギリまでテレビにかじりついていたけれど、やっと起きてきたところで時間切れ。


(こっちは心配してるのに・・・・・・って、知らないから仕方ないか・・・)


 鞄を肩にかけ直して、亜結はふとペンダントの事を思い出した。


(そう言えば、ペンダントの模様が薄くなってた)


 今までペンダントの中の模様を気にしたことはなかった。

 子供の頃に目を奪われたペンダントの模様。光を反射してきらきらと光るその模様が、朝日を受けてもはっきりしなかったのが不思議に思えた。


(あの模様はパワーの有り無しを表してるのかな? エネルギーってどうやってチャージしてるんだろう・・・・・・)


 ふいに着信音が鳴って立ち止まる。スマホ画面を確かめると母親からだった。


「お母さん・・・なに?」


 ふてくされた声で受ける。


「あら、秋守先輩じゃなくてごめんなさい」

「は!? なっ、何で?」


 まだ母親には話してなかったはずなのに。


「姫花ちゃんから聞いたの」

「なんで姫花と話してるの? いつのまに?」

「姫花ちゃんも初めての一人暮らしでしょ、心配だったから。それに、亜結をお願いねって言いたかったの」


 亜結はむっとして小さく息を吐いた。


「大丈夫だよ、もう子供じゃないんだから」

「ちゃんとご飯食べてるの?」

「食べてます」

「コンビニ弁当じゃないでしょうね」

「ちゃんと作ってるってば」


 電話の向こうで母が笑っている。


「そう言えば、お祖父ちゃんのペンダント大事にしてる?」

「大事にしてるよ、なんで?」

「お祖母ちゃんが気にしてたから」

「ふーーん・・・そう」


 前に祖母と電話で話した時にも大切にするようにと言われた。


(箱にしまっておくようにとか、変な事はないかって聞かれたっけ・・・・・・)


 ペンダントを小箱から出すとテレビが点く、そんな不思議なことが起きると知っていたのだろうか。今思えばその事を知っていそうな言い方だったようにも思える。

 祖母に電話をしてそれとなく聞いてみようかと返事をしながら亜結は考えていた。


「一人暮らしは心配だから、彼と同棲でもしたら?」


 さらりと言う母に驚いて、


「はぁあ!?」


 亜結は思わず突っ込みの声をあげていた。電話の向こうから母の笑い声が聞こえる。亜結は呆れてそれ以上の言葉が出てこなかった。


「同棲しててもしてなくても気を付けてラブラブしてよ?」

「うっ・・・うるさいなぁ、もう!」


 こんなことをあっさり言う所は、やはり母は日本人とは少し違うのかもしれない。そんな事をときどき思う。


「じゃあね、気を付けて」


 言いたいことだけ話してさっさと電話を切る母に、亜結はむっとしながらも苦笑いしていた。


(テレビもお母さんも勝手なんだから・・・・・・)


 スマホをしまって歩き出した直後に衝撃を感じた。


「あっ!」


 後ろから誰かにぶつかられた。ぶつかった勢いで鞄が前へと飛ばされてしまった。


「ごめんなさい」


 とっさに謝って振り返った・・・が、ぶつかった相手らしき人の姿がなかった。


「え・・・? おかしいなぁ・・・・・・」


 ちらりと目を向ける人はいるものの、周囲の誰も亜結を気にしている様子がない。狐につままれた気持ちで前へと向き直った。


「あぁ・・・・・・」


 鞄の中身が飛び出して散乱していた。


「鞄、閉め忘れてたんだ。ドジだなぁ・・・」


 今日はなんだか上手くいかない。しゃがみこむ背がしょんぼりとしてしまう。


「凄いことになってるね」


 明るく声をかけられて顔をあげると春田が立っていた。すぐに手を伸ばして拾う手伝いを始める。


「春田先輩、ありがとうございます」


 春田の横には黒川もいて、じっと遠くに目を向けたまま立っていた。


「黒川先輩、どうかしたんですか?」

「いや・・・」


 そう言って黒川もしゃがむ。


「当たり屋みたいな人だったね」


 笑いながら春田がそう言った。


「当たり屋? そんな感じでしたか? 私見てなくて・・・、でも私もぼーっとしてたから」


 亜結はそう言って笑った。


「これ綺麗だね」


 春田が手を伸ばす先にペンダントがあった。亜結はとっさに道に転がるペンダントへ飛び付いた。


 なんとなく、他人に触れさせてはいけない・・・そんな気がしたのだ。


「祖父の、形見なんです」

「へぇ、そうなんだ」


 慌てたことを取り繕うように笑顔を向けて、同じように転がっている小箱とビロードの布も拾い上げる。

 小箱に布とペンダントを無造作に入れて鞄に突っ込んだ。


「有り難うございました」


 亜結はすべて鞄に戻し終えて立ち上がる。


「春田、わるいけど飲み物買ってきてくれる?」

「いいよ」

「あっちで座って待ってるから」


 春田がその場を離れてベンチまで移動する間、珍しく黒川が黙っていた。


「最近・・・、何か変わったことない?」


 黒川にそう聞かれて亜結は首をかしげて見せる。


(凄く変なことは起こってます。けど、これは話せない)


「別に何も」

「それなら・・・いいけど」


 並んで座る黒川が手元に目を落としながら言った。


「悩みごとがあったら話して、僕でよかったら聞くよ」


 いつもの軽い感じに戻った黒川が笑顔を見せる。


「悩みごとですか?」


 亜結も笑顔を返しながら聞き返した。


「秋守に相談できないことでもどうぞ、亜結ちゃんとふたりだけの秘密にしておくから」


 ウインクする黒川の腕を亜結が叩くふりをする。


「そんな事を言って、姫花に叱られますよ」

「黙ってたらわからない」

「私が報告します」

「うわぁ、その報連相は困るーっ」


 おどける黒川とふたりで笑った。


「あっ、悩みごとって言うか・・・」


 亜結は少し考えてから話し出した。


「物語の中の、謎って言うか・・・。ファンタジーな感じで・・・」

「ファンタジー? ダンジョンの謎解きとかかな?」

「んー・・・。読み進めればいいんですけど」


 どう言ったらいいかと言葉を探す。


「ミステリーを読んでて、探偵が謎解きする前に犯人を突き止めたいってのに似た感じ?」

「あ、そうそんな感じです」


 亜結が大きくうなずく。


「えっと、魔法の石と鏡の謎です。石は箱から出すと鏡に別の場所を映すことが出来るんです」

「無茶苦茶ファンタジーだねぇ」


 笑いながら口をはさんだ黒川が、先をどうぞと手のひらを向ける。


「でも、勝手に普通の鏡に戻ったりするんです。どうしたらコントロール出来るのか・・・」


 ちょっと考えた黒川が口を開く。


「呪文が必要なのかな」

「やっぱりそうですよね。でも、主人公は呪文を知らないんですよ」


 亜結が黙りこむ。


「鏡の裏に呪文が書かれているとか・・・、鏡の額縁みたいな飾りの部分に模様に紛れて書かれてるなんてないかな」


 黒川も真面目な顔で浮かんだことを次々と言った。


(テレビに額縁はないけど、裏側にそんなのあったかな? 底を確認してみよう)


 真剣な顔をして考えているふたりのもとへ戻ってきた春田が、不思議そうに見下ろしていた。


「・・・どうかしたの?」


 黒川が片手をあげるのを見て春田が黙る。


「石に光を当てるってのはどうかな?」

「光をですか?」

「石って透明なの?」

「はい」

「石に当たった光が屈折して壁に当たると文字が浮かんだりしないかな。・・・・・・どう?」


 亜結の表情がぱっと明るくなる。


「思いつかなかった! それあるかもしれないです!」


 亜結が黒川の手を取って嬉しそうにはしゃいだ。


「有難うございます!」

「あ、いや」

「試してみます。それじゃ」


 ぱっと走り出す亜結の背を黒川と春田はぽかんと見送った。


「試すって・・・物語じゃなかったの? ゲーム?」


 黒川の疑問に答える人もなく立ち尽くしていた。そんな男子ふたりとキャンパスを走る亜結を秋守が遠くから見ていた。



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