第26話 こよみと300分ほどデートすることになった。

「旅行、楽しかったですねー」

「そうねー」


 自宅に帰り、ふたりで旅行の余韻に浸っているとき、俺はあることに気が付いた。


「そういえば今日、こよみの誕生日でしたっけ」

「えっ、そうなの? あの子、全然誕生日言わないから分からなかったわ……」

「そうなんですよね。俺も幼稚園のとき書かされた自己紹介から知りましたし」


 驚いて言う氷雨先輩に、俺も共感を示す。

 とはいえ、俺も毎年なんやかんやで「誕生日おめでとう」くらいは言っているのだが、今年はバタバタしていてそれすらも忘れかけていた。


 さすがにそれはマズいだろうと思い、電話を掛けてみる。メッセージアプリも登録しているのだが、声でやったほうがいいだろう。


 幸い電話が取れる環境だったようで、すぐに繋がった。

 氷雨先輩も生徒会長として思うところがあるのか、普段邪険に扱っている節があるものの祝いの言葉は言いたいらしく、スピーカーモードに設定してある。


『もっしもーし! お姉ちゃんが一向に起きてこないこよみだよー!』


 もう14時だぞそろそろ起きろ。そして妹の誕生日を祝え。

 底抜けに明るいこよみの声に闇を感じつつ、口を開く。


「誕生日おめでとう、こよみ」

『んぅ……。あ、ありがとう、かずくんっ!』


 ちょっとかわいい声が聞こえる。

 こよみは照れたとき、こんな声を出すのだ。たぶん俺としおりさん、あとこよみの両親くらいしか知らない情報なので、ちょっとした優越感を味わう。


「随分照れているわね、こよみさん」

『ゆきちゃん先輩じゃないですかー! なんですか、普段私のことをゴミを見る目で見つめてくるゆきちゃん先輩が私にお誕生日電話を……? これがツンデレってやつですかねっ!』

「うるさいわね、仕事倍にするわよ」

『こ、これが噂のパワハラってやつですねっ。労基署のみなさぁぁぁん! この人でぇぇぇぇぇっす!!』


 電話越しなのにすごくうるさい。音量下げてるのにうるさい。

 これがこよみの底力か、とある意味で感心しているところ、氷雨先輩は続ける。


「生徒会だから労基署に訴えても『はいはい、ワロスワロス』で終わらされるわよ」

『これが現代の闇っ……』


 珍しくうるさくない、と思っていると、氷雨先輩は「でも」と言い。


「あなたの仕事のクオリティは素直に尊敬しているわ。……誕生日おめでとう、柔路こよみさん」


 しばらく静寂が部屋を満たす。

 氷雨先輩が「マズかったかしら」と言いたげにオロオロし始めたころ。


「デレたな」『デレましたね』


 俺とこよみの声が重なる。

 氷雨先輩の顔が慌てたものから真顔へゆっくり変わってゆく。


「な、なんなのよデレたって! いつもこんな感じでしょう!?」

『いやいや、ゆきちゃん先輩。現実見てくださいよぅ。いつもは暴君ハバネロもびっくりな辛さ満点対応で――痛いっ! 足の小指が猛烈に痛いですっ! ゆきちゃん先輩の念力によって机の脚に小指をぶつけてしまいましたっ!!』

「私のせいにしないでくれるかしら?」


 うおおおお、と呻くこよみに一応心配の言葉を掛ける。「治った気がするYO!」という答えが返ってきたのでたぶん大丈夫だろう。

 氷雨先輩は「暴君ハバネロ……」とうわごとのように呟いているが、こちらには何とも言えずにいた。


「あ、それと誕生日プレゼントの希望とかはあるか?」

『誕生日プレゼント、かぁ』


 あまり物欲がないこよみは、そこで止まる。

 ショッピングセンターにいたのは、おそらくカフェに行くか必要なものを買い足しに来ただけだろう。甘いものは好きだからな。


 しかし、好きなだけで誰かにそれを買ってもらおうという考えはないらしく、プレゼントでも止まっているのだ。


『じ、じゃあ、半日足らずでいいから、かずくんとふたりでデートしたいなぁ……なんちゃっててへぺろ!』

「最後ので冗談かそうじゃないのか判別できなくなったが、俺はいいぞ」

『え、いいのっ!?』


 ガタン、と椅子が倒れる音が聞こえる。

 自分で要求しておいて何がそんなに意外なのか分からないが、とりあえず「ああ」ともう一回肯定しておく。


『ゆ、ゆきちゃん先輩は?』

「なんでそこで氷雨先輩なんだ……」


 こよみには氷雨先輩と成り行きで一緒に住んでいるのは知っているが、それ以上のことは知らないはず。

 いやぁ、としらばっくれるこよみに引っかかりを抱くなか、氷雨先輩は複雑げに口を開いた。


「ま、まぁ、和馬くんにも友達と遊ぶ時間は必要だと思うし、特に何もないわよ」

『そうなんですね……?』


 いつもとは雰囲気が違うこよみの言葉に、氷雨先輩は「ええ」と言い頷く。


『じゃあかずくん、明日の14時に迎えに行くから首を洗って待っててねっ!』

「何、喧嘩でもするの? 待って切るなバカ、不安になってくる」


 俺の言葉も虚しく、プーップーッ、と無機質な音を出すスマホ。

 一応今からでも筋トレしたほうがいいのか?

 そんなアホみたいなことを真面目に考えているとき、氷雨先輩が後ろから抱き着いてきた。


「ひ、氷雨、先輩……?」


 バクバクと心臓が音を立てる。

 むにゅり、と先輩の胸がその柔らかさを主張してくるが、徐々に近づく先輩の口からも注意が離せずにいた。


「ワガママっていうことは分かってるけど……浮気したらだめ、だからね」


 蕩けるような甘い声が、俺の脳髄を貫いた。

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