第21話 300秒後にぶっ〇されそうな俺

「そ、そうだな。今日の朝氷雨先輩と会ったし、それで匂いがついたのかもしれないな」


 さすがに「同居してて、今日も氷雨先輩と一緒に泊まりに来たぜ!」とは言えないので、苦しいのは自覚しつつも言葉を並べた。


 とはいえ、普通のことを言っているだけなので必要以上に追及されることもないだろう。


 自分で自分の気持ちを押し付けながらミコトを見ると、彼女は同じように感情のわからない目を向けて。


「うそ。もっと濃い」

「気のせいじゃないのか?」


 それと、いい加減離れて欲しいのだが。

 そんな俺の気持ちは意にも介さず、ミコトはすんすんと俺の身体を嗅ぎまわる。まるで犬だ。


 元々容姿がいいことも相まって、ミコトに本格的な愛らしさを感じつつあると、不意に頼りない柵の向こうから声が飛んできた。


「和馬くん、誰かと話してるのー? 聞いた感じ女の子っぽいけど……?」


 怒気すら滲ませているその声の主は、間違えようのない、氷雨先輩である。

 バクバクとうるさい心臓に耳を塞ぎながら、何とか取り繕おうと言葉を紡ぐ。


「きっ、気のせいじゃないですかね?」


 そこで気づく。

 ここで、俺が氷雨先輩の声をした人に敬語で返答する意味を。


「……こおりひめ、なの?」


 若干ジト目になったミコトが呟くように問う。

 俺がその問いに答えられないでいると。


「ああっ、また女の子の声が聞こえたわよ! せ、生徒会長として許せないわ!」

「……せいとかいちょう?」


 また飛び込んできた氷雨先輩の叫び声に、至極冷静なミコトの声。

 的確に核心をついたその言葉に俺は覚悟を決め、ミコトに笑いかけた。


「何か買ってやるから……。黙ってて、くれるよな?」

「ぎょい」


 途端に目を輝かせるミコトによかったと胸を撫でおろしたとき――芸術品のごとき身体にバスタオルを巻きつけた氷雨先輩が、石畳の上に現れた。


「「……」」


 誰も何も言えない硬直状態が続く。

 そののち、氷雨先輩がゆっくりとこちらにすり寄ってきて。


「話、聞かせてもらうわよ」

「……ハイ」


 氷のような視線を向けられた俺は、ただただ委縮するしかなかった。



   ◇◆◇



「つまり――有記さんが男湯に乱入してきたのがすべての始まりということね?」

「そうです……俺も悪いのですが」


 乳白色の温泉に浸かった氷雨先輩から目を逸らしながら、俺は氷雨先輩の問いに答えるだけの時間を過ごした。


 ミコトはいざ真実がわかったら興味をなくしたらしく、すいすいと自由に広い湯船を泳いでいる。戦犯め。


「わかったわ、今日のところは許してあげる。でも、今度は追い出してよね?」

「もちろんです」


 怒りがなりを潜め、いつもの氷雨先輩の様子に戻ったのでひとまず安心する。


「ところで、どうして和馬くんは女湯にいるのかしら」

「しかりしてください氷雨先輩、たしかに見た感じ女湯に見えますが、ここは男湯ですよ」


 氷雨先輩が冗談を言うって珍しい気がするな、と彼女の「あはは」という笑い声を聞きながら思っていると、不意に氷雨先輩の周りに漂う空気が止まった。


 一体どうしたんだ、と不思議に思うと同時に、俺もこの状況の異常性に気づく。


「和馬くん」

「はい」

「黙っていてくれるわよね?」


 その言葉に既視感を覚えながらも、俺は黙って頷く。


 しかし、一瞬見てしまった氷雨先輩の赤っぽく柔らかそうな肌をしばらくは忘れられず、悶々とした時間を過ごすこととなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る