第20話 300秒後に男湯へ乱入してくる美少女

「んはぁー! 空気が美味しいわ。いいわね、ここ!」


 ご満悦な様子で腕を広げながら深呼吸するのは、我らが生徒会長の氷雨先輩。

 なぜこのようなことになったかというと、ゴールデンウィーク初日、つまり今日、俺たちはとある温泉街の旅館へと足を運んだことが原因だ。


 自然に囲まれている環境は、クレーム疲れした先輩を充分に癒してくれる。

 たったそれだけのことが、俺にとっては限りなく嬉しい。


 氷雨先輩が浮かべる満面の笑顔と窓から見える夕日の混ざった緑がとても美しく、俺の心は既に回復しきっていた。


「んぅ……。でも、途中でけっこう遊んできたからもう夕方ね。晩御飯はもう少し先だし、お風呂に入りましょうか」


 伸びをしながら言う氷雨先輩の言葉に、俺は賛成の言葉を返した。

 すると先輩は思い出したように「ああ、でも」と紡ぎ。


「いくら私とお風呂に入りたいからって言っても、女湯に入ったらだめなんだからね? えっち」


 身体を押さえ、口元にはニヤニヤとした笑みが宿っている。

 押さえた手のせいで白いワンピースの生地を突き抜けんとしている大きな胸が強調されていた。


 どうにかなってしまいそうな光景から目を背け、口を開く。


「そんなことしませんよっ! むしろ氷雨先輩が男湯に入ってこないか心配ですよ。俺以外の男に裸を見せたら承知しませんからね?」

「あら、独占欲が強いわね。氷雨先輩、嬉しいわ」


 結果は火に油を注ぐような結果となってしまった。

 むにー、と満足げな顔をこちらに向ける氷雨先輩へささやかな抵抗を込め、軽く睨んでみる。


 特段効いたことはなく、氷雨先輩はそそくさと浴衣を手に取り「じゃあ、行ってくるわね」との言葉とともに出て行ってしまう。


 自由奔放な彼女に苦笑を投げかけ、俺も風呂に行く準備を進めた。



   ◇◆◇



「ふぃー……」


 森林に囲まれた環境、ちょうどいい温度を保っている温泉に思わず声が出てしまう。


 竹の壁を越えれば同じくくつろいでいる先輩を見ることができるのか、という想像が掻き立てられるが、一度は見たことがあるのだ。それで悶々とするわけではない。


 もともと小規模な宿泊施設で、夜でもないこともあり、現在は貸し切り状態となっている。まずはこののびのびとした空間を楽しむとしよう。


 そう思ってより一層力を抜いたとき、向こうからぺたぺたと足音が聞こえてくる。


 貸し切りは終了か。

 癒しの副作用でうまく頭が回らないなか、ぼんやりとそんなことを考えていると。


「む。ひとがいる。めずらしい」

「フォァァァアアッ!?」


 向かってくるのは、藍色の髪と紅色の瞳を持った美少女だった。

 印象としては『小さくて可憐』とでもいおうか。小柄で胸も小さい。


 美少女が入ってきた衝撃でつい叫んでしまったが、小学生に見えないこともないか。


 それなら急に叫んでしまって悪いな。


「ごめんね、驚かした?」


 子ども相手に大声を出してしまった罪悪感から、謝罪の言葉を口にする。

 返ってきたのは意外すぎる言葉だった。


「こどもあつかいしないで。ふくかいちょう」

「エエエエエ」


 あまりの衝撃に笑いながら騒音を撒き散らしてしまった。

 主に『副会長』という部分に。


 うちの学校は中等部と高等部しかない。だから、俺の役職と容姿を知っている人物なんてここに限定されて。


 いやいや、もしかしたら姉か兄かに話を聞かされて、何かの拍子に容姿を知ったのかもしれない。


「も、もしかしてお姉ちゃんかお兄ちゃんが学院生なのかな?」


 乾いた笑みを貼り付け問うが。


「ちがう。みぃ、がいせい学院高等部1年A組。有記ありきミコト」

「うっそだろぉぉぉおお!?」


 頭をブンブンと振りながら叫び声をあげる。

 ミコトはそんな俺のことを冷めた目で見つめていたが、言われてみれば見覚えがあった。


 まず、テスト上位者の欄。

 総合と科目別で上位10位以内の者は廊下に名前が貼り出されるのだが、そこの1位には必ず『有記ミコト』の名前があるのだ。


 数学を除いて、ではあるのだが。

 ちなみにこよみは総合2位だ。しおり先輩も同じく。

 恐らく得意分野で培った理解力がほかの科目にも影響を及ぼしているのだろう。


 話は逸れたがふたつめ、先生に呼び出されることが多い。

 風のうわさと生徒会の情報から、『有記ミコトは変人』とのことなので、そういった関係から呼び出されているのだろうと思っていたが。


「そんなにみないで。えっち」

「そんなに見てないし、男湯に入るのやめてから言おうかっ?」


 これは呼び出し食らいますわ。


 無表情が極まれる顔をこちらに向け、腕で身体を覆ってみせるミコトを見ながら思った。


「む」


 半ば呆れていると、ミコトが何かに気づいたような声をあげ、こちらに寄ってくる。


「……このにおい、こおりひめ?」

「んっ!?」


 腕に顔を近づけ、すんすんと鼻を鳴らして放たれた言葉に、俺は一筋の冷や汗を流した。

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