第16話 生徒会長の初バイト、15分300円と書記

「ゆきちゃん先輩こんにっちわー!」

「こんな時間なのに元気ね。こんにちは」

「初バイト記念のーちゅぅぐぼへぇっ」


 午後18時の柔路書店。

 こよみが気を利かせたのか、俺と同じシフト、つまり月曜日と金曜日になったようで少しテンションが上がる。もともと同じく週2の1回3時間で入るとは言っていたのだが。


 キスしようとしたこよみにビンタを食らわす光景に癒しを感じつつあると、レジの向こう側からミルクティー色のくせ毛をツインテールにしている少女の姿が見えた。


「おいーっす、まゆきー」

「しおり、私がここでバイトすることを知っていたの?」

「いんや、今知った。びっくりだ」


 間延びした声で氷雨先輩に話しかけるのは、生徒会の書記である柔路しおり。学年は高等部2年で、氷雨先輩と同い年ということになる。

 こよみの姉だ。こよみとは対照的に胸は大きく、脚も育っているが。


 何でもふたりは小学校からの幼馴染らしく、ただひとりだけ氷雨先輩を純粋な名前で呼んでいるのだ。友達がいないと氷雨先輩が発言していることから、実際にどのような関係が築かれているのかは知らないが。


 少し話は逸れたが、バイトの話も、もっといえば同居の話もしおり先輩にすればよかったのではないか、と思うかもしれないが、彼女にはある欠点があり。


「せめてそれくらいは聞いておきなさいよ……」

「たぶん本読んでたからわからなかったわー。すまんすまん」


 超絶マイペースなのだ。親しい人に限ってだが。

 本を読んでいるときは音全般がシャットアウトされるので、当然話を聞いてくれない。


 だったら読書しているときを避ければいいという問題でもない。

 本及び文章、言葉のことを考えていると話をまったく聞いてくれないのだ。


 さすがにそれを察知するのは難しく、話しているのに全然伝わっていない、伝わりようがない事態が発生するのである。


 だが、親しい人以外だとちゃんとするのである意味氷雨先輩と真逆かもしれない。

 そんな彼女が氷雨先輩と同じく生徒会に所属できるということは、能力がある証明にもなり。


「おっ、そういや中等部1年と高等部1年の公式ホームページ掲載用合宿記録文が完成したぞー」

「ありがとう。持ってきてくれる?」

「おうー」


 緩んだ声を出すしおり先輩はゆっくりと奥、柔路家居住スペースへと向かう。

 すると先輩は「はぁ」とため息を漏らした。


「能力はあるけれど……指令が大変だわ……」

「お疲れですっ、ゆきちゃん先輩」


 身を以て姉のマイペースさを実感しているこよみが氷雨先輩の肩に手を置く。

 しかし大変そうに言う氷雨先輩の表情は優しいものだった。


 しおり先輩がマイペースさを出すということは、彼女の親しい人だという証だから。


「うぃーっす、持ってきたぞー」

「ありがとう。よくやってくれたわね」

「なんのなんのー。んじゃ、しおりは休むからレジは頼んだ」

「あ、うん。お疲れ様」


 また柔路家へと歩いてゆくしおり先輩を氷雨先輩、俺、こよみで見送ったあと、こよみがぽつりと呟いた。


「お姉ちゃんにゆきちゃん先輩の教育係頼んだけど……伝わってなかったのかなぁ……」


 半分諦めている目で、マイペースな姉を見送る妹の姿がそこにはあった。

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