第13話 300円で拾われたことを後輩に知られる先輩

「えっと、つまり――氷雨会長は全財産300円と引き換えにかずくんの家に長期間泊まることになったんですね? それでお金がないし、かずくんに買ってもらったものの代金を返したいからバイトをしたいと」

「そうよ」


 ざっくりとまとめるこよみの言葉に、氷雨先輩は深く頷く。

 生徒会メンバーということもあり、こよみは重要情報の秘匿が大切なことを嫌というほどわかっているはずだ。


 だから氷雨先輩はこよみにこの秘密を打ち明けたのだろう。誰にも言わないと信頼しているから。


 それは当たっていると、俺は思う。

 幼いころから一緒にいて、当然色々な情報を共有したこともある。


 しかし、一度たりともその情報が外に出たことがないのだ。


 こよみは基本的にうるさい。だが、本当に黙ってほしいことは死ぬまで黙ってくれるのが彼女の長所でもあるのだ。


「そういうことならいいですよ。氷雨会長が嘘を言っているとは思えませんし。最低限の情報だけでわたしの実家――柔路書店に雇ってもらうようにします」


 静かな声でそう言ったあと、基本的な作業はわたしがやっていますし、と付け足す。

 うるさいが、とてもいいやつなのだ。うるさいが。


「たーだーしー」

「んっ?」


 しばらく静かだと思ったら幻想だった。

 いつものテンションを取り戻したような声音に、氷雨先輩が小さく声を出す。雲行きが怪しくなってきた、と言わんばかりに。


「条件がありますっ。ひとつめは、わたしが氷雨会長を呼ぶとき『ゆきちゃん先輩』と呼ぶのを許可すること!」

「とてつもなく不本意だけれど、いいわよ」


 呼ばれたことのない(であろう)呼び名を聞き、少し照れる氷雨先輩。

 俺も呼んでみたい気はするが、小恥ずかしいので氷雨先輩にしておこう。


「ゆきちゃん……ゆきちゃん先輩。和馬くんに呼ばれたいなぁ……」


 隣からそんな氷雨先輩の声が聞こえてくる。

 かなり小さいものだったので本人は聞こえないと思っているのだろうが、バッチリ聞こえていた。


 こよみの前ということもあり、にやつくことも赤面することも抑えようとしたが、どうしても頬は少し熱くなってしまう。


 バレてしまうか、と思ったが夢見心地な先輩と俯き加減になる俺を気にも留めずいつも通り楽し気な表情を浮かべていたのでバレてはいなさそうだ。


「ふたつめ、かずくんとこの場でイチャイチャすることっ!」

「「んっ!?」」


 唐突に放たれた爆弾発言に、俺と氷雨先輩は驚きの声をあげることしかできなかった。


 何やらこよみが「手伝ってやりましたっ」と言いたげに親指を立ててウィンクをしていた。

 とりあえずドヤ顔と満面の笑顔を2で割ったような顔をするのはやめてほしい。


「私と和馬くんがイチャイチャするなんてそんな夢みたいな間違えた不純異性交遊じみたことをするわけないじゃない柔路さん何を言っているのかしら」

「あはっ! ゆきちゃん先輩めっちゃかわいいです痛い! 足は踏むものではないですよっ!!」


 平気な顔をしてこよみの足を踏んでいるらしい。慈悲も容赦もないな。

 しかし、平然としているようでそうではなかった。目の焦点が定まっていない。


 俺とイチャイチャしろって言われただけでここまで取り乱すなんてかわいいなぁ、なんてこよみが痛がっているのを無視しながら思っていると。


「かずくん、この暴君止めて! 幼馴染でしょっ?」

「和馬くん止めちゃだめ。会長命令よ。あと誰が暴君よ、会長に逆らったらどうなるか身体に分からせるためにかかとでぐりぐりしてやるわ」

「会長命令なら仕方ないな」

「かずくんちょっと怒ってるっ? てああああゆきちゃん先輩残酷ぅ!」


 本当にかかとで踏み出したらしい先輩と、テンション高めに痛がるこよみ。

 ちょっとやりすぎな気がしたので、そろそろ止めることにしよう。


「先輩」

「何かしら和馬くん」


 すぐさま殺気を収めて応答する氷雨先輩。

 こよみのうるささが存在感だけになったのできっと踏むのもやめたのだろう。


「随分と嫌がっているようですが、そんなに俺とそういったことをするのは嫌なのですか? それなら俺も断ろうと思うのですが」

「そ、そんなことはないわ。ただ――」


 ちょっとからかってやろうと思い放った言葉だったのだが、氷雨先輩は俺に近づいて、耳打ちする。


「和馬くんから来てほしかった、なんて言えばワガママかしら?」


 氷雨先輩の甘い言葉に、悶絶のあまり変な声が出そうになる。

 そんなことを言われて『ワガママだよ何言ってんだ』とは言えない。元から言うつもりはなかったが。


「い、いえ。俺も同じようなものですから」

「そう」


 微笑む氷雨先輩にまたもや悶絶しそうになる。

 しかし、この場にはこよみもいるので一々悶絶していては『何やってんだこいつら』と思われてしまう可能性もあるのだ。なるべく抑えなくては。


 今もそんな目で見られているので手遅れかもしれないが。


「ああもう、どうしてそうナチュラルにイチャイチャするのっ! 店員さん呼び出しっ!」


 すると、もう耐えられないと言いたげに店員呼び出しボタンをターン! と勢いよく押す。


 程なくして店員さんが現れると、こよみはやけっぱちといった様子で言い放つ。


「この『らぶらぶ♡ピーチソーダ』をくださいっ!」

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