第12話 1年の300日を共にするはずの会計係

「ごめんね、色々買ってもらっちゃって。なるべく早いうちにお金は返すわ」

「別に返さなくてもいいですよ。大切にしてもらえればそれで」


 近くのショッピングセンターに行った俺たちは、そこでタオルなどの生活必需品を買い込んでいた。


 色々物色する先輩の顔にはワクワク感がにじみ出ていて、見ているこっちも楽しくなってくる。


 ぎゅっと買い物袋を抱きしめる氷雨先輩に、俺は先ほど話していた話の続きを振った。


「それで、先輩。バイト始めるのですか?」

「そうそう。いくら何でも、全部和馬くんに出してもらうわけにはいかないからね」


 現在所持金ゼロの氷雨先輩は当然金銭に困り果てているので、バイトを始めようとしているらしい。


 氷雨先輩は部活に所属しておらず、生徒会の仕事も効率よく終わらせることができるのでそれ自体は賛成なのだが、困るのはそのバイト先である。


 先輩は高校生だというのにスマホを持っていないのだ。

 それに色々訳アリだし。


「ね、ねぇ。和馬くんのバイト先に口利きしてもらうことはできないかな? 私からも頼んでみるけど」

「電話番号も俺と同じものになりますし、やっぱりあいつしかいませんかね……」


 そうなればやはり浮かんでくるのは同じ人物だったらしく。

 だが、氷雨先輩も思うところがあるようで、思いっきり顔をしかめていた。


 さすがにそこまで露骨にしなくても、とは思ったが気持ちは分かる。

 タイプ的には正反対と言ってもいいほどの人物なのだから。


「あれっ、氷雨会長とかずくん! どうしたの、デート?」


 噂をしていればその人物は現れた。

 ウェーブのかかったミルクティー色の髪をポニーテールにしている、アメジストのような瞳を持った全体的に小さい、生徒会の会計係。


 ゆるっとした印象を与える彼女は、白いブラウスと黒いミニスカートという制服のような服を纏っていた。


「あなたに教える道理はないわ、柔路やわじこよみさん」

「うわー、氷雨会長いつもに増して冷蔵庫感ありますね!」

「誰が冷蔵庫よ、次言ったら正義の鉄槌をお見舞いするわよ」


 氷雨先輩に睨まれながらそう告げられた直後、こよみはてへぺろ、といった風に舌を出し「間違えました。冷凍庫ですねっ」と言い氷雨先輩に思いっきり胸倉を捕まれた。

 あいつドMなのか?


 しかし、確かにいつもに増して冷たい雰囲気が出ていて、攻撃的になっていることは同意する。もはや冷たい雰囲気と攻撃的を通り越して殺気ですらあるのだが。


 胸倉を捕まれても「享年15になちゃいますっ! あっはー!」と満面の笑顔で叫び、氷雨先輩からさらに殺気を含んだ目で睨まれるこよみを『こいつアホなのか?』と思いながら視線を向ける。


 呆れの混じった俺の目は当然こよみに向けられていたのだが、それでこよみのうるささを察したらしい。先輩が渋々ながらもこよみの胸倉から手を放す。


「うふふ、氷雨先輩って的確にわたしがやってほしいことを見抜いてきますよね。まさか両想いですか?」

「あら、どうしてあなたは私の不快ポイントを的確に押さえてくるのかしら。さては絶交したいの?」


 クネクネと身体を動かし、頬に手を当てながら言うこよみに向けられた先輩の言葉は極めて冷酷だった。だが気持ちは分かる。


「ま、余興はこれくらいにして。かずくん、氷雨会長と歩いてなにやってるの? 浮気?」

「俺はお前と付き合った覚えはないのだが。内容はただの買い物だ」

「ふーん?」


 余興で体力をかなり削られたらしい氷雨先輩がげっそりするなか、俺たちは話を進める。


 こよみは何やら怪しげな目を向けているが、生徒会の関係で物資調達が必要になる場合もある。あまり話し合いにも参加していないようだし、ゴリ押せば何とかなるだろう。


 とはいえ、こよみは会計の仕事を請け負っているのでその言い訳がどこまで通じるのかは分からないが。


「なんで会長がオシャレしているのかが気になるけど、心優しくなんでも察せるわたしは追求しないようにしてあげるよっ」

「本当に心優しくなんでも察せるなら自分から言わないと思うのだが」


 えへへと笑うこよみに、俺は若干感謝を覚える。

 さすがに300円で拾った云々は察していないと思うが、違和感は感じたことだろう。


 一応は分別を弁えているようでよかった、としみじみ感じていると。


「それで、わたしの家で働きたいみたいなことが聞こえたけど、それは?」

「氷雨先輩、バイトする必要が出てきたんだ。詳しいことは先輩に聞いてほしいんだが――」

「……かずくん、氷雨会長のこと『会長』って呼んでたよね?」


 しくった、と思ったときにはもう手遅れだった。

 じっと俺を見つめるその目を見ていると、下手な言い訳など通用しないように思えて。


 どうしたものかと頭を回転させていると、まだ疲れている様子の氷雨先輩が会話に入ってくる。


「和馬くん、心配する必要はないわ。そのくらいは柔路さんのことを信用しているつもりよ。ものすごくうるさいけど。社会的に抹消してやろうかしらと思っているけれども」


 それはつまり、こよみにおおまかな事情を説明するということか。そんな大事なことなのに最後のほうを強調していたが。


 心がざわつくのを感じながら、俺たちは個室のカフェへ移動した。

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