第11話 300ミリリットルの嫉妬心

「ね、ねぇ、和馬くん。……どう、かしら?」


 しばらく待っていると、期待感を滲ませながらリビングへ入ってくる氷雨先輩の姿が見えた。

 いつもは制服を規定通りに着ているのだが、当然ながら今回は違う。


 清楚という言葉を具現化したような、長袖の真っ白なワンピースを身に纏い、腰は同じく白色の細いリボンを巻いていた。


 もともとかなりプロポーションがいい人ではあるのだが、リボンを巻くことによりきゅっとしているところがさらに強調されている。


 しかしそれを差し置いて存在感を誇るのは、なんといってもその豊かな胸部であろう。


 腰のくびれによっていつもより大きく見える。これに挟まれて窒息死してもいいと心の底から思えるほどには魅力を感じた。


 ワンピースが白なのも、下品なほどに育った胸との印象が離れているために背徳感を味合わせてくれる。



「最高……最高です、氷雨先輩!」

「そ、そうかしら。そう言ってくれたら嬉しいわ」


 口端を持ち上げ、ニマニマと満足げに笑う氷雨先輩を見て俺の気持ちをさらに満たすこととなったのだったが、ふと思う。


 この姿を、俺以外の人に見せたくない、と。


 バカげたことだとは自分でも思う。

 だが、ほかの人が氷雨先輩の姿を見て俺と同じような気持ちになったら嫌だ。


「和馬くん、どうしたの?」


 ふと気が付くと、先輩が不安そうに俺の顔を覗き込んでいた。

 醜い独占欲とは分からずとも、どこか不満な空気が流れていたのだろう。


 本当ならばここで「何でもありませんよ」と繕うのが正しい選択であることは分かっている。

 しかし、どうしても俺には耐えられなかった。


「先輩、ちょっとしたワガママ、みたいな感じなのですが」

「何かしら?」


 普段しない切り口から来られたことに驚いた様子で、先輩は次の言葉を促す。

 その通りに、俺は口に出した。


「俺、氷雨先輩の、その――魅力的すぎる姿をほかの人に見られるの、嫌かもです」


 醜い本心の塊を。


「ふぇっ!?」


 当然ながら先輩は驚愕の声を出す。何なら倒れそうな勢いだ。

 顔がみるみるうちに赤くなってゆく。


 ただの同居人、生徒会長と副会長という関係性で何を言っているんだ、と怒らせてしまっただろうか。


 次の言葉を聞きたくて、でも永遠に先延ばししたい二律背反の感情を抱えながら、俺は時間が過ぎるのを待った。


「い、いいわよ」


 はらり、と桜の花びらが頭上に降ってくるかのような声が耳に届く。

 氷雨先輩には、動揺のなかに喜びが感じられた。


「いいのですか!? 完全に俺の欲望みたいなところあって、先輩のこと何も考えてないレベルの要求ですよ!?」

「か、和馬くんの欲望、なのね。わ、私のこと特別に思ってくれていて嬉しいなぁなんて思ったり思わなかったり?」

「どっちですかっ!?」


 そこ、かなり重要なところだと思うのだが。

 しかし、言葉を紡ぐのも苦労していそうな先輩にこれ以上追及の言葉をかけることはできなかった。


「とっ、とにかく。いいってことだから。分かったわね?」

「は、はい」


 まぁ、これ以上追及されないというのは俺にとってもメリットがあることだろう。

 これでいい、と自分を納得させて、再び脱衣所へ向かう先輩を見送った。



   ◇◆◇



「あんまり手は加えていないけれど。どうかしら?」


 戻ってきた先輩はワンピースの上に薄桃色のカーディガンを羽織っており、黒タイツが細い足を包み込んでいた。

 完璧な美しさである。


 その場で一回転してみせた先輩に拍手を送るように俺は口を開いた。


「非の打ちどころがありません! やっぱり氷雨先輩って綺麗だし可愛いですね!」

「んにゃあぁぁぁ!?」


 しまった、と思ったときにはもう声にしたあとだった。

 猫のような叫びをしたかと思うと、今度は湯気でも出そうな顔と潤んだ瞳をチラチラこちらに向けてくる。


「ほ、褒めたってなにも出ないんだからねっ」

「何も出なくても、俺は先輩のことが――」


 照れ隠しであろう言葉に、俺は思わず次なる本音を紡ごうとしてしまった。

 言えるわけがない。


 俺は、先輩のことが好きだなんて。

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