第10話 300秒のデート計画
「ね、ねぇ、和馬くん」
「なんですか?」
朝食を食べ終わると、先輩がおずおずと話を切り出してくる。
なんだろうと思い聞くと、氷雨先輩は指をちょんちょんと動かしながらつぶやいた。
「せっかくの休日だし、一緒に出掛けたいなぁって思うのだけれど……ダメかしら?」
潤んだ目で懇願されては拒否しようがないのだが。
そんな俺の心象は読んでくれないのか、先輩はさらに「かずまくぅん……」と仔犬のような声を出している。
かわいすぎるわ! と叫びたくなる気持ちに襲われるが、氷雨先輩からしたらそんなの完全なる不審者である。
どうにか衝動を抑え込み、いい感じの笑顔を浮かべながら言葉を発した。
「ええ、構いませんよ。それで氷雨先輩、どこに向かう予定なのですか?」
「えっと、その……」
俺としては当たり前の質問をしたはずなのだが、先輩にとっては不都合なものだったらしく。
恥ずかしくて泣きそうな顔を浮かべて速めに指をちょんちょんと動かし始めた。
「決まっていないのですか?」
「うぅ……」
図星らしい。
しかし、別に恥じることでもないと思うのだが。
顔を真っ赤にする氷雨先輩に、俺は提案を持ち掛けた。
「では、一緒に考えましょうか」
「え、ええ!」
すると氷雨先輩の顔がぱっと輝く。コロコロ変わる表情が愛おしい。
そんな感情を胸に押し込め、言葉を続ける。
「俺からの意見としては、近くにあるショッピングセンターでの買い物ですかね? 氷雨先輩がここに300日以上泊まるとなると、いろいろ準備する必要が出てきそうですし」
「それはありがたいのだけれど、私今手持ちがないのよ」
申し訳なさそうに言い、ごめんなさいと付け足す。
昨日の時点で
しょぼんとした表情で俯き加減になる氷雨先輩を安心させるように俺は言葉を放つ。
「俺のバイト代の貯金内であれば出せますよ。第一、家事を任せたままというのも俺の居心地が悪くなりますし。氷雨先輩、泊まる以上に色々なことをしてくれますし」
「で、でも。悪いわ、そんなの」
おろおろとして断りにかかる氷雨先輩に、俺はダメ押しする。
「俺のエゴなので氷雨先輩が罪悪感を抱く必要はありませんよ。少しでも先輩が暮らしやすくなればなという一心で」
「そ、そうなの? じゃあ、甘えようかしら……」
遠慮がちに放たれたその言葉に、俺は笑顔を向けて言葉を紡ぐ。
「ぜひそうしてください。ところで先輩、色々なものを持ってきていると言っていましたが、私服はあるのですか?」
「あるわよ」
答えたときの氷雨先輩は、どことなく嬉しそうにも見えた。
選りすぐりの服を持ってきたのだろうか。そんな暇があるならもうちょっといい宿泊先を探してほしいものなのだが。
しかし、先輩が来て俺の精神が満たされているのも事実だったので、その言葉は胸にしまう結果となった。
「ね、ねぇ、和馬くん」
「どうしたのですか?」
そんなところに氷雨先輩の声が投げかけられたので、驚きつつも俺は返事する。
すると先輩は途端にいじらしい表情を浮かべて。
「私服、和馬くんと一緒に歩けるような、かわいい服選んできたから」
「……そんなことをしなくても氷雨先輩はかわいいですけどね」
「ふぇっ!?」
なるべく声量を絞って言ったつもりだったのだが、聞こえていたらしい。
顔を真っ赤にして「ふぇふぇ」と動揺する氷雨先輩の頭を無性に撫でたくなる。
しかし、ここで撫でてはただの変態だ。
必死に抑えていると、氷雨先輩が正気を取り戻し。
「も、もっとかわいくなるからっ。そしたら――」
恥じらいの顔を見せながらもやけっぱちで放たれた言葉の次は、紡がれることがなかった。
氷雨先輩はそこまで言ったあと、脱衣所へ向かってしまう。
何を言いたかったのだろう、と一生懸命考えたものの、答えは出なかった。
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