第4話 300時間にも思える苦悩の時間と
その瞬間、空気が静まった。
当然だろう。冷静沈着で有名な氷雨先輩が『俺と一緒に風呂へ入りたい』と言ったのだから。
この話を蹴るのは簡単だ。
しかし、不安と羞恥にプルプルと震えている先輩を見て、ロクに考えもせず蹴ることはできなかった。
副会長の看板、責任を理由に断るか。
それとも、先輩の勇気と可愛さに免じて今回は流されるか。
ぐるぐると頭が回り、選択をしたあとのビジョンが浮かんでは消え。
時間にして3秒ほど、しかし俺には300時間にも思える時間を過ごし、結論を出す。
俺の答えは――。
「よし、一緒に入りましょう」
「和馬くん大好き!」
生徒会という看板を投げ捨てた、実に清々しいものだった。
◇◆◇
「あ、あんまりじろじろ見たらだめよ?」
「そんな下劣なことはしませんから安心してください」
頬を濃い桃色に染めながらこちらをチラチラと窺うのは、我らが生徒会長の氷雨先輩。
しかし今は、生徒会長とは思えないほど大胆な姿を俺に見せていた。
いつも手や顔、スカートから除く足からしか見えなかった雪のように白い肌の面積が大幅にアップ。
もはや眩いほどでもあるのだが、特筆すべきは身体のラインだろう。
豊満な胸元からきゅっとした腰のくびれへ、そして膨らんだ尻、ふともも、足の線はまさに理想的。芸術品のようだ。
それに合わせて、『氷姫』というイメージからは離れた、可愛らしい桜色の下着を身に纏っていることも先輩の美しさを際立させる要因となっていた。
俺だけがこの姿を見れたんだ、という優越感。見てもよかったのか、という罪悪感。
それに『美しい』という感動が合わさることによって、まるで天国にいるかのような気分へ浸ることに成功していた。
「……やっぱり、見てるわよね?」
唐突に雪のような先輩の声が降ってくる。
ハッとして前を見ると、そこには羞恥の色を表情に浮かばせながらこちらを見やる氷雨先輩がいた。
声には怒気や冷酷さを感じないものの、じろじろ見ないでといった直後にじろじろ見ているのだ。ビンタされてもおかしくはない。
こういうときは正直に言ったほうがよいだろう。
そう思い、俺は「はい」と絞り出すように言った。
一体何を言われるのか。
びくびくしながら氷雨先輩の声を待っていると。
「ま、まぁ? 一緒にお風呂入ろうって言ったのは私だし? ちょっとくらい見ても文句はないというか?」
「へっ?」
返ってきたのは、見ることを容認する言葉だった。
先ほど見るなと言っておいてちょっと意味が分からないが、俺にとってはビンタされるよりマシ。
とりあえず「ありがとうございます?」と返事し、クネクネと恥ずかしそうに身体を動かす先輩の様子を目に焼き付けた。
いや、さすがに下着を脱ぎ出したあたりで身体を反対側に向けたが。
「わ、私、先に入っておくわね」
「は、はいっ。俺もあとから入りますから」
上半身のみ脱いだ状態で固まっていた俺に、先輩が恥じらいの色を込めながら言う。
その瞬間、裸の先輩が脳裏に浮かんできて頭の中が大変なことになったのだが、それを彼女が知るはずもなかった。
だから。
「私、精いっぱい和馬くんの身体、洗うから。できるだけ早く、こっちに来てね?」
甘く艶やかなこの言葉を口に出してしまうのも、仕方のないことなのかもしれない。
パタン、と風呂へ続く扉が閉まる音がする。
次々に蘇る先輩の下着姿とかわいい仕草、甘い言葉と声。
頬が熱くなるのを感じながら、俺は急いで先輩のもとへ行こうと準備を進めた。
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