第3話 3時間後に風呂に入る俺と生徒会長
「あ、あのー……」
「何かしら?」
しばらく頭を撫でられ、話題もなくなったので生徒会の仕事と他メンバーの出席率の低さについて話し合っていたが、時計を見てふと気づいたので言う。
「そろそろ風呂入りませんか? もう0時近いですし。ここに来たのは21時頃でしたし、入っているわけではないですよね?」
家出する直前に風呂に入っていることもないとは思うこともあり、半ば断定した言葉だったが。
俺はバイトの関係と自分の分の仕事を終わらせたこともあり、途中で切り上げたのだが氷雨先輩が頼み事含め仕事を終えたのは19時30分くらいだろう。
そこで晩御飯を食べてきたということは、もう風呂に入る時間などないはず。
「そうね。今日は金曜日だから遅刻する可能性はないけれど、それでも0時になって風呂にも入っていないのはさすがにマズいわね」
顎に手を当てながら氷雨先輩は言葉を放つ。やはり生徒会長、そのへんの感覚はしっかりしているらしい。
……いや、俺の家に突撃する時点で常識人とはいえないのかもしれないが。
「あっ、そうだわ!」
氷雨先輩の本当の性格について思考を巡らせていると、彼女が明るい声を出した。
なんだろう、と疑問を持ちながら続きの言葉を待つ。返ってきたのはとんでもない提案だった。
「私と一緒に入りましょう!」
「は?」
何言ってんだ、という目線を送りながらたった一文字だけで呆れと困惑を表す。
しかし氷雨先輩はここで折れるような性格はしていなかったらしい。
「驚くのも無理はないわ。だからこそ、聞いてほしいの」
「だったら聞きますけど……」
改まった様子で言う氷雨先輩に、向き合う。
先輩のことだ。合理的な判断に基づいているに違いない、などという期待を持ちながら耳を傾けた。
「まず、身体を洗うのがとても効率的になるわ」
「そうですかね?」
人差し指を立ててプレゼンを開始する先輩に、疑問をぶつける。
すると先輩は目をくわっと見開き捲し立てた。
「そうに決まっているわ! だって、思わない? 背中の裏側とか、ちょっと届かないところあるでしょう?」
「あー、ありますね」
とはいえ、なんやかんや洗えている気もするのだが。
しかし、ずいと近寄った先輩にそんなことを言えやしなかった。
黒く艶やかな髪の毛がさらっと俺の手に触れる、互いの鼻がくっつきそうな距離。
ふんわりと甘い匂いが鼻孔をつつく状況で何か言えるとしたら、そいつは人間の域を超えた神的な何かに違いない。
「そうよね! 仮にそこから細菌が繁殖してしまったら、それが和馬くんに悪い影響を及ぼさないか、先輩兼生徒会長としてはとても心配なわけよ」
「そう、なのですか?」
さすがに疑問を覚えたので、口を開く。
反射的に閉じていた目をほんの少しだけ開くと、そこには整った先輩の顔があった。
「そうなのっ! で、二つ目!」
これ以上追及されるとマズいとも考えたのか否か、先輩は強引にも次の理由へ移ってしまう。
限界を感じてきたのでそれとなく俺は先輩から距離を取った。
するとまた氷雨先輩はずいと俺に近寄る。
「300円では足りないところを払えるのっ!」
「すみません詳細を。あと、少し離れていただけませんか?」
目を爛々と輝かせているところ悪いのだが、先ほどから心臓がうるさかったのでそう打診する。
先輩も正気に戻ったら近すぎることが分かったのか、素直に元の位置へ戻ってくれた。
「ご、ごめんね。……続けるわよ」
「はい」
仕切り直しだと言わんばかりに咳払いをすると、先輩は語りだす。
「私だってね、300円で300泊するのは非常識だってわかるの」
「はい」
ゆっくりと言葉を紡ぎ出す先輩に、俺は安堵も含めて言う。中身は非常識の塊なのではないかとも思っていたこともある。
「だ、だからね? 足りない分は身体で払えっていうのが常識じゃない?」
「どこの世界の常識ですか」
確かに、300円で300泊するのは非常識かもしれない。しかし、俺がいいと言っているのだったら足りない分など発生していないわけで。
だから、そこでアレな行為を要求するのはもっと非常識なのではないか?
そんな俺の思考とは裏腹に、氷雨先輩は言葉を続けた。
「じ、常識よっ! この前没収した漫画に常識って書いてあったもの!」
「それで自分のなかの常識変えてどうするのですか! だいたい、生徒会長が没収した漫画読んだらダメでしょう!?」
「うぅ……」
顔を真っ赤にしながら叫んだ氷雨先輩は、そのまま勢いをなくして背を曲げてしまった。
赤くなっていた頬はさらに赤くなっており、湯気が出てきそうなほどだ。
それにしても先輩は何をやっているのだろうか。
呆れの色を含ませた目線を送っていると、先輩は顔を上げて。
「ど、どうしましょう、和馬くん」
「何ですか?」
豊満な胸の前で指をちょんちょんと動かしながら言った。
「もう合理的な理由がなくなってしまったわ」
「合理的な理由らしいものがなかったような気がしますが、100歩ほど譲ってそういうことにしておきましょう」
照れながら口を動かす先輩に可愛さを覚えながらも、俺は冷静に言葉を返す。
今度は何を言ってくるのだろう、この生徒会長はと思いながら次の言葉を待っていると。
「だから――」
「?」
小さな声が聞こえる。
その声が耳に届いた瞬間、氷雨先輩は真っすぐに俺を見つめて。
「だから、正直に言うわ」
しどろもどろになりながら「は、はい」と返す。
先輩はその言葉を聞き、十年来の思いをぶつけるような勢いで言葉を放った。
「私、和馬くんと一緒にお風呂入りたいのっ!」
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