第1話 生徒会長が300日泊まらせてくれとおねだりしてきました。

「ありがとう、和馬くん。あやうく私、死ぬところだったわ」

「まぁ所持金300円ですものね……。それで、何があったのですか」


 家に上がり、クッションの上で一息つくや否や命の恩人扱いされたので存在感をアピールする白いふとももから目を逸らしながら本題を聞いてみる。


 すると、氷雨先輩はもろもろの経緯をすべて濃縮した言葉をひとつだけ零した。


「親に家追い出されちゃった」

「えっと?」


 どこか悲しそうな表情の氷雨先輩に、これ以上追及の言葉を投げかけるのは勇気が要ったが、俺は泊まらせる立場にあるのだ。家を追い出されたといっても色々あるのでもう少し詮索してみる。


「会長が家を追い出されるような人ではなさそうなのですが……。もう少し具体的にお願いしてもいいですか?」


 おそるおそる問うた言葉を味わうように、氷雨先輩は悩ましい表情を浮かべた。


「和馬くんの言う通り、私に非はないはずよ。そうね……家庭の事情ともいいましょうか」


 紡ぎ出された言葉は説明しているとも言い難いものだったが、彼女の口から言えるのはこれが限界なのだろう。家庭の事情で家を追い出されるなんて普通じゃない。


「だから、ね? 泊めてくれたらありがたいなぁって」

「この際ですからいいですけど、これって1泊だけで済むのですか?」


 はにかむ氷雨先輩に見惚れながらも、現実的な言葉を紡ぐ。

 ポケットに入れた300円を手に取る。全財産とはいえ、300円と引き換えに泊まらせてくれ、と頼むのなら一泊分とみて間違いないだろう。


 そう思い言ったのだが、氷雨先輩はきょとんとして口を動かす。


「え、1年分よ?」

「待ってください、ちょっと追いついていません」


 さすがに現実離れしている泊数に、頭が痛くなってきた。

 現在、俺のなかの氷雨先輩像がガラガラと音を出して崩れていることが分かる。


 冷静沈着で、ちょっと冷たくて、仕事のできる常識人。

 そんな先輩が300円で約300泊しようと申し出てくるなんて……。


「私もね、私だってね、かなり無茶なことを言っているのは分かるわ」


 よかった。先輩にも自覚はあったらしい。

 氷雨先輩はそこまで言うと、高校生には似つかわしくない悲哀を帯びて、言葉を吐く。


「でもね、生きるって時に残酷なのよ……」

「そ、そうっすね」


 実感の籠った言葉に、俺はたじろぎながら可もなく不可もない言葉を言うしかなかった。ついでに1泊だけして帰れとも言いづらくなってしまう。


「と、ところで。どうして俺の家に泊まろうと? それに、どうしてあの公園で待っていたのですか?」

「私、友達いないのよ。書記はたまにしか生徒会室来ないからあんまり頼れないし、会計はたまに来たと思ったら書類だけ置いてダッシュで帰るし……」


 だから『友達って作っておいたほうがいいものね』なのか。俺の家に来たのも納得だ。


 言葉からは悲しみしかなかったが、そこはスルーしよう。


「しかも、和馬くんは一人暮らしじゃない? 親御さんがいれば止められるでしょうけど、一人暮らしなら説得もしやすいかな、と」

「確かにそんなことも言った気が……。で、どうしてあの公園に?」


 そう聞けば、俺の家を選ぶという選択はさして誤っていないようにも思えてきた。

 一応納得したので、次の問いを投げかける。


「私、誰がどこでバイトしているか分かるの。そこの本屋らしいじゃない? だから公園でスタンバイしていたのよ。通ってくれるとは思わなかったけれど」

「いや、電灯の下で会長がしゃがんでいたら分かりますよ」


 人通りが少なかったから声を掛けられたり、何かに巻き込まれることもなかっただけなのでもうちょっと方法を考えてほしいものだ。


「そうなの……。まあ、とりあえずこんな感じよ。家事はするから、泊めて?」


 上目遣いとともに放たれた、普段冷たい会長のおねだりに逆らえるはずもなく俺はその言葉にうなずいてしまった。

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