第65話 謎のヤバい中年男性が現れました。▼
【メギド パイの町】
パイの町へとたどり着いたとき、町は荒れ果てた状態だった。
盗賊団が町に入って何もかもを略奪していくよりも、事態はそれ以上に悪い。建物も一部が壊されていて、死体がいくらかあるが建物の規模と数を考えれば、
恐らく、魔族に襲われたのだろう。
「ひでぇ……生きている人を探さないと……」
「あまり期待しない方がいいだろうな」
私たちはクロから降りて町の状態を見渡して確認する。クロから降りた私はすぐにタカシの肩の上に乗り、日傘をさした。
「いてててて……メギド……今はキツイって……筋肉痛が酷いんだ」
タカシは昨日したトレーニングの筋肉痛がすでに来ているらしく、鈍い動きで数歩よろける。
「鎮痛剤を作りましょうか?」
「駄目だカノン。甘やかすな。これは痛みに耐える訓練だ」
「そんなこと言って、歩きたくないだけだろ……」
私たちが歩いている先に血だまりに死体があるのを発見し、タカシはメルに死体を見せないように目を両手で覆う。
「メル、見たら駄目だ」
「えー、あたしは大丈夫ですよ? タカシお兄ちゃん」
「駄目だ。刺激が強すぎる……俺が吐きそう……ちょっと目を閉じてて」
タカシは鞄から布を取り出し、メルに目隠しをした。確かにメルの年頃には刺激が強いと言える光景だ。それに、こんな血生臭い光景を見てほしくないという気持ちも理解できる。
「メギド、メルを肩車したいんだけど、降りてくれないか?」
「メルが転ぶよりは私が歩く方がマシか……悩ましいところだ」
「いや、悩む余地ないだろ」
どうするべきか考えた後、私はすぐに答えを出した。
「……私はやはり下りない。メルはお前が抱きかかえろ」
「は……? 俺、全身痺れるほど筋肉痛なんだけど……」
「仕方がないだろう。私が疲労している状態では戦いになった際に支障が出る。クロに乗っているよりもお前に乗っている方が視界が開けていい。そして、お前は訓練もできると。好条件だ」
「…………分かったよ。分かったから、
そう言いながら目隠しをして視界を奪われている状態のメルをタカシは抱き上げる。かなり初動が遅く身体全体が痛むようだったが、しっかりとタカシはメルを抱き上げた。
「カノン、治せそうな者がいないか確かめてくれ」
「分かりました」
「私から離れるなよ。まだ魔族の残党が残っているかもしれないからな。クロ、何か見えたら言ってくれ」
「血の匂いがするばかりで、特に何かいる気配はないがな」
「死んでるやつ、食用に持って行こうよ」
レインは空腹なのか、死んでいる人間を食用に持って行こうと提案した。
「駄目に決まってるだろ!」
すぐさまタカシは険しい表情でそれに反対する。タカシが抱きかかえているメルが抱きかかえているので、必然的にレインもタカシに抱きかかえられている状態だ。
「もう、近くでうるさいなぁ。なんで駄目なの? だって死んでるんだから、放っておいたら腐るだけじゃん。食べた方がずっと合理的だと思うけど。魔王はどう思う?」
「食べても美味ではないと思うがな。食料は他にある。人間を食べると角が立つからやめておけ」
「えー……別に僕、龍族だし。肉には変わりないのにさ。狼もそう思わない?」
「確かに、死んでいればただの肉に過ぎない。その内、野鳥か
クロは冷静に食物連鎖についての見解を述べた。それのどこも間違っていない。私もそれには同意見だ。
「確かにそうだ。動物なり、他の魔族なり、微生物なりが結局食べることになる」
「そうでしょう? だからいいじゃん。せっかくいっぱいあるんだからさ」
「単体として考えれば問題ないが、今私たちは人間を交えて集団行動をしているのだ。仮にこのツクシが龍族を好んで食す人間だったら、この人間をどう思う?」
「ツクシじゃなくて、タ・カ・シ」
少しばかりレインはその物事を考えた後に、あっさりと返事をする。
「うーん。殺す」
「殺す!?」
「そうだろう? 同族を食す者と一緒にいたくないものだ。だから人間を食すのはやめておけ。それでもどうしても食べたいというのなら止めないがな。予想外に美味だったら人間を襲うようになってしまうかもしれないぞ? ノエルとやらはそれを良しとするか?」
「うーん……そっかぁ……人間を食べたらノエルに嫌われちゃうかもしれないなら、やめておくよ。まぁ、そんなに美味しそうでもないしね」
レインが人肉を食べないと言ったところで、私たちは辺りの捜索を続けた。家が壊れていると言っても窓が割られていたり、入口の扉の付近が壊れている程度だ。家の中を見ると家具などがなぎ倒されているのは見える。
暫くすると、上空を探していたミューリンが何かを見つけたようだ。
「メギド様、建物の2階に人陰が見えました。生存者のようです」
「そうか。では他の生存者を探しながらそこへ向かおう。案内しろ」
「はい」
ミューリンを先頭に生存者がいるという方向に向かって歩いて行った。道中には数体の死体があったが、カノンが確認しても全員死んでいる様だった。
「殺されたのはほんの少し前ですね。血も酸化してませんし、身体の腐敗も進んでいません。共通して下半身の骨の骨折が見られますが、どれも一撃で折られている様です」
「わざわざ脚を折る目的としては……逃げられないようにする為か?」
「殺すだけなら頭や首、心臓を狙えばいいですから何か意図があったのでしょう」
――町の人間が他の町へと逃げたから死体も少ないのか……この辺りは魔王城からそう遠くない位置だな
そう考えながらも辺りの状況を確認しながらタカシは歩き続ける。火事になっている家がないのが唯一の救いだろう。もし火の海になっていたら、町に入ることは出来なかった。
――センジュから連絡がない……こんなときに何が起こっているのか知る術がないのは手痛いことだ。『現身の水晶』で連絡を入れてみるか? ゴルゴタが取り上げたのであればゴルゴタが応答するかもしれない。状況が知れるなら、ゴルゴタからでも構わない
考え事をしながら生存者を見かけたという建物に近づくと、1人の中年男性が2階の屋根に上っている最中だった。何かから逃げているのだろうか? 魔族に追われている可能性もある。
「おーい! そんなとこ上ってたら危ないぞ! 何があったんだ!?」
タカシが中年男性に呼び掛けると、その男は私たちの方を見た。
割れた眼鏡をかけており、その目は両方の色が異なる。右目は茶色いのに、左目は赤かった。
――オッドアイ……にしては少し不自然だな
黒い髪の毛は伸び放題になっているものの頭頂部は禿げており、顔に張り付いていた。その顔が酷く醜い印象を受ける。身体はだらしなく肉が膨張して
中年男性は私たちの姿を見ると、何を思ったのかその2階の屋根から飛び降りた。
「とぉっ!!」
その男は勢いよく脚から着地したが、自らの体重を支え切らなかったのか、そのまま地面へと崩れ落ちる。
「ぎゃぁっ……あぁあああぁあああ……」
「………………」
私はその様子を見て、何か嫌な予感がした。
中年男性は自分の脚を抱えてうめき声をあげている。
「大丈夫ですか?」
カノンが男に駆け寄り、足の状態を確認しながら回復魔法を発動させる。
私はその様子をタカシの上から見下ろしていた。
「なんで飛び降りたんだ……? なんかに追われてて焦ってたのか?」
「“とおっ!”とか言ってたよ。もしかしてあの体形であの高さから着地できるとでも思ってたのかな?」
「……狂人の類ではないか?」
「あたしも見たいです。タカシお兄ちゃん、目隠し外していいですか?」
「いや、脚が変な方向に曲がってるから見たら駄目だ。刺激が強すぎる」
おかしな方向に曲がってしまった脚をカノンが治し終えると、その中年男性は息を吹き返したかのように勢いよく立ち上がった。
そして左手を腕を組むように曲げ、右手で額の辺りを軽く抑える。
「我は漆黒の闇の遣い……死神に魅入られし呪われし勇者、
「…………」
その男――――琉鬼は両手を目の前に出してなにやらボソボソと喋り出した。
「すべてを焼き尽くす火の聖霊よ、我が呼びかけに応えあの悪しき者を焼き尽くせ……今こそ彼の太陽が如き業火を我が手に……」
そうしている間に、男の手からは魔法が展開された。ゆっくりとその魔法が完成していく。
「メ……メギド、なんかヤバそうだ!」
「……そうだな」
「殺すか?」
クロとレインはその男の態度に臨戦態勢を取った。
「いや、お前たちは手出しするな」
「後悔してももう遅い! 我に出会ったがその生涯に対する幕引きよ! 焼き尽くせ! ファイアボール!!!」
ボシュン……!
琉鬼の手から、マッチの火かのような小さな火が一瞬出たものの、それはすぐに大気に揉まれてかき消されていった。
「………………」
「…………………………」
「…………」
「どうなったんですか!? まおうさま!? タカシお兄ちゃん!?」
その場にいたメル以外の全員が沈黙していた。
その状況を見ていないメルだけがこの状況を理解していない訳では無かった。この場にいるほぼ全員がこの状況を理解していない。
唖然としているというべきか、呆気に取られているというべきか、驚くべき事象に出くわしてしまったというべきか、そういった状態で硬直している。
「なぁ……メギド……」
「なんだ?」
「とりあえず水かけとく? あの人は色んな意味で頭を冷やした方が良さそうだ」
「……あぁ、そうだな。名案だ。カノン、そいつから離れろ」
「は……はい……」
私は水を琉鬼の四方八方に構え、水をあらゆる角度から強めにかけた。“かけた”というよりは、叩きつけたと言った方が正しいかも知れない。
水の一撃を受ける度、琉鬼は身体をよろめかせて最終的には膝をついて転んだ。転んでいる姿は“肉塊”というに相応しい。
「やめて! やめて! ごめんなさい! 死んじゃう!!」
「安心しろ、死なない程度は心得ている」
「どうなってるんですか!? タカシお兄ちゃん!」
「えーっと……中年男性が水弾責めに遭っている」
「見たいです! 見たいです!!」
「
琉鬼が
「ねぇ、さっきの“火の精霊がどうとか”って言ってたけど、あれはなんなの?」
「さぁな。本人に聞いてみろ」
軽く
水に濡れると少ない髪が更に少なく見える。眼鏡はどこかに飛んで行き、しきりに眼鏡を探している仕草を見せていた。
「おい、お前。さっきの真似は一体なんだ?」
「…………ごめんなさい。調子に乗りました」
「何故高所から飛び降りた? 何かに追われていたのか?」
「…………やっぱり、高いところから登場した方がカッコイイかと思って。魔王が来たから……俺がかっこよくやっつけないとって」
「………………」
私はタカシの方を見た。この男は私の手には負えない。こういうときこそやかましいこの男の出番だ。
そう思ったのだが、タカシも琉鬼の方を唖然とした表情で見ていて、陽気に茶化すことは出来ない様子だった。
「“我は漆黒の闇の遣い。死神に魅入られし呪われし勇者”というのは何だ? お前はどこか呪われているのか?」
「いえ、先ほど回復魔法を使用した際に全身を調べましたが、呪われているということはなかったです。しいて言うなら……軽度の
「えっ……マジ? 膵臓病? えーと……」
琉鬼は病気を診断されたことに動揺しているのか、ボソボソと喋っている。
「膵臓病か。確か、徐々に目が見えなくなったり、末端が壊死する病気だったな? 最終的には死ぬらしいが」
「え……糖尿病ってこと?」
「トウニョウ病?」
「………………」
何やら聞きなれない病気の名前を口にしていることに違和感を覚える。
――この男は学者か医者か? それほど賢いようには見えないが……
「トウニョウ病とはなんだ? 膵臓病にそのような別名があるとは聞いたことがない」
「えっと……糖尿病は病気の名前です。多分、その膵臓病のことだと思います」
「“多分”? お前がそう呼んでいるだけか?」
「いや……その……なんていうか……一部の地域でそう呼んでて……」
目を泳がせ、口ごもっている態度を見れば、やましいことを隠そうとしている様子なのは私でなくとも簡単に見抜ける。
「……お前、私に何か隠そうとしているな?」
「そんなことないです……」
嘘だ。
手に取るようにこの男が嘘をついているのが分かる。魔道具の力を借りずとも明白だ。
「くだらない嘘をついて私にくだらない時間を取らせるな。私たちはこの町の生存者を探さなければならない。そもそもお前は何故魔族の手を
「…………我は……いえ、俺は……隠れていたんです」
「魔族の嗅覚は隠れている程度では誤魔化せない」
「俺……が、いた部屋は……ゴミだらけで……悪臭が漂ってたから俺に気づかなかったんだと思います……」
そう言われずとも、確かにこの男は悪臭がしている。その悪臭に紛れていたということであれば理解もできる。
「お前は勇者なのか?」
「…………いえ、見栄を張っただけです。すみません」
「それで、他に私に隠していることがあれば全て言え。時間が惜しいだろう」
琉鬼は数秒、言いづらそうに眼を泳がせたが重い口を開き、予想外の話を始めた。
「……俺、転生者なんです……言っても信じてもらえないでしょうけど……糖尿病っていうのは、前の世界での病気の名前です……」
「転生者だと……?」
転生者と聞いて、レインは興味なさそうにしていた顔を上げ、琉鬼を見た。
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