第64話 花の香りを説明してください。▼
【アザレア一行 シータの町への道中】
ベレトカーン号は6人乗るには狭く感じた。
運転はイベリス、助手席にはアザレア、後ろにウツギ、エレモフィラ、イザヤと少女が乗っている。
少女は血まみれの身体を洗い、新しい服を着せられて3人の太腿の上に横たえられていた。その姿はまるで会ったときとは別人かのように見える。
「なぁ、いーさん。この子の名前は結局解らなかったんだ。なんか、“お”から始まる花の名前考えてくれよ」
「“お”か。そうだな……オトギリソウ、オダマキ、オキナグサ、オーニソガラム、オニユリ……」
「
エレモフィラは鬼百合という名前を気に入ったようだ。
「鬼ってつくのはなんか……鬼っ子ってイジメられねぇか?」
「じゃあユリだけにする? “お”から始まってないけど」
「ユリかぁ。いいんじゃね? 百合の花みてぇに綺麗な女性になってほしいしな」
得意げにウツギがそう言うと、エレモフィラは嫌そうな表情をしてウツギを冷たい目で見た。
「ウツギがそう言うと、妙に気持ち悪い。例えるなら、服の中にムカデが入ってるって感じ」
「はっはっは! 余程気持ちが悪いということだな」
「おい! 気持ちわりぃとか言うなよ! なぁ、イザヤ、こいつら酷くねぇか?」
「いじられキャラなんだな、ウツギは」
そう言っているイザヤも少し笑ってしまっている様だった。それを見てウツギは納得できなさそうに腕を組んで、外の代わり映えのしない景色に目を移した。
「だってよぉ、この子……ユリさぁ、ずーっとひでぇ目に遭わされ続けてきたんだぜ? 身体中傷痕だらけだし、年頃になればやっぱ気にするかもしれないじゃん? 普通の女の子みたいに扱われなかったと思うしさ……普通の女の子になってほしいじゃん? 可愛いものとか何にも知らないんだぜ?」
ウツギの言葉に、再び車内は重い空気に包まれる。
一体どんな生活をしていたのか、それは本人に聞かなければ分からないが、概ね話していたことと、家の中の惨状を見ればおおよその予想はできる。それは、幸せなどというものから最も遠い生活だった。
「そうだな。普通の女の子としてこれからは育ってほしいよ」
「うちの親は受け入れると思うけど、もし無理だったら他に親になってくれる人を探してもらう。この子がこれから幸せになれるような親をさ……」
「その子は特殊な子供だからな。常識が一切備わっていない。もう少し幼ければ矯正もしやすいのかもしれないが、道のりは過酷だろうな。まず、人間は食べ物ではないということをしっかり教えなければなるまい」
「棚には食べ物があったけど、棚の開け方とか知らなかったみたい」
「腐った人間の肉しか食べる物がなかったんだろうな……そもそも、死んでいる人間がそもそもなんなのかあまり分かっていない様子だったし」
全員がため息交じりの息を吐いた。横たえられている少女――――ユリは静かに寝息を立てている。その傷痕は本当に痛々しく、見ているだけで目頭が熱くなるほど凄惨だった。
エレモフィラがその頭をそっと撫でると、ゴワゴワとしている髪の毛の感触がする。
「傷痕が極力残らないように治すのはできるけど、この傷痕を消すことはできないんだよね」
「身体の傷痕を見るたびに、彼女は虐待のことを思い出さないといけないのかな」
「明るい場所で初めて自分の身体を見ただろうからな。暗闇で見えなかったのが幸いだったのだろうか。身体の傷跡もそうだが、心の傷も相当なものなのかもしれない」
「幸いだったのが、筋肉の衰えがそれほどじゃないってことかな。痩せすぎてるけど、身体を支える筋肉くらいはついてる。歩けないほどじゃないのが救いね」
まだ長い道中、一行は様々な話をしながらシータの町へと向かった。
その間、ユリはずっと眠り続けて起きることはなかった。
◆◆◆
時間は真夜中とも、早朝ともいえるような時間だった。
アザレア一行は再びシータの町へとたどり着く。シータの町は出て行ったときとは変わらず、襲撃されたような形跡はない。相変わらず派手な町で、そのどれもが出て行ったときのままだ。
「着いたな。流石にずっと運転していると疲れたよ」
「交代してくれても良かったのに」
「お前さんたちには悪いが、お前さんたちが運転できるようには見えないからな。はっはっは」
ベレトカーン号をシータの町の、ミアの家にできるだけ近い場所に停め、眠っているユリをウツギが背負って一行はミアの家に向かった。
時間が時間であるため、起きていないとは思いつつもミアの家をノックする。
「こんな時間にすみません。イザヤさんをお連れしました。ミアさん、起きてください」
イベリスがそう言って何度か扉をノックすると、中から物音が聞こえ、明かりが灯った。
「ミアさん、イザヤさんをお連れしました」
ガチャリ。
「イザヤ……?」
中から現れたミアは、一行の中からアザレアを見つける。すると、途端に泣きそうな顔になってイザヤに駆け寄って彼を抱きしめた。
「バカ息子……生きてて良かった……」
「悪かったよ、母さん……心配かけて悪かったな」
「ふざけんじゃないよ。死んじまったらどうするのさ……!」
「……でも、誰かが魔王を倒しに行かないと……全員が困るんだぜ」
「そんなの、勇者に任せておけばいいだろう!? あのろくでなしどもは魔王討伐の為だけに勇者やってるんだからさ」
イザヤから離れたミアはアザレアたちに向かって深く頭を下げた。イザヤもミアに頭を掴まれ、一緒に頭を下げさせられる。
「本当にありがとう。馬鹿な息子を連れ戻してくれて……なんて感謝の言葉を言ったらいいか分からないよ」
「いえ、頭を上げてください。ミアさん、あの……お願いしたいことがあるんですが、いいですか?」
「なんでも言ってほしい。できる限りのことはするよ」
顔を上げたミアは涙ぐんでいる様だった。それをみて再びイザヤを連れていくという話をするのは非情に憚られる事柄だと一行は感じる。
それはイザヤ本人がミアを説得しなければならない。
「実は……ニューの町が壊滅していたんですよ」
「ニューの町が……?」
「ええ。そこで、たった1人の生存者を発見したんです。それがこの子です」
ウツギはミアに背を向けてユリを見せた。
「傷痕だらけじゃないか。魔族にやられたのかい?」
「いえ、話はもっと複雑なのです。長くなりますが、聞いていただけますかな?」
「中に入んなよ。疲れただろう」
ミアさんの家に入れてもらった一行は、テーブルについた。
7人は座り切らなかったために、イザヤとウツギは立ったまま話をすることにする。
「それで、何があったんだい?」
アザレアたちは慎重に言葉を選びながら、ミアに事の経緯を話し始めた。
◆◆◆
話をし始めて30分が経とうとしていたが、話を聞き終わったミアは言葉を失っていた。
頭を抱え、何度か物憂げなため息をつく。そしてウツギに背負われているユリを見つめた。
「ごめんよ、なんて言ったらいいか……信じられない気持ちでいっぱいなんだ」
「ええ。お気持ちは分かります。私たちもユリの話を聞いていて言葉が出てこなかったですから」
「…………話は分かったよ。その子は私が預かる。真っ当な人生を送れるように、なんとかしてみる」
「それは助かります。すみません、食料も限られているというのに」
「この辺りは食べられる野草が沢山あるんだ。牛も豚もいるし、畑もある。なんとかなるさ。人間を食べなくても生きていける」
ミアが話をしている間に、ウツギの背中でユリがもぞもぞと動いた。ゆっくりと目を開け、力なく自分の手を握ろうとするが自分の手を握ることすらできなかった。
「目が覚めたのか?」
「…………あったかい……」
ユリは誰かに背負われることはもしかしたらこれが初めてなのかもしれない。誰かのぬくもりを感じるのが初めてだと想像すると、なおの事言葉に詰まってしまう。
「腹減ってないか? 何か食べるか?」
「……うん……腹減った……」
「待ってな。なんか食べる物持ってくるよ」
「柔らかくて消化に良いものがいい。お
「あぁ、米ならまだ十分ある。あんたたちもお腹空いてるだろ? 大したもんは作れないけどさ。長旅で疲れてるだろうから、休んでいきな」
「ニューの町で食料は持ってきたんですよ。使ってください。車から運び出しますね。持ってこれるだけ持ってきたので」
アザレアたちと共にイザヤもそれを手伝おうとしたが、イベリスがそれを引き留めた。
「お前さんはキチンと母親と話をした方がいい。荷運びは私たちで十分だ」
「あ……あぁ……分かったよ」
イザヤとミアを残し、アザレアたちは車の荷の運び出しをするために車へと向かった。ウツギはユリを落さないようにしっかりと背負い直す。
「言い争いにならないといいんだけど」
「十中八九言い争いになると思うよ。ミアさんからしたらイザヤさんを絶対に魔王のところへなんて行かせたくないだろうし」
「頃合いを見計らって戻らないとな」
「あぁ、怒鳴り声をユリに聞かせたくないからな」
ベレトカーン号から食料の入った鞄を運び出し、ミアの家に再び戻ると、家の外まで聞こえるほどの声でミアが怒っているのが聞こえた。それに負けないくらいの大声でイザヤが怒鳴っている声も聞こえる。
「やはりご立腹のようだな」
「当然だね。仲裁に入った方がいいんじゃない?」
「そうしよう。ウツギは言い争いが収まるまでユリを中に入れないようにな。まったく、大人の怒鳴り声を聞くのはいつだって子供という訳だ」
「ミアさんのは愛情があるから声を荒げちゃってるんだけどな」
ウツギを残して、3人はミアとイザヤの言い争いを止めようと家に入って行った。その場に遺されたウツギは再びユリを背負い直し、愚痴をこぼすようにため息を吐きだす。
「まったくよ……困ったもんだよなぁ? ユリ」
「……ユリ?」
「そう。俺たちが考えたお前の名前だ。“ガキ”とか“お前”とかじゃなくて、名前はユリ。綺麗な花の名前なんだ。気に入ったか?」
「花……?」
「花、知らないか? 植物だ。なんつーか、こう……見てると癒される。いい匂いがするんだ」
「良い匂いって……やっぱり俺を食おうとしてる……」
ユリはわずかな力でウツギから離れようとするが、ユリを落さないようにウツギは腕に力を入れる。バランスを崩して頭から落ちたら大怪我をしてしまう。
「違う違う。食い物の良い匂いじゃねぇんだよ。花の良い匂いってのは……なんか……説明できねぇけど。だから、ユリを食おうとはしてねぇから安心しろって」
「…………なんで……お前は俺を怒鳴ったり、殴ったりしないんだ……?」
「普通はそういう事しねぇんだよ。お前の親がユリにしたことは、人として許されない最低なことだ」
「お父さんは……俺に“最低だ”って……言ってたぞ。毎日そう言ってた……」
その言葉に、ウツギは怒りから拳を強く握り込む。
どうしてこんな幼い子供が毎日罵倒の言葉を聞かなければならないのだろうか。愛情のある叱責は時には必要だが、ユリの親がしてきたことは愛情とは程遠い。それとも、本人に言わせたらそれは一種の愛情だったのだろうか?
とはいえ、もう死人は喋ることは出来ない。
「違う。最低なのはユリじゃない。最低なのはユリの父親だ。もうユリを殴ったり、切りつけたりする奴はいなくなったんだ。安心しろ」
「……死んでるって……良いことだな……」
「……………普通はな、死んだら悲しいもんなんだぜ。そう思えないことが悲しいことだ」
「悲しい……?」
「悲しいと、泣いたりするだろ? 目から涙が出てくるようなことが悲しいってことだ」
「ナミダ……あのしょっぱい水のことか……あれが目から出てるときがカナシイってことか……?」
「まぁ、そうだな。
「……俺、それ知らない……」
「これから知っていけばいいって。世の中、ユリの知らない楽しいことがたくさんあるんだぜ」
「…………」
ウツギとユリが話をしている間、中での話し合いがついたようで入口からアザレアが手招きしてウツギを呼んだ。
「さぁ、腹減ったんだろ? 飯にしようぜ。がっついて喉に詰まらせるなよ」
「……またあのクサい肉……?」
「あの臭い肉はもう二度と食わなくていいんだ。安心しろ」
ユリを背負ったまま、ミアの家へと戻っていった。
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