第63話 少女の生い立ちを調べてください。▼




【アザレア一行 ニューの町】


 なんという名前なのかも分からない少女をなだめめすかし、なんとかその少女の家まで案内してもらったアザレア一行は、その少女の家に上げてもらった。

 中では何人かの人が内臓を食い荒らされた状態か、あるいは焼け焦げているか、あるいは原型をとどめていない状態で転がっていた。


「酷いな……これがご両親?」

「ゴリョウシン?」

「えーと、お母さんとお父さん?」

「多分」

「3人いるみたいだけど、全員家族の人かな?」

「それがお父さん、他のは分かんない」


 内臓が食い荒らされている死体を指さして「お父さん」と言ったが、他2人はどうなのか分からない様子だった。確かに焼け焦げていて顔などはよく分からない人と、ただの肉塊になり果てている人の判別をするのは難しいだろう。

 少女はそれを見ながら、別に気にしている様子はなかった。「死」を理解できない歳でもないはずだが、動かなくなった家族に対してあまりにも興味がなさそうだ。


「何があったの? どうして君は生きているの?」

「下にいたからわかんない」

「下? 地下ってこと? 隠れてたの?」

「ずっとそこにいた。生きているって何?」

「えーと……生きてるっていうのは……簡単に言うと俺たちみたいに動いてるってこと……かな? 倒れているご両親は生きてない。死んでる状態。分かる?」

「…………よくわかんない。死んでるって、もう怒鳴ったり殴ったり切りつけてきたりしないってこと?」

「え……?」


 ジッとアザレアの目を見つめる少女は、数回瞬きをしていた。しかし、少女の言ったことの意味を考えるあまりに、アザレアは瞬きをするのを忘れていた。


「虐待されてたの……?」

「ギャクタイ……?」

「怒鳴られたり、殴られたり、切りつけられたりしてたってこと?」

「うん」


 少女の話を一つ一つ繋げていくと、どうやら少女は酷い虐待を受けて育っていたらしい。呼び方も「ガキ」と言われていたことは納得できる。

 恐らく、何度も何度も限りなくそう罵られて暴力にさらされてきたのだろう。身体も、顔も酷い傷痕だらけだ。


「詳しく聞かせてくれない?」

「俺、驚いたよ。お父さんとお母さん以外の人って、たくさんいたんだ。変な色になっちゃってたし動かなかったけど。が同じだったから、同じだって分かった」

「………………」

「他の動いてる人は初めて見た」

「……ずっと地下にいたの? いつから?」

「ずっと。外に初めて出た。なんか光ってるのが上にあって、変な感じがした。それに、俺の下に黒いのがずっとついてくるんだ。お前らにもついてる。同じ動きをしてくる。気持ち悪い」


 少女が言っている「光ってるの」は、恐らく太陽のことだろう。「黒いの」とは太陽に照らされてできた影のことだ。

 それに対して驚いているのを考えると、地下から出たことがなかったのだとアザレアたちは理解する。


「……もう大丈夫だよ。痛い思いをさせてくる人もいないし、怖い思いはもうしなくていい。この町から出よう。ここに居たらいけない」

「マチって何?」

「えーと……人が沢山住んでていて、家が沢山ある場所を町って言うんだ」

「すんでる……? あの転がってるやつのこと? 他にマチはあるの?」

「あるよ。沢山ある。でも、この町は良くない状態だから、もっといい場所へ行くんだ」

「良い場所ってなんだ? 食っても腹が痛くならない飯が食えるのか?」

「うん。そうだよ」

「あの肉を食べると腹が痛くなる」

「あの肉って?」


 少女は父親の遺体を指さした。

 それが、何かの間違いであってほしいとアザレアたちは思ったが、少女のその続きの言葉で間違いではないと確信しなければならなかった。


「あの肉はクサいし、腹が痛くなるし、硬い。お前らが持ってたやつ、うまかった」

「…………」

「お前らは変な色になってないし、クサくないから腹が痛くならなさそう。腹が痛くなるのはクサくて変な色になってるやつだけだから」


 何から話せばいいか一同は言葉が出てこなかった。

 何と言って説得したらいいのか、教えたらいいのか、励ましたらいいのか、慰めたらいいのか、全く何も思い浮かんでこない。


「……だから感染症にかかってるのね。治してあげるから、横になって目を閉じて」

「お前らも俺の事食う気だろ……? 俺も変な色になってないし、やわらかいから」


 少女は手に持っていたナイフを構えてアザレアたちから距離を取った。


「食べたりしないよ。人間は人間を食べたりしないんだ」

「なんで?」

「……他に食べる物が沢山あるし、人間の肉を食べたらいけないって決まりがあるんだ」

「なんで? だって放っておいても変な色になってクサくなっていくだけだ」

「…………いいかい? 君はずっと閉じ込められていて、外の世界にある沢山の事柄を分かっていない。やって良いことと、やったらいけない事の区別がついていないんだ」

「やったらいけないこと? やったら切りつけられるのか?」


 今、少女に全てを教えるのは難しい。だが、彼女にきちんとした教育をして更生させなければならない。

 このままではいけない。

 人間らしい生活というものが概ねすべて欠落している状態だ。


「……ちょっと、ウツギ。この子を見ててくれない? 3人で話をしてくる」

「え? なんで俺が子守りなんだよ? 俺も話に参加させてくれよ」

「ウツギが一番肉が硬くてマズそうだから、その子に襲われないかと思って。例えるなら小鬼の手の肉って感じ」

「言って良いこと悪いことがあるぞ!」

「いいから。アザレア、イベリス、ちょっと来て」


 納得していないウツギを残して、エレモフィラはアザレアとイベリスを連れて家の外に出た。

 家の外に出た3人は目を合わせることなく、近くに横臥おうがしている死体にそれぞれ目をやりながら言葉を探す。


「…………多分、想像もできないような環境で育ってるみたい。閉じ込められてたから助かったんだろうけど……不幸中の幸いって言葉で片付けられない」

「ふむ……かなり難がありそうだな。見たところ8歳程度だろうが、まるで外界のことを分かっていない。言葉は一応通じているが……怪しいものだな。話し方から想像するに“ガキ”とか“お前”とか言われて育ったのだろうな」

「これからまともな環境で育ったとしても、自分がしたことの意味を正確に理解したら……自殺してしまうかもしれない」

「それよりも、世界の終末のような状況ではまともに教育していくのは不可能だ。一刻も早く魔王を倒して平和を取り戻さなければ」


 目的のない、記憶を取り戻せたらいいという趣旨で旅を初めて見たものの、世の中はどこもかしこも問題だらけだ。


「迷惑じゃなかったら、ミアさんのところで預かってもらえないかな? イザヤさんと一緒に連れ帰ってさ」

「そもそも、イザヤさんを説得できるとも考えづらいものだな。母親の静止を振り切って単身で飛び出すような男だ。説得に応じるとも考えづらい」


 アザレアたちが話をしているところ、何か遠くで声が聞こえた。何かを呼び掛けているような声だった。


「待って、何か聞こえた」

「イザヤさんかもしれない」

「俺とイベリスで様子を見に行くから、エレモフィラはウツギとあの子と一緒にいてほしい」

「危険じゃない? 戦いになるなら私も行った方がいいかも」

「なんて言ってるか聞こえる?」


 3人は遠くの声に耳を澄ませると「誰かいるかー!?」というような声だった。恐らく人間の声だろう。


「多分敵じゃない。俺とイベリスで行く。ちょっと待っててくれ」

「わかった。気を付けてね。もし治療が必要だったら音で知らせて」

「分かった」


 そう言って声のする方へと走っていく2人を見送って、部屋の中にいるウツギと少女の元へとエレモフィラは脚を運ぶ。


「誰かこの町に来たみたい。イザヤさんかもしれないし、別の何かかも知れない」

「そっか。入ってくる勇気がよくあるよな。普通の人なら逃げ出しちまうぜ」

「そうね。入っても得とかなさそうだし」

「なぁ、えーちゃん。この子の名前決めてやろうぜ。呼び方がないのは不便だろ? 俺たちだって名前思い出せねぇんだから、“あ”、“い”、“う”、“え”、ってきてるんだから、“お”から始まる花の名前にしようぜ」

「私はイベリスほど花の名前は知らない。イベリスが帰ってきてからにしようよ。というか、この子の名前が分かるような何かがないか調べよう」


 エレモフィラは家の中を調べ始めた。と言っても、別段書類などが置いてある訳でもなく、3体の死体が横臥おうがしているだけだ。棚の中、机の上、地下室などを調べたが、何も名前に関する情報はなかった。

 ただ、家の中を事細かく調べていると、いくつか分かることがある。

 棚の上の方にある食料品は手つかずの状態だった。これは少女が棚を見たことがなかった為に開けることがなかったのだろうということ、机の上や下には酒の瓶らしきものが何本もあった。割れているものも多かったがラベルに「アルコール度数8%」などと印字されているものであったために判別することができた。


「…………アルコール中毒者か。こんな毒物、よく飲むなぁ……」


 少女がいたという地下室の入口には留め金があり、鍵がついていたがそれは何かの拍子に壊れてしまったらしい。恐らくは魔族の襲撃で偶然壊れてしまっただけだろう。

 その地下を覗いてみると、そこは異臭が漂っていた。血の匂いではなく、埃の匂いと排泄物の匂い、黴の匂いが混じったような匂いだ。これにはエレモフィラも顔をしかめる。

 光を魔法で生成してその中には行ってみると、地下はそれほど広くはなく、汚いベッドと汚いトイレらしきものがあるだけだ。

 そこは光が一切射さない。あの少女が影を知らないのも無理はないと言える。

 ベッドは黒く、硬くなっていた。おそらく元の色は白なのだろうが繰り返し血を吸ったことでそのような色になっていると推測できる。


 ――こんな場所で8年も暮らしていたの……?


 愛情が不足している子供は寿命が短くなると聞いたことがあるが、そんな状況の中、少女はよく生きていたなと感じざるを得ない。

 地下から出ると、ウツギと少女は話をしてた。


「ねぇ、その肉どうしたの? 他の人よりずっと変な色してる」

「これはタトゥーってんだ。皮膚にインクを入れて絵を描く芸術だ」

「ゲイジュツ? そうすると肉がウマくなるのか?」

「違う違う。まず、人間を食おうって考えから離れろ」


 その光景を見ながら、エレモフィラは2人に近づく。


「親は酒浸り、虐待、幽閉。酷い状態ね。よく生きてると思う。身体の傷跡も本当に酷い」

「…………だよなぁ……」

「横になってくれる? 食べたりしないよ。どの程度か分からないけど、具合が悪いんじゃない? それを治してあげる」

「今腹は痛くない」

「感覚が鈍麻してるだけ。本当はもっと身体中痛いはずだよ。いいから、このまま放っておいたら死んでしまう」

「死ぬ? それの何がいけないんだ?」


 少女は生死の良し悪しというものに疑問を持っている様子だった。確かに、生きている状態がどういう状態なのか正しく理解できなければ、死を正しく理解することも難しい。


「……痛いことはしないから、横になって。早く終わらせるから」


 エレモフィラは少女に床に横たわるように指示し、少女はその説得に渋々と従った。


「目を閉じて」


 少女が怪訝な表情をしながらも目を閉じると、エレモフィラは魔法を発動した。

 すると、少女は眠りに落ちるように気絶し、呼吸が浅くなった。

 片手に発動している魔法で人工的に少女に呼吸をさせながら、エレモフィラはまず罹患りかんしているいくつかの感染症のウイルスを駆除し始める。


「寄生虫までいる……内臓の損傷も結構深刻……酷い下痢をしたみたい。だから脱水症状だったのね」

「治りそうか?」

「うん。集中したいから、外でアザレアたちが帰ってくるのを見ててくれる?」

「分かった」


 ――マジでひでぇことするよな……そんな親、死んでよかったってくらいだ


 ウツギが外に出てアザレアたちを待っていると、まもなくして彼らが戻ってきた。

 その傍らにはもう1人の男性が連れられている。全身にタトゥーの入っている男だ。何を言われずとも、それがイザヤだということはウツギも把握する。


「あんたがイザヤか?」

「あ……リーン族……?」

「らしい。俺はウツギ。仮名だけど。あんたがイザヤか?」

「あぁ、俺はイザヤ。お袋から色々聞いてるみたいだな」

「あの子はどうしたんだ?」

「今、中でえーちゃんが色々治してやってる。集中したいって言ってたから、邪魔しないで外で待ってようぜ」

「そうか。なら、少し話しながら待っていよう」


 外でエレモフィラの治療を待ちながら、この町の現状や、アザレアたちがどういう状態なのか、何を目的としているのか、イザヤが何をしようとしているのか、大まかな情報を交換した。

 この町で出会った1人の少女の話や、その少女が虐待を受けて育っていた様子などを話し、その凄惨せいさんな話にイザヤは眉間にしわを寄せる。


「ひでぇ……親のすることかよ……人間のやることじゃねぇだろ……」

「だよな。でも、その人間やめてるやつは、正式に人間やめたからもうあの子がこれ以上苦しめられることはないけどな」

「こらこら、亡くなった人に対して“人間を辞めた”などと侮辱するものではないぞ。いくら生前ろくでなしだったとしてもな」

「ふん。あいつが死ななかったら、あの子は今でも地下に幽閉されてたんだぜ? ろくでなしとかいう次元の話じゃないだろ」


 ウツギの言葉にイザヤも同意する。いくら人様の親とは言え、やっていることが明らかに正気を欠いていると言わざるを得ない。


「何にしても、こんな状態の町に置いておくことはできない。かといって俺たちはあの子を連れ回すことは出来ないんだ。イザヤさん、魔王は俺たちが倒すから、あの子を連れて家に帰ってくれないか? ミアさんもかなり心配していたし、帰った方がいい」

「そんなこと言われてもな。あんたたちが魔王を倒しに行くって言うなら、俺も同行して加勢したい。少しでも戦力は多い方がいいだろ? 俺は足手まといにはならないぜ」

「……では、こういうのはどうだ? 一度シータの町へ共に帰って、あの子をミアさんに預ける。それからイザヤさんとミアさんがキチンと話し合いをしてから私たちに同行するというのは。親を心配させてはいけないよ」


 そう言われたイザヤは険しい表情をしながら少し視線を逸らした。身体のタトゥーの自分の指先でなぞりながら、返事をするための言葉を探している。


「…………でも、そんなことしてる時間ないだろ? ここに来るのに3日もかかったのにまた戻るのか? 世界が終わっちまうぜ」

「車がある。半日くらいでシータの町に着くだろうよ。何にしても、イザヤさんも少し休まないと、戦いに行けないぞ。披露しきった状態で魔王と戦うのは得策とは言えないな。目的は同じなんだ。協力してほしいと思っているよ。なぁ? アザレア」

「もちろん協力してほしいよ。でも、ミアさんの元に一度帰るべきだと思うけどな? 本当に心配していたよ」


 アザレアがイザヤに対してそう言うと、イザヤは不満はありげだったがその意見に同意する。

 話がまとまったところで、エレモフィラが中から出てきた。


「終わったよ。あと少し遅かったら死んでたかも。あ……イザヤさん?」

「あぁ、イザヤだ。エ……エレ……?」

「エレモフィラ」

「そう。悪いな。人の名前を覚えるのは苦手なんだ。よろしく、エレモフィラ」

「よろしく」

「あの子はどうしているのかな?」

「眠ってる。多分しばらく起きないと思う」

「そうか。本人に納得してもらってから他の町に移動させたいが、そうも言っていられないな。シータの町へ向かおう」

「その前にさ、この町で魔鉱石をもらって行こうよ。ベレトカーン号を動かすのに必要だし」


 少女が眠っている間に、アザレア一行は町の中の商店に入って置いてあった魔鉱石を手に入れた。お金を払わないのは悪い気がしたが、もうその魔鉱石には持ち主がいない。魔鉱石を探す最中、生存者を探したがやはり生存者は存在しなかった。

 衣類を扱っている店からも、少女に着せる為の服を何着か拝借した。少女の服はボロボロで、血まみれで、衛生的ではなかったからだ。


 そして魔鉱石を調達し終えた一行は、再びシータの町へと向かってベレトカーン号に乗り込んで走り出した。



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