第54話 嘘を見破ってください。▼




【メギド ラムダの町近郊の森】


 あまり見ない組み合わせだと私は感じていた。

 そのせいかエルフ、デーモン、マリオネットマスターらは、私とレインが訪問した際にはもめている様子だった。

 所詮は人間を殺すという為だけに集まった烏合の衆。結束力があるわけではない。


「何をもめている?」

「メギド様……!」


 エルフが何人かマリオネットマスターらに操られているところを見ると、恐らく結果に納得できずに争い出したのはマリオネットマスターらの方だろう。退くときも納得していなかった。


「夜襲をかけるかかけないかということで、もめまして……」

「……そんなことだろうな。各種族の王がいるならここへ呼べ。いなければこの場の一番上の責任者を呼んで来い。話し合いをしに来た。一先ずは矛を収めろ」


 私が指示すると、囚われているエルフ族をマリオネットマスターらは解放した。死んでいなくてもある程度は操作することが可能らしい。


「すぐに呼んでまいります。お待ちください」


 一礼して各々が四散した。それを見た後に私は近くの木に寄りかかる。


「どうだ? ノエルとやらは居そうか?」

「…………羽に何の反応もない……ここにはいないみたい」


 レインは自分の首にかかってるその羽を抱きしめた。余程大切なものらしい。

 大切な者と唯一繋がる手掛かりであるという以上に、その羽を大切にしているという印象を受ける。


「……その執着には目を見張るものがあるな。関心すらするほどだ」

「そういう魔王には大切な存在はいないの? なーんかいっつも淡々としてるけどさ」

「王として個々を贔屓ひいきすることは出来ない」

「出たよ。また堅い台詞せりふ。そういうところ大嫌い。そういう生き方でいいの? 大切な存在がいなくなってから後悔しても遅いよ」

「…………肝に銘じておこう」


 そんな使い古された台詞をわざわざ言われなくとも分かっている。


 ――「大切」と「執着」はどの程度の差があるのだろうな……?


 そうレインに問う前に、各種族の長たる存在は早々に集まった。随分早いなと感じたが、恐らくすぐに対応できるように待機していたのだろう。

 もたれかかっていた木から私は背を離した。


「自己紹介はしなくてもいいな? それで、どのような軋轢あつれきがあるのか聞かせてもらおうか」


 私が今あまり力を発揮できないと悟られぬように、少しばかり緊張した話し合いが始まった。




 ◆◆◆




「概ね理解した」


 始まった話は、時に激する者もいたが概ね想定時間内に終わった。

 あまりに長くなるとレインがやかましく文句を言いそうだったので、私は手短にそれぞれの要点をまとめる。


「つまり、人間は醜悪で劣悪で卑賎ひせんで下劣で吐き気をもよおす存在だと。そう言いたい訳だ」


 実際は話し合いも何も、聞いてみればただの人間に対する怨嗟や悪意の垂れ流しであった。

 如何に人間の存在が有害か、如何に人間が醜いか、如何に人間が狂っているかということについて熱弁するばかりで、要領を得ない話が多かったという印象を受ける。


「それが全てです」

「我らの未来を考えてくれているのなら、滅ぼすべきだと考えます」

「もうこれ以上は我慢ならない」


 口をそろえて3種族はそう言った。


 確かに話の中にところどころ、人間の行為に対して虫唾むしずが走るような部分があったことは認める。


「理解を示せる部分としては、ラムダの町の住民でエルフ族に対して粗相があった件についてだ。確かに、エルフの小児や女性に対して性的な暴行を与えたり、奴隷化があったということは明らかに糾弾きゅうだんされるべき事象だと考える」

「はい。腐っているのですよ。人間などという生き物は。汚らわしい……ゴルゴタという者が“毛のない猿”と揶揄やゆしておりましたが、まさにその通りです」

「あとは環境汚染物質等をエルフの生息域に廃棄していくというのも、それも弾劾だんがいされるべき事象だ。有毒物質が森をけがせば住めなくなってしまう可能性も十分にあるしな」


 証拠の提示もあった。確かに環境汚染物質の含まれるゴミを投棄している様子だ。


「まぁ……エルフ族の話は分かったが、デーモン族とマリオネットマスター族の話はただ全面的に“気に食わない”という理由が立っている。ただ単にこの混乱に乗じているだけで、殺したいというだけに聞こえた。歴史的な人間の大罪を口に出すのがその証拠だ。自らは別段ラムダの町の人間に怨恨もないのだろう?」


 私にそう指摘され、2種族は必死に言い訳をし始める。


「我々も子供を殺されたり、物資の略奪があったりしたのですよ」

「住処を追われているのは我々も同じ」


 熱弁を振るっているデーモン族とマリオネットマスター族を見ていて、私はすぐにに気づいた。


「嘘をつくな」


 私が少し強く牽制けんせいすると、その場にいたレイン以外の魔族はビリッ……とした空気が走る。

 レインはもう話に飽きていて、ぐったりと私の肩で項垂うなだれていた。


「私に今度嘘をついたら、嘘すら口に出せなくするぞ」

「…………嘘だと言う根拠は何ですか?」

「嘘をついているかどうかなど、簡単に見抜ける。くだらない時間を私に取らせるな。分かったな?」


 語気を強めると2種族は黙った。


「……話は概ね分かった。それではラムダの町の咎人を明日に引き渡すように取り計ろう」

「……失礼ながら、その咎人の宛てはあるのですか?」

「言っただろう? 嘘を見抜くことは容易たやすい。咎人を見つけることなど簡単だ。それで手を打て。争っても死者が出るだけで根本的な解決にはならない」

「根本的な解決を避け続けたあなたがそれを言うんですか……?」


 マリオネットマスター族の者が怒りを滲ませてそう言う。


「解決などしない。永遠にな。だから私は争いを避け続ける選択をした」

「迫害を受ける者の気持ちを、あなたは分かっていない。あなたの意向についていけない者も多くいる」

「だろうな。だが……これだけははっきりさせておきたい」


 一度3種族から目を離して、私は自分の長い爪を見た。こんな堂々巡りの話など、私にとっては無意味だ。爪の手入れをしていた方が有意義と言える。

 無理を強いたことに対して罪悪感はある。だが、私の決断もすべてが間違っていたとは思わない。


「私の王政は独裁だ。民主主義にしたいなら勝ち取って見ろ。できるものならな」


 私の言葉を聞いて、レインは項垂れている頭を起こして3種族の様子を見た。今争うことになった場合、戦うのは自分だということで反応したのだろう。

 これは後になって散々厭味を言われるに違いない。


「これでも、私はお前たちにとって良心的なほうだ。まぁ……お前たちの言い分を聞いていると、魔族全体の政治的な話には関心はなく、潜在的な攻撃性を人間に向けているだけに感じるがな」


 魔族と言うのはどれをとっても人間に対して攻撃的だ。友好的に接している種族など、魔機械族くらいに思う。


「ゴルゴタが正式に王になった場合、この程度では済まないぞ。奴隷のように命尽きるまで働かされ、食いつぶされるだけだ。今は人間へ矛先が向いているが、あいつは気に食わない者を徹底的に排除する。種族単位でな。血生臭い生活がしたかったら好きにしろ」

「随分、彼に関して詳しいんですね……? あなたとどのような関係があるんですか?」


 少し詳しく話し過ぎたかと私は考えた。

 私の弟だと分かれば更に混乱が大きくなる。しかし、こうなってしまった以上、いずれは私の弟だということが発覚するのも時間の問題だ。

 自ら公表した方がいいのか、あるいは自然に発覚するまで黙っているほうがいいのか。今までも何度かそれは考えたが、私の監督責任問題という話になって揉めると説明量が大幅に増えることは間違いない。


 よって、話さないことにする。


「……昔から奴を知っている。昔から何かと問題を起こす奴でな。今回も大問題を起こしたわけだ」

「魔王と交友のあった者がいるとは知りませんでしたね……ずっと魔王城にこもりきりのあなたに……」

厭味いやみを言えるほどの元気があるようだな。その活力を人間を滅ぼす方向以外に向けることだ」


 これ以上話していても話が進展していくこともないと判断し、私は町へ戻ることにした。


「話は済んだ。進展があろうがなかろうが明日もう一度来る。私が町にいる間は命が惜しかったら夜襲をかけようと考えているならやめておけ。いいな?」


 納得はしていない様子だったが、それ以上私に抗議してくることもなかった。

 翼を広げて羽ばたくと、レインは私にしっかりとしがみつく。

 その野営地から離れ、町に向かっている最中に案の定レインに散々文句を言われた。




 ◆◆◆




【翌日の朝】


 朝になっても混乱は収まっていなかった。

 夜通し怪我人の治療で看護師も医師も回復魔法士も徹夜をしていたようだ。

 魔族が夜襲を仕掛けてきた様子はなく、眠っている間に目が覚めるほどの大騒ぎになってはいなかった。

 だがクロいわく、私は「昏睡こんすいしているかのように眠っていた」そうだ。夜襲があったとしても容易には起きなかっただろう。


 私は昨夜、ラムダの町に帰った後町長に「翌日の朝、町民の動ける者は全員広間に集めろ」と指示をしておいた。

 エルフらと話をした際に訴えられた加虐行為をした者を、エルフらに引き渡すということで争いの矛を一時治めるという話でまとまったことを話すと、相当に渋い表情をしていたが、それを了承した。

 町長も思い当たる節があるのだろう。自分がそうされるのではないかという恐怖心を感じている様子だった。

 怪我や病気で動けないものは全員診療所や避難所にいるので、そちらも後で訪問する予定だ。


「メギド、こんなに人を集めてどうしようって言うんだよ?」


 タカシの脚の傷はもう治っていた。壊死していた部分も取り除かれ、新しい組織ができて歩行機能にも問題はない。多少傷痕は残っているが、概ね元通りというところだ。

 ミューリンも腹部の傷は治っていて、元気になっていた。宿屋でメルと佐藤、ミザルデと一緒に待機している。本来であるならタカシがいると鬱陶しいので宿にいろと言ったのだが、普通に歩けるようになったのが嬉しいのか、率先して私の乗り物として稼働していた。一晩眠ってかなり回復したとはいえ、まだ私は身体の怠さは抜けきらない。


「咎人をあぶり出す。エルフ族を蹂躙じゅうりんした者に罪を償わせる為にな」

「…………」


 蹂躙したなどと穏やかではない話を聞いて、タカシも思うことがあるのか数秒沈黙する。


 ――どう受け取ったのか分からないが、重く受け止めているようだな


「なぁ、メギド……」

「なんだ?」

「ジュウリンってなんだ?」


 愚かなのは間違いなくこの男なのだが、その愚かさを軽視していた私も愚かだった。


「はぁ…………お前は辞書でも買って持ち歩け。無知蒙昧むちもうまいな奴だな」

「無知も上手い……?」

「魔王、馬鹿にも分かりやすい言葉で話してやらないと、会話が全く成立してないよ」


 レインすらも呆れてタカシの方を見ている。愚かにも程がある。「無知も上手い」など、どうしたらそんな言葉が出来上がるのか。

 文字通り話にならない奴だ。


「えーと……つまるところ、エルフ族は何されたんだ?」

「黙って聞いていろ。内容は軽く話す」


 広間に集まった人間たち全員に聞こえるように、私は音を反響させる魔法を展開した。町民の規模としてはここにいる者は300人程度。広間に収まりきらずに道に出ている者にも聞こえるように音の反響を調整した。


「一度しか言わない。よく聞いておけ。私は魔王メギドだ。昨晩、エルフらに興味深い話を聞いたので、お前たちに問いたい」


 私が魔王だと改めて名乗ると、町民は騒然とし始めた。


「静かにしろ。静かにできないなら強制的に口を閉じてもらうこともできるのだぞ」

「ふざけるな! この惨状は魔族の――――!」


 どうやら話が通じない者というのは一定数いるらしい。口を塞ぐのは簡単だ。私が指先で左から右へと線を引くように動かすと、端から騒ぎ立てていた人間たちはたちまち声が出なくなった。


「話しているのは私だ。無駄な時間を私に取らせるな」


 黙らせたところで、私は話の続きを話した。


「この中に、エルフの小児相手に性的暴行を加えた者、エルフの生息域に環境汚染物質のゴミを投棄した者がいると聞いた。それから、聞き捨てならないのは奴隷にしている者がいるらしいな?」


 話をしながら端から順に、私はひとりひとりの顔を一瞬で目を通す。私の言葉に動揺する者の表情とは違う、過度に怯えている顔を探す。


「正直に申告すればそう悪いようにはしない。ただ、嘘をついて私をたばかろうとしたら、相応の報いを受けさせる。種族の違いがあるからといって好き勝手されては困るのでな。この町を奴らに襲わせないためにするには、それが絶対条件だ」


 怯えている者はいくらかいるが、その内、私から積極的に目を逸らす者を数名見つける。やましい気持ちがあるときは、目を合わせないようにしたがるものだ。


「それを踏まえて、自己申告で今から手を挙げてもらう。エルフの小児に性的暴行を加えた者、汚染物質を投棄した者、エルフ族を奴隷とした者、手を挙げろ。今から10秒以内だ。いいか? 私にくだらない時間を取らせるなよ」


 10秒。


 動揺して人間たちは周りの人間を見渡す。


 9秒。


 8秒。


 周りを見渡すでもなく、ただうつむいている者が数名目に付く。あるいは、隣の者と小声で話そうとしている者が数名。


 7秒。


 まだ誰も手を挙げようとしない。


 6秒。


 5秒。


 かすかな話し声を聞き取る。「あのエルフのガキが……」「大丈夫……」「解るわけがない……馬鹿げている……」などと言っている声が聞こえる。


 4秒。


 3秒。


 もう大体の目星はついた。


 2秒。


 誰も手を挙げないままだ。


 1秒。


 0秒。


 結局、手を挙げた者は1人もいなかった。その瞬間、私には誰が誤魔化しているかが全て判明する。


「はぁ……」


 ため息が出る。

 エルフらの言っていた通り、人間という生き物は、卑劣で、浅ましく、愚かな者が殆どなのかもしれないと落胆する。一部が特異に見えるだけで、本質的な部分は何も変わらないのではないか。

 

「くだらない時間を取らせるなと言ったはずだ。私をこれ以上失望させるな」


 何人かの身体を氷の魔法で拘束した。

 人数にして20人程。逃げようと必死にもがいている姿はあまりにも無様だと感じざるを得ない。


「こ……こんなに? メギド、根拠はあるのかよ?」

「私には解る。嘘と誠を見抜ける魔道具を身に着けているからな」


 私が長い金色の髪を両側指ですくい、タカシに耳を見せた。

 耳には白い石のはめ込まれているピアスと、黒い石がはめ込まれているピアスがそれぞれついている。


「つまり、私に嘘をついても無駄だということだ」


 広間の者だけでこれだけということは、実際にはもっと多いのだろう。愚行を行う者が真面目に町長の呼びかけに応じて集まったとも考えづらい。

 

 ――40人……いや、50人はいるな……


 その内の何人が正直に話すものかと、考えるだけで気が遠くなってくる。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る