第55話 女性エルフ3名を救助しました。▼




【タカシ ラムダの町】


 メギドが容疑者それぞれの家宅捜索をしたところ、声が出せないようにする為兼、魔法を封じる為の器具が首についている状態で、女性のエルフが3人発見された。

 別々の家で見つかったが、いずれも服などは着せられておらず、全身痣や傷や傷痕だらけであまりにも痛々しい状態だった。


「……!! …………!」


 メギドを見た瞬間に、その女性のエルフはメギドにすがりつき、助けを乞うた。助けを乞うているのだろうが、声が出ていなかった。ただ目を見開いて泣きながらメギドにしがみつくその姿は、ただただ痛々しい以外の何物でもなかったと思う。

 メギドはすぐに服を持ってこさせ、エルフの女性に着せて保護した。

 エルフの女性の裸を見て俺は目のやり場に困ったが、メギドは冷静に服を着せる前に身体の傷の状態を確認していた。


「医者か回復魔法士を呼んで来い」


 そう言われた俺は走って回復魔法士を呼んできた。新しい傷がある場所については治療が完了したが、今までに受けてすでに治っている傷痕については治せないと言われた。

 回復魔法士が治療を行おうにも、エルフの女性は怖がってメギドの後ろに必死に隠れて治療をするにも一苦労だった。

 その後、エルフの女性の1人は不安なのかメギドの後をずっと服を掴んで離さない。


「悪事を働いた者を根絶させるぞ」


 そのメギドの言葉通り、悪事を働いていた奴らは芋づる式で次々と発覚していき、よもや容疑者たちは逃げ場などどこにもなかった。「容疑者」というよりは、メギドの尋問にて犯人だと確実に断定された。

 総人数は50人程度。それは町の人口の15%程度にも及ぶ。


「全員、エルフに引き渡すのか? かなりの人数だぞ」

「町長もかなり渋っていたが、非道な行為を働いたのはこいつらだ。相応の報いは受けさせるべきだな」


 国王軍指揮官もその場に居合わせ、国王軍がその者たちの身柄を拘束した。懲りずに無実を訴え続ける者もいたが、メギドにいくつか「問い」を投げかけられるとボロが出て、結局全員が自白した。


「引き渡された後、どうなるんだ……?」

「さぁな。あの話の流れからすると、殺されたとしてもおかしくない」


 捕らえた者たちの家族や友人、恋人と思われる者たちが当人たちの前で寄り添っているのが見える。

 心配そうに容疑者らを見つめるその視線や、泣きながら国王軍にすがる姿を見ていると、いくら非道な行いをしたからと言っても、命を取るのは俺には早計過ぎる決断に思う。


「いくらなんでも、殺すのはやりすぎじゃないのか?」

「それは殺す判断をした場合にエルフに直接言うんだな。そもそも、お前はどの立場からそう言ってる? メルが急に攫われて、ろくでもない男らに凌辱され、身体的外傷、心的外傷を長い間負わされたとしたら、お前は許せるのか? お得意の“誰だって変われるんだ”と“許す余地はある”と言えるか?」

「それは……」


 メギドの言う事も確かにその通りだ。この話は俺にとっては関係のある人が被害者じゃない。

 それでも、第三者が聞いてもこの件について気分が悪いのに、これがもし身近な家族や知人、友人だったら俺も冷静でいられるかどうかは分からない。


「このエルフをよく見ろ。火傷、痣、切り傷の痕が見えるだろう。それに、発見してからというもの、ずっと私の服を掴んでいる。心的外傷も相当と考えられる。怯えていて一言もしゃべれない様子だ。余程惨い扱いを受けなければこうはならない」


 エルフの女性は俺が見ると恐怖を感じるのか、メギドの影に隠れて俺から逃げた。それを見ると居たたまれない気持ちになる。俺は、そのエルフの女性と、容疑者に縋りつく人たち、容疑者を見た。

 俺には決断できない。

 酷いことをしたという事実は変えられない。相応の報いは必要だとは思う。だけど「相応の報い」の、その「相応」とはどの程度のことを指すのか、俺はメギドのように賢くないから分からない。

 でも……――――


「でも、死んじまったらどうしようもなくなるだろ。生きてたら、変われる余地は誰にでもあるはずだ」

「美しい理想を語るのは誰にでもできる。だが、現実的ではないと思うがな。お前が思っているよりも、そう簡単には変われない。時間をかけても無駄なこともある。償おうという気にならない者も必ずいる」

「そうかな……」

「自分の尺度だけで世界を計ろうとするな。お前の価値観がこの世の全てではないのだ」


 冷たい言葉だった。

 でも、それに反論する言葉が出てこない。


「そう美しい世界であったなら、私も苦労しないのだがな」


 自分の長い金の髪を手で払いながら、メギドはそう言っていた。


「何よりも、私は一度許しを与えようと機会を与えた。それに対してこいつらはバレないだろうと偽りを口にし、たばかった。くだらない時間を私に取らせた罪は重いぞ」

「…………」

「私はエルフの裁量に任せる。そんなに思うところがあるなら、エルフにお前が便宜を計れ」


 俺とメギドがそう話をしていると、レインは俺の頭の上で項垂うなだれながら口を開いた。


「殺しちゃうんじゃないの? だって凄い殺気立ってたし、人間なんてその辺の雑草以下にしか思ってない口ぶりだったよ」

「一応、中立的な立場でエルフ族に話はする予定だ。気が変わらなければそれまでだ」

「無駄だと思うけどね」


 人間の俺がいくらエルフに訴えても、それは聞き入れてもらえないだろう。この場で一番発言力があるのはやはり魔王であるメギドだ。メギドが話をしてエルフの気が変わらなければ間違いなく彼らは殺される。

 それを考えると俺はやはりもどかしい気持ちになった。


「思っていたよりも人数が多い。5人、10人程度かと思っていたが、これでは運ぶのは無理だ。エルフの長を呼んで判断させよう。クロ、行くぞ」

「私はこの件に立ち入りたくない。断る」


 ずっと黙ったままだったクロは、メギドの呼びかけでようやく口を開いた。


「立ち入りたくない?」

「私は今すぐにでもこの虫唾の走る者たちを始末したいと考えている。だが、それは貴様の意向には沿わないだろう」

「そうだな」

「私はエルフの肩を持つ。だから立ち入らない。私がこの件に干渉するときは、この者たちをこの炎で焼き尽くすときだけだ。貴様だけで行け」


 ――クロ……


 やはり、クロは人間自体からして快く思っていない様子だった。

 まして魔族に対して悪事を働いた者とあらば、クロの考え方になってしまうのも無理はないのかもしれない。


「そこまで言うなら仕方ないな」

「また僕は行った方がいいの? 話が済んだらどうせすぐに町を出るんでしょ? ノエルを探したいから行きたくないんだけど」

「そうか。確かに話が済んだらすぐに出る予定だ。あと、回復魔法士を1人連れていく程度か。おい、タタミ。レインと一緒に町を回ってやれ」

「タタミじゃなくて、タカシ!」

「渋い表情で眉間にしわが寄っていて臭いから、タタミと間違えた」

「俺の原料は藺草いぐさじゃねぇし! 風呂毎日入ってるから臭くないし!!」

「私は辛気臭いという意味で言ったのだがな」

「なら最初からそう言え!」


 メギドはあれだけぐったりしていたところから、たった一晩で立ち直ったらしい。俺の名前を巧妙にイジってくるところを見ると、元気になったようだ。


「私はもう行く。お前は国王軍指揮官と話をして家来にする回復魔法士を見ておけ」

「え? あぁ……分かった」


 そう言ってメギドはエルフの女性を抱えて翼を広げて飛んで行った。

 メギドが行った後、俺は遠ざかるメギドをぼんやりと見ながら、クロとレインに質問を投げかける。


「…………なぁ、クロ、レイン……やっぱり人間なんて滅びればいいって思ってるか?」

「そう思っている」

「僕は別に。僕は人間嫌いだけど、ノエルが人間好きだったから、半々くらい」


 両者とも即答であった。迷っている様子は一切ない。


「そうか……そういうもんなのかな。俺はさ、生まれてから魔族との関りなんてそうなかったから、よく分かんねぇんだよな。ときどき狩りで村の外に出た時に喋れない低級魔族を見かける程度だったし」


 この国の歴史についても全く興味がなかった。今が平和で、自分が生活していくことに苦労しない程度の事しか知らない。

 俺は勇者が生活を滅茶苦茶にしている悪だという認識以外は他に外敵の存在など認知していなかった。


「ふーん。まぁ、種族間の隔たりってそう簡単に解消されないよ。人間だって人間の間で差別とかイジメとかあるんでしょ? それとあんまり変わんないんじゃないの」

「多少異なるというだけで、すべてを分けようとするのが人間の悪習だな。細かく分類して差異を見つけ、比較し、優劣をつける遊戯も度が過ぎる。自らが頂点に立つと確信しているところがたちが悪い」

「全員がそうってわけじゃねぇって。いろんな奴がいるってだけだと俺は思うけどな?」

「それで話が収まるなら、なーんにも苦労しないんだけど。どうでもいいけど、早く町の中を歩いてよ。僕はノエルを見つけたいんだから。はーやーくー!」


 レインは俺の頭を鋭い爪の生えている手で何度も叩く。


「痛い痛い! 分かったよ……じゃあな、クロ」

「ふん……早く行け」


 そうして俺はレインの指示通り、ノエルを探す為に町の中を歩き出した。




 ◆◆◆




【メギド】


 不本意ながら、私はエルフの女を両手で抱きかかえた。

 やはり自分単身で飛ぶのと、重荷を持っているのでは飛ぶ感覚が全く違う。落ちないように常に翼を動かし続ける必要があった。


 ――単身で飛ぶだけでも疲れるというのに……


 飛んでいる間、エルフの女は私にしがみついていた。

 飛ぶことへの恐怖心でそうしているのではなく、私から離れたらまた何か人間にされるのではないかという恐怖から必死に私にしがみついているのだろう。


「喋れるか?」

「………………」


 私の問いかけに対して、エルフの女は黙ったまま私にしがみつく。


「喋れないなら別にいい」

「……あ…………あ……の……」


 か細い声で、やっとの思いで口を開いて声を絞り出しているようだった。私はそれを遮らずに耳を貸す。


「…………喋れます……ずっと……声を出すなって…………言われて……きたから…………声……の出し方…………」

「……話したいことがあるなら話しても良い。話したくないなら話さなくていい」

「あ…………あの……あ…………」


 何か言いたげにしている中、その言葉を言い終わることはなかった。何度も「あ」と「あの」を繰り返し口にするが、その続きの言葉は出てこない。


 ――こんな状態になるまで追い詰められていたと知れたら、エルフらの結論は変わらないだろうな


 そうしている間に、私はエルフらの野営地についた。

 私が女の身体を放すと、やはり不安そうに私の服を掴んでいた。だが、他のエルフ族の姿を見ると、泣きながらかけつけたエルフ族の元に走って行った。そして、同じようにしがみつき、声を上げて泣き叫んでいた。

 その姿を見ると、私も色々と思うところがある。

 閉じ込められていたその姿が弟と重なる部分があり、罪悪感が掻き毟られる思いだった。


 ――どうにも……自分の行為を省みるのは快いものではないな……


「長を呼べ。咎人を特定した。人数が思ったよりも多かった為に連れてくるのは不可能だった」


 そう近くの者に言付けたが、それを伝えるまでもなく女の叫ぶような鳴き声を聞きつけたのか長が駆けつけてきた。


「メギド様……! 奴隷にされている者が解放されたのですか?」

「あぁ。あと2名いる。無事……とは言い難いが、生きているし、話もできる状態だ」


 エルフの長は泣き叫んでいる女の、見えている肌の状態を見て目を見開いた。

 何をされてきたのかなど、その肌の状態を見れば一目瞭然だ。それに嬰児えいじのように泣き喚く姿を見れば、思考を巡らせるまでもない。


「この身体の傷……こんなになるまで酷い仕打ちを受けてきたのか……」


 エルフの長は明らかに怒りに顔を歪めていた。

 この様子では結果は火を見るよりも明らかだろう。このまま咎人の前にこの者を連れていけば、間違いなく咎人は皆殺しだ。


「咎人は全員拘束してある。その咎人の処遇はエルフに一任する」

「なら、皆殺し以外の選択はありません」

「だろうな。だが、少し世間話をしてから連れていくことにする」

「失礼ながら、メギド様と世間話のお話しできるほどの技量は私にはありません。一刻も早く咎人を殲滅せんめつし、その首を持ち帰りたいのですが」

「咎人は逃げない。だが、私と話をする機会はそう多くないだろう。少しばかり私の世間話に付き合う方が賢明に思うが?」


 私がそう言うと、エルフの長は険しい表情をしていたが、私の提案に渋々乗った。「解りました」と短く返事をした。


「端的に言うが、咎人の処遇は一任するが、咎人の詳細を知ってからにしろ」

「詳細とはなんです? どのように同胞はらからを痛めつけたかという話を聞けばよいのですか?」


 エルフの長は明らかに冷静さに欠いている様子であった。ただその心中にあるのは憤怒や怨嗟だけということが容易に読み取れる。


「酷だがそれも聞く必要があるだろう。だが、そうではなく“人間”という大区分で識別して“人間は汚らわしい生き物だから”という理由で殺すのではなく、その者の個々の経緯や犯した罪、生い立ちなどを考慮して判断し、処罰した方がいいという意味だ」

「あんなに同胞を無意味に傷を負わせて苦しめた相手のことを知ることなど、必要ですか?」

「当たり前だ。敵だと認識するのなら、敵のことを詳しく知り、一方的に拒絶するのではなく研究することは大切なことだ。習性を理解することで、自らを対象からの危険から守ることへ繋がる」


 私の言葉に、エルフの長は更に険しい表情をして言葉を続ける。


「…………私には、遠回しに“殺すな”と言われているように思うのですが?」

「一任すると言っているだろう。だが、感情に任せて殺すなということだけは言っておく。怒り心頭なのは理解するがな。殺すというのなら、尚更一人ひとりと向き合い、お前の記憶に刻み付けておけ」

「………………」

「殺すのは得策ではないということは言っておく」

「メギド様は、彼女の姿を見て何も思わないのですか……? こんな仕打ちが許されても良いと……?」

「思うことは多くあるが、感情的にはなってはいない。そのような仕打ちをした者に対して大きな嫌悪感は持っているが、怒りはない。それに許す、許さないというのは当事者が決めることだ。私たちが決める事ではないと思うが?」


 どれだけ周りが倫理や正義を振りかざしても、私たちは当事者ではない。

 意思の表示ができない者を保護するのならそれも必要なことかもしれないが、それはどこまでいっても振り翳す側のエゴでしかないということは忘れてはならない。


「その女から事情を聞いてからお前1人で町まで来い。白い毛並みの大狼族がいる場所へ来ればその後は私が咎人の前まで誘導する。大狼族のいる場所は遠目からでもすぐに分かるだろう」

「エルフの私が町に入ると攻撃されるのではないですか?」

「攻撃しないように通達しておく。私は先に戻っているが、あまり待たせるなよ。くれぐれも怒りを爆発させて再度町を襲うような真似をしないようにな」


 納得はしていなさそうに見えたが、私はそこで話を切り上げて再度翼を広げた。

 何となしに視線を移すと、エルフの女は私に何か言いたげにしていた。だが、私はそれを一瞥した後にすぐに飛び去った。


「あ…………あ……」


 そこまでは私には聞こえていた。


「……ありが……とう……」


 その最後の声は私には届かなかった。



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