第53話 エルフ、デーモン、マリオネットマスターが現れました。▼




【メギド ラムダの町】


 ラムダの町につくと、そこは国王軍と魔族の争いの最前線だった。

 負傷者が家屋に入りきらずに、道端にまで並べられている状態だ。重傷の者とそうでない者を看護師が大急ぎで識別し、それを医師や回復魔法士に伝達して治療に臨んでいる。

 その中に大狼族のクロに乗って私たちが現れたものだから、人々は一時恐怖に戦慄せんりつした。


 だが、私とクロとレインで戦いの前線へとおもむくと、前線で戦っていた魔族全員が凍り付いたように固まった。固まったのは魔族だけではなく、戦っていた人間も固まっていた。双方の無残な死骸がそこら中に転がっている。血生臭い場所だ。細切れになっている死体もあれば、丸焦げになっている死体もある。

 戦場にはデーモン、マリオネットマスター、エルフがいた。どれも中位の魔族だ。エルフは賢い方だと思っていたが、こんな争いをしているところを見ると、どうやらあまり賢くもないらしい。


「お前たち、人間を襲うのをやめろ。人間側も矛を収めて下がれ」

「何故ですかメギド様!? 人間は私たちの住処を侵し、迫害し、略奪し、凌辱りょうじょくしたんですよ!?」

「……私も、それに関してはあまり関知していなかったことは謝罪しよう。人間と争いになることを極端に避けるあまり、お前たちにかなりの無理を強いた。悪かったな」


 私がそう謝罪すると、エルフ族は構えていた弓を降ろし、悔しそうな顔をしていた。デーモン族も武器を下げたがマリオネットマスターらだけはなおも争いを続けようという姿勢を見せる。

 マリオネットマスターは基本的に光学迷彩で背景に擬態して見づらい状態で浮遊している種族だ。その指から特殊な糸を出し、その糸で対象者を自在に操ることで攻撃を仕掛けることを得意とする。

 糸の下には戦いで死亡したと見られる人間の身体がついていて、マリオネットマスターはその死体を操っているようだった。人間の死体だけではない。エルフ、デーモンの死体も動かしている。


「やめろ。その行為は死を冒涜ぼうとくする行為だ。更なる争いの種になる。ここで引け。それとも、ゴルゴタの指示でやっているのか?」

「いえ、私たちの独断で行っております。もう我慢なりませんね。メギド様が人間の肩を持つことも!」


 死体に弓を引かせて私たちを狙って放ってきた。その矢の雨を氷の壁で防ぐ。雨のように降り注ぐ矢は氷の大壁に阻まれ、私たちに到達することはなかった。


「一掃してしまえ。それともまだ本調子じゃないのか?」


 クロは面倒くさそうに吐き捨て、纏う炎をたぎらせる。


「追い返すくらいならできそうだが、まだ本調子ではないな。本調子でないのを知られる訳にはいかない」

「じゃあ僕がやってあげるよ」


 レインは私の肩に乗った状態で自信満々にそう言った。


「殺さない程度にできるのか? 殺したら更に角が立つからな」

「魔王って苛烈かれつなのか、穏便なのか分かんないよね。まぁ、僕の氷の魔法の制御の訓練相手になってもらうことにするよ」

「訓練は必要だが、いきなり実践か? 殺しそうになったら私が止めに入らねばならないではないか」

「魔王、できるだけ水を生成してあいつらにぶっかけて。水かけるのは得意でしょ?」


 話を無視された上に、言われたとおりにするのはしゃくだったが、レインに言われたとおりに目の前の氷の壁を液状化させ、集めて死体相手に大量の水をかけた。

 私の心配を他所よそに、レインは相手の動きを一瞬で氷魔法で動きを奪った。多少粗く、組織まで凍り付かせてしまったようだが、おおむね制御にそれほど難はない。


「筋がいいぞ、レイン」

「あったり前でしょ?」

「だが、死体だから良いものの、組織まで凍り付いている。制御がまだ甘い。人間相手だった場合は下手をしたら死ぬ。止血に使うまでの精度ではないな」

「死体だから別にいいでしょ?」

「そういう気持ちでは訓練にならないぞ」


 私たちの圧倒的な武力差を痛感したのか、魔族たちは大人しくなった。マリオネットマスターも操る死体がなければ成す術がない様子だ。


「退け。争うべきではない。普段は絶対に関わらない面子めんつで組んでまで人間を滅ぼしたいか?」

「メギド様は把握しているはずです。何故そうまでして人間を庇うのですか!? 魔の王でありながら、人の味方をするのは何故ですか!?」


 半ば泣き叫ぶように、エルフは私に対して激しい声をぶつけてきた。


「お前たちも勘違いをしているようだな。私は人間の味方をしている訳ではない。人間と衝突しないことが、大局を見れば魔族の繁栄になるのだ。70年前の衝突で急激に減った魔族も、人間との争いを辞めてから繫栄してきたはずだ」

「大義の為に、少数の犠牲は仕方ないと……そうおっしゃるのですね。我々の中には耐えがたい屈辱を受けた者もいるのですよ!」

「それは人間全体のことではなく、それを実行した人間が悪いだけだ。無差別に人間という大きな区分ごと滅ぼそうとするな」


 短絡的にそう考える気持ちも解る。クロもそれには同意見だ。黙ったままエルフらの方を見ていた。


「色々、言いたいことがあるのは分かっている。本日、後で話を聞こう。対処も考える。矛を収めて一先ずは退け」


 襲って来ていた魔族全員に私がそう告げると、魔族たちは悔しさを滲ませながらも撤退していった。納得していないマリオネットマスターらも、一時的に退却した。


「なーんだ。張り合いないなぁ」

「張り合ってどうする」

「流石は魔王というべきか。信頼はないものの、絶対的な力に対してだけは皆が恐れているようだな」

「信頼がないという部分は訂正しろ」


 前線で戦っていた国王軍は何が起きたのか分からないと言った様子だったが、それらも私たちに無謀に襲い掛かってくることはなかった。


 その後に少しばかり町民や国王軍と悶着もんちゃくがあったものの、私たちに敵意がないということは国王軍の伝達で町民には伝わった。

 国王軍は、私たちがベータの町にいたときでのことが伝わっているらしく、思ったよりも話はすんなりと通った。新たに家来に加わったクロについてはかなり混乱があったものの、私の家来ということで混乱はやっと収まった。


 そして混乱が収束し始めた頃に、町長とその町に派遣されている国王軍指揮官とテントの中で私たちは話をした。「私たち」と言っても、私と佐藤、レインだけだ。

 タカシとミューリンは傷の治療の為に回復魔法士の治療待ちだ。とはいえ、重傷者が多いために軽傷のタカシらは後回しにされて、治療を受けるのにかなり時間がかかるだろう。メルはミザルデを抱えて付き添い、クロはテントに入れないので外で待っていた。


「魔族を払っていただいてありがとうございます。あのまま戦い続けていたらとてつもない被害になっていたでしょう」

「用事があったから立ち寄っただけだ。単に目先の争いを止めたにすぎない。別にどちらに加勢する気もないのでな」

「…………実際、なにがあったのですか? 魔王が変わったからと解釈しておりますが」


 国王軍指揮官は厳しい表情で私の方を睨むように見てくる。声にも若干棘があるように感じた。


「……正式に交代した訳ではない。ただ、私もあの狂った男と対立している。やつのせいで魔族に課していた制約が実質なくなり、こんな事態になってしまった」

「そうですか……こうして魔王メギドを見るのは初めてですので、本人なのかどうか判断できないですが、魔族が退いたことを考えればそうなのでしょうね……」


 町長は私が恐ろしいのか、私の方を見ずにしきりに目を泳がせていた。国王軍指揮官は大層な鎧に身を包み、身の丈ほどの大剣を腰に携えている。


「長居するつもりはない。家来の治療をした後、一泊してから町を出る」

「また、襲ってきたら持ちこたえられるかどうか……もう少し滞在していただけませんか?」

「……私がエルフ、デーモン、マリオネットマスターらの王に話を聞きに行く。争わないように言っておくが、事情によっては人間の方に制裁を下す可能性もある。随分と魔族相手にやりたい放題してくれていたようだな?」


 町長に向かってそう言うと、身体を震わせて風船が弾けたように話し出した。


「そっ……それは、私の意志ではない……! 魔族だって、自己防衛の為と銘打って私たちに攻撃してきた!」

「ほう……全く長たる自分に責任はないと……?」


 私が睨みつけると、再び私から目を泳がせてしどろもどろになる。これでは話にならない。互いに自分の正義を主張している中、私がどっちをとするか簡単には決められないと考える。


「ねぇ、どうでもいいけどさ。早く本題に入ってよ。回復魔法士を1人家来にしたいんでしょ?」


 レインはもう話し合いに退屈したようで、話を急かしてきた。


「……あぁ。そうだ。ここにいる回復魔法士を1人同行させたい」

「また争いが起こるかもしれない中、少ない貴重な回復魔法士を渡すのはかなりリスクがあります。無理です」

「先ほどの魔族にも話をつけるし、結界も張って行こう。回復魔法士がいるのといないのでは旅の効率が全く違うからな。本当は……回復魔法などという妖しげなものには手を出したくないのだがな。この非常時だ。仕方ない」


 回復魔法については副作用などの研究がまだ未熟だ。下手な者にやらせたら逆に命を取られかねない。こればかりは伸び代があるという理由で家来にすることは出来ない。


「………本当に話をつけてこられるのですか?」

「私を誰だと思っている? この世で最も美しい魔王、メギドだ」

「……美しいかどうかは関係ないのではないですか?」

「あーあ、言っちゃったよ。みんな黙ってたのに」


 レインは私の肩の上で「やれやれ」というような様子で自分の尻尾の鱗の状態を確認している。


「なんでも美しく解決できるからこそ、美しき魔王なのだ。言わなくても分かるだろう」

「…………」


 佐藤は同席していたものの、何も言わなかった。なんでも口をはさんでくるタカシと異なり、場を弁えていて助かる。


「私はもう行く。回復魔法士を1人、優秀な者を用意しておけ。あと宿だ」


 私はテントから出て、テントの外で待っていたクロを見た。「この大きさでは宿には入れないな」とふと思案する。


「クロ、変化の魔法でお前の身体を一時的に小さくすれば室内に入れる。宿泊時は宿の中に入ってもらうぞ。無駄な争いを避ける為にも、私の目の届く範囲にいたほうがいいからな」


 そう言うと、クロは険しい表情で私から視線を逸らした。


「……好きにしろ。変化の魔法を失敗するなよ」

「それは心配ない。すぐに撤退した魔族を追いかける。お前もついてこい」

「私は疲れている。魔族と揉めるのは本意ではない。断る」

「そうか。確かに長時間走ったからな。ではレインと行く」

「えー、僕? 魔族の説得って、また堅くて長い話するんでしょ? 面倒くさいからやだ」


 レインは私の肩から羽ばたいて降り、地面に着地した。


「私の肩に乗っているだけなのに何故面倒なんだ?」

「僕はこの町でノエルを探すんだから。やだよ」

「それは後でもできるだろう。魔族に転生している可能性もある」

「ノエルは人間になりたがってた。だから人間になってると思う。ましてデーモンなんて、あんな醜い姿になってるわけない」


 それはレインの希望だった。仮に転生していてもレインの希望通りになっている可能性は薄い。それをレインは理解したくないのだろう。


「そうとも限らない。まぁ、転生の仕組みは分からないがな。自ら視野を狭める必要はないだろう? デーモンではなくてエルフかもしれないぞ。エルフなら、まぁ……それほど人間から容姿も離れていないだろう」

「…………」


 私の言葉を聞きながら、レインは考えている様子だった。


「それに、今はまだ本調子ではないからレインの力が必要なのだがな。もしノエルとやらに会ったら、レインがいかに有能な家来か私から進言してやってもいいぞ?」

「……わかったよ。ついて行ってあげるから、話は手短に終わらせてよね。あと、僕は家来じゃないから」


 観念したように、再びレインは羽ばたいて私の肩に乗った。私がこんな状態でも、レインがいればなんとかなるだろう。


「私は行く。佐藤はあのアホやメルたちが戻ってきたら、私は所用で出たと言ってくれ。そうだな……2時間か3時間程度で戻る。クロと一緒にいろ」

「はい。分かりました」


 私は翼を広げて飛び、エルフらの退却した方向へと飛んだ。



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