第46話 戦争を終わらせてください。(3)▼
【70年前 メギド7歳】
私は国王のいる部屋に足を運んだ。
その部屋は来客用の間だ。端に簡易的な寝床が作ってあり、そこに国王は寝かされていた。
――私たちの城で悠々と……
国王は気絶していたが、私は国王を無理やり起こした。
起きろと言っても起きなかったので、多少手荒いが水の中に顔を沈めてやったら驚いたのかすぐに目を覚ました。
「他者の家でいつまで寝ているつもりだ。起きろ」
「……ここは……どこだ……?」
「寝言を言うなと言っただろう。ここは魔王城だ」
私がそう告げると、国王は何があったのか思い出したようで、定まらない目で私の方を見た。
「……っ……危害を加えないと……言った……のに……嘘だったのか……」
「危害を加えたのではない。空間転移の負荷にこれほどまでに人間が耐えられないとは思わなかっただけだ。だから介抱しただろう」
「…………よく見えない……それに、よく聞こえない……呂律も回って……いないし……最悪の気分だ……」
「一過性のものだ。後遺症は残らないだろう」
多分な。とは、私は言わなかった。
「……戻るとき、同じ……ことになるのか……?」
「なる」
「…………別の方法にしてくれないか……身体が持たない……」
「仕方がないな。死なれても困る。別の方法を考えよう。そんなことよりも、もう準備は済んでいる。後はお前が話すだけだ」
「こんな状態では……話など……できない」
「はぁ…………」
客観的に見れば、確かに国王は酷い状態だと言える。
これを無理やり喋らせたところで、私が無理やりに喋らせていることになり、更に戦禍が広がりかねない。
「仕方ない。私が先に魔族に通達を出しておく。お前はさっさと身体を治せ」
「…………」
私は国王を放っておいて、先に魔族に終戦通達を行うことにした。もう鏡鳥は集めてある。後は私が鏡鳥に向かって話をするだけだ。
だが、それには他の魔族に侮られないように身だしなみを整える必要があった。こんなボサボサの髪や母上の血がついているような状態で演説をするわけにはいかない。
――風呂に入るか……
風呂場に向かう際中、まだ空間転移の負荷が身体から抜けきらないようで、度々途中で休まなければ風呂場にたどり着けなかった。
やっとの思いで風呂場に到着して、私は扉を開けた。
風呂場は豪奢な彫刻などが立ち並び、大理石の白い床が一面に張り巡らされている。その場所は戦いの爪痕もなく、いつも通りだった。
何と言わずとも、私の着替えは既に用意してあった。真っ黒で当たり障りのない服。所謂、喪服というやつだ。
――喪服か……
センジュはいつなんときでも、私の行動を先読みして準備を済ませる優秀な執事だ。
水の魔法を使って水を湯舟に張り、それを温めて適温にする。いつも風呂場に置いてある薔薇の花をいくつか水面に散し、入浴の準備は完了した。
私は服を脱ぎ、湯船に浸かった。
――……母上に息子がいたということは、一部の魔族以外には公表していない事だ。私が突然出て行けば、私に反発する者は多いだろうな……
ピン……と私が爪先を水面で弾くと、風呂のお湯が「バシャァアアッ!」と前方に飛んで行き、水面が荒れる。
――『血水晶のネックレス』がある以上、私に逆らうことなどできない。とはいえ、絶対的な力を見せつけなければ、魔王の世襲制に強く反発している天使族などとは争いにもなりかねない
ともすれば、空間転移の負荷が抜けきるまで通達はしない方がいいだろうか。
しかし、あまり悠長にしていると魔王の死を聞きつけた天使族の強襲に遭いかねない。
「はぁ……」
人間と魔族が争っている間に、魔族同士で争うのは得策ではない。
天使族は愚かではないが、ずっと悪魔族が魔王をしていることが心底気に食わない様子だった。強襲をかけてきてもなんら不思議ではない。
――細かい部分を除けば、翼の色が黒か白か程度の違いで、随分やかましく言うものだ……
私は湯船から上がり、髪を洗い、身体を洗った。
そうしている間にも空間転移の負荷がやっと収まってきた。この調子なら通達を出しても問題ないだろうと私は判断する。鏡鳥が各地に到着するまでのラグを考えれば、その頃に私の体調も全快するだろう。
風呂から上がり、私は用意された喪服を着用した。
そのまま私は再び国王の元へと向かい、国王の状態を確認した。やはり国王はぐったりしていて使い物にならないと私は感じる。
――この程度、すぐに治らないとは……人間とは脆いものだな
しばらくは話すことができないかもしれないと考え、小さくため息を漏らす。ここのところ、ため息をついてばかりだ。行儀の良いものではないが、ため息を吐きださずにはいられなかった。
「センジュ、どこにいる?」
私が城内に向かって呼びかけると、センジュは間もなくしてすぐに私の元へと現れた。
「お呼びでしょうか。メギドお坊ちゃま」
「『血水晶のネックレス』はどこにある?」
「はい。こちらに」
センジュは何と言わずとも『血水晶のネックレス』を持ってきていた。厳重な箱の中に入っている『血水晶のネックレス』を私に差し出した。
それを私は手に取り、自身の首にかける。
「重いな……」
重量の話ではなく、魔族全体を背負っていくという重圧がそのネックレスにはあった。
「お辞めになられても、
「……覚悟はできている。センジュこそ、私についてくる覚悟はできているか?」
私がそう問うと、センジュは微笑みながら即答した。
「勿論でございます。このセンジュ、地獄の果てまでお坊ちゃま方についていく所存にございます」
「そうか。センジュ、ついてこい」
「かしこまりました。メギドお坊ちゃま」
私はそのまま荒れ果てた庭へと向かった。まだ曇っているものの、もう雨はあがっている。
庭にいる鏡鳥たちは私が現れると、私の方を全員が向いた。
ざっとみて、50羽以上はいる。虹色の羽が美しく、何羽も集まると虹色の花が庭に咲いているようにも見えた。
「私の前方に規則正しく並べ」
私は土を操作し、簡易的な段差を庭に作った。後ろに行くにつれて高くなる段差だ。これで全鏡鳥が私を正面から映すことができるだろう。
一呼吸整えて、私は静かに話し出した。
「全魔族に通達をする。よく聞け。もう一度言う。全魔族宛ての通達だ。聞き逃すな」
センジュは私が話をしているのをすぐ後ろで静かに見守っていた。決して不安そうな表情は出さず、毅然とした立ち振る舞いで立っている。
「私の名はメギド。今は亡き魔王クロザリルの息子だ。息子がいたとは知らない者も多いだろうが、これは事実だ。現に、私のこの姿は母の生き写しだろう。私が母から王位を継承し、魔王となった」
まだその実感はないが、このネックレスを首に掛けた瞬間、私は覚悟を持って魔王となった。
「そして、私が魔王となったからには、この人間と魔族の戦いは終わりだ。人間の王と話をして、互いに手を退くという話でまとまっている。これ以上、魔族の血をこの大地に吸わせるわけにはいかない。争いはやめて退け。従わない場合は制裁を加える。文句があるなら私の元へ直接言いに来い。私からは以上だ」
私が話し終わると、センジュが私の隣まで歩み出た。
「この老体からも、いくつかよろしいでしょうか」
「あぁ」
「ご存じの方も多いでしょうが、改めまして、わたくしは魔王家に仕える執事、センジュでございます。この御方は紛れもなくクロザリル様のご子息、メギド様でございます。クロザリル様が亡き今、魔王家の血は途絶えたとお喜びになられている魔王の座を狙う者たちには残念でございましょうが、次期魔王はこのメギド様でございます」
穏やかに話している声色とは裏腹に、センジュは次の言葉と共に殺気を放つ。私が人間の王に会いに行く前に発していた殺気よりも、更に強い殺気だ。
「もし……無いとは、存じますが……メギド様を打ち取ろうなどとお考えになられている方がいるとしたら、このセンジュが……全力でお相手させていただきます」
鏡鳥たちはセンジュのその殺気に動揺し、暴れ出す者もいた。バサバサと何羽かが逃げて行ってしまった。
「わたくしからは以上です。出過ぎた真似をいたしました」
「話は終わりだ。方々に散ってこの事実を広めよ」
私が指示をすると、鏡鳥たちは方々に散って行った。まるで雨の後に虹がかかるかのような光景に見えた。
「すんなりと事が進めばいいのだがな……」
「うまくいかずとも、わたくしが全力でメギドお坊ちゃまとゴルゴタお坊ちゃまをお守りいたします」
「……ふん。守ってもらわずとも、私は問題ない」
腕を組んで私が顔を背けると、センジュは私のその様子を見て笑っていた。
「ほっほっほ……お強いですからね、メギドお坊ちゃまは。わたくしではもうお稽古の相手が務まりません」
「嘘をつくな。本気で向かってきたことなど一度もないだろう」
「滅相もございません。いつでもわたくしは真剣にお坊ちゃま方に向き合っております」
「…………私は少し身体を休める。センジュも休める時に休んでおけ」
「心配の御言葉、ありがとうございます」
部屋に戻って少し休むことにした。
自室に向かうまで歩くのは気が滅入った。城の中は荒れ果てており、そこかしこで物が壊れている。壁が壊れている部分もあれば、カーペットが滅茶苦茶になっている部分もある。
今までの生活が全部覆ったのだということをまざまざと見せつけられるのは精神的に堪えるものがあった。
――城の修繕もしなければならないな……
花弁が下に落ちて変色してしまっていた。
私の部屋の窓から外を見ると、庭の薔薇も相当に荒れてしまっている光景が見えた。
――これが元に戻るまで、かなりの時間がかかるのだろうな……魔力を使えば多少は早く戻るのだろうが……
私は喪服を脱ぎ、適当な服に着替えた後にベッドへ倒れ込んだ。
目を閉じると急激な眠気を感じる。
――少しだけ眠ろう……
疲れ切っていた私はそのまま私はすぐに眠りに落ちた。
◆◆◆
どれだけ私が眠っていたのかは分からない。
何かが激しく争っているような音が外から聞こえて目を覚まし、飛び起きるように身体を起こした。
――なんだ……?
外では爆発があったり叫び声が聞こえたりした。
私は空間転移の負荷が十分に抜けていることを確認し、窓を開けてそこから翼で飛ぶ。
音のする方へ飛んで行くと、センジュと天使族の何人かが交戦しているのが見えた。
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