第47話 戦争を終わらせてください。(4)▼
【70年前 メギド7歳】
天使族の人数は、10名程度だった。
その内半数は地面に伏しており、翼が千切れている者もいた。
「センジュ!」
私はセンジュと天使族の間に、氷と土の巨大な壁を生成し、滑り込むようにセンジュの元へと着地する。
「ここは危険です。わたくしにお任せください」
「私も戦える」
壁の横から出てきた天使族に向かって、私は水の檻を作り、その中に2名捕らえてそのまま凍らせた。その巨大な氷の立方体は地面に落ちる。
センジュは反対側の天使の背後に素早く回り込み、翼を引きちぎった。私はセンジュの動きに注視してはいなかったが、目にも留まらぬ速さで私の目には追えなかった。気が付くと天使らは背中の燃えるような痛みに叫び声をあげるばかりだった。
――これがセンジュの本気の力か……
「血を見るのは好きではないのですがね」
翼を失った天使らの身体を氷の魔法を使って動きを封じた。
その中、目の前にあった壁を吹き飛ばすほどの炎の魔法が私とセンジュに向かって放たれた。最後に残った天使のものだろう。それを私とセンジュは同じ炎の魔法で迎え撃った。
炎の勢いは私とセンジュの方が強く、押し返された炎で最後の天使はそのまま叫び声をあげながら焼け死んだ。
「流石の御手前でございます。メギドお坊ちゃま」
センジュが私が来る前にどれほど交戦していたのかは定かではないが、息ひとつ乱れていない。
「……何があった?」
「まぁ……お察しの通りでございますが、メギドお坊ちゃまが魔王となるのを良しとしないという輩が強襲してきたというところでございますね」
「もう魔族全体に制約は課してあるというのに、無駄なことを」
翼をもがれて背中から大量に出血していつつも、それでも天使らはやっとのことで立ち上がり、剣を私に向けてくる。
「すでに『血水晶のネックレス』の制約下に置かれているのに、メギドお坊ちゃまに剣を向けるなど……愚行としか言いようがありませんね」
「私に用事があるのだろう。暴力ではなく口で言え。天使族は言葉を失ったのか?」
「貴様のような悪魔族の子供が魔王の責を担えるとは思えない! 魔族を導いていくのは我ら天使族だ!」
私に対して剣を振りぬいてくるが、私が手を下すまでもなく、その者は全身から血を吹き出して、激痛に叫び散しながらのたうち回ることになった。
「があぁあああぁああああぁっ!!!」
「制約の力を忘れたわけでもあるまい」
「ならばそのネックレスを奪い取ってくれる!」
走ってくる天使らのその手が私に届くことはなかった。
センジュが全員の足の健を素早く切り、地面に伏せさせる。センジュは私が見た事のない小刀を持っていた。切るのが早すぎたのか小刀には返り血などはついていなかった。
「メギドお坊ちゃまを前にして、随分頭が高いのではないですか? 魔王様の御前ですよ」
地に伏した天使らは、無様に私に頭を垂れて痛みに悶えている。
「お前たちは天使族の中でも下の階級だろう。まんまと大天使の偵察に使われたという訳だ」
「黙れ……! 我々には崇高な使命がある……! 悪魔族如きに解る訳がない!」
「ほう……時間の無駄だと思うが、聞いてやろう。その崇高な使命とやらはなんだ?」
「決まっている……魔族個々の権利を尊重し、迷える者たちを導き、そして私たちは善行を重ねて
それを聞いた瞬間、眩暈すら感じた。魔神などという妄言を口に出すとは大きく出たものだ。
「本当に時間の無駄だったな。『三神伝説』など世迷言だ。命があるうちにさっさと失せろ」
「『三神伝説』は真実だ! よくも我々の崇高な使命を
「……這い
私は空間転移の魔法を構築し始める。
「お前たちに指示を出した大天使に言っておけ。“貴様らの思想には
その中へ天使全員を水の魔法で巻き込み、そのまま流し込む。血も、千切れた翼も、全てがその中へと消えていった。全部をそこに流した後に魔法を解除する。
「ほっほっほっほっほ……メギドお坊ちゃまに“反吐が出る”などと汚い言葉を使わせるなんて、相当に罪深い方々ですね」
センジュは笑いながら小刀を
「……怪我はないか?」
「ええ。あの程度の者たちに後れを取る程、
「あぁ……疲れは取れたらしい。空間転移の負荷もとれたようだ」
「左様でございますか。丸1日お目覚めになられなかったので、心配しておりました」
「丸1日もか?」
「ええ。この頃ずっと張りつめていらっしゃいましたので、身体の疲れが出たのでしょう」
数時間程度だと思っていたので、1日と言われたことで私は動揺した。
――そんなに眠ってしまっていたのか……
「その間、何もなかったのか?」
「そうでございますね……ならず者がいくらか来城いたしましたが、お話を聞いて丁重におかえりいただきました」
ならず者とは、先の天使族同様に私が魔王になったことに抗議をしに来た者たちだろう。
「…………何故私を起こさなかった?」
「
「それでは……ずっと戦い通しだったのではないか?」
「いえいえ。大抵はわたくしが少し話をするだけで納得されて帰られてゆきましたよ」
「なんと脅したのかくらい、想像がつく」
「ほっほっほ……少しばかり“わたくしがまずお相手いたします”と言っただけですよ。脅しなどと、物騒なことは致しておりません」
センジュの殺気を目の当たりにして逃げ出しただけだろう。
我が執事ながら、恐ろしい奴だ。
「それにしても……来るとしたら、大天使が直々に来ると考えていたが……下位の天使を遣わせて来るとはな」
「一応……あれでも中位の天使のようでしたがね。灰色の腕章をつけていたようでしたので」
「よく見ていなかったが、確か……下位の天使が黒い腕章、中位が灰色、高位が白い腕章をつけているのだったか」
「流石メギドお坊ちゃま。左様にございます」
天使のことなど興味はないが、本を読んでいる中で著されていたものを少し読んだ程度の知識はある。
「……生まれた瞬間は罪と
その考え方はまったく理解できない。生まれてから罪を犯して穢れていくのだと私は思う。
「左様です。そしてより多くの善行を積んだ者だけが魔神の声を聴くことができると彼らは信じているのですよ」
「魔神だの、神だの、死神などと……妄信するのは勝手だが、私にその考えを押し付けてくることに虫唾が走る」
その『三神伝説』は何の根拠もない。勝手な憶測と、こじつけの理由の産物に過ぎない。
「…………この世に生まれることが罪に対する罰だと、彼らは考えているようですね」
「“核”の積み重ねた罪か? はぁ……この話はやめだ。奴らの思想など考えるだけで頭が痛くなってくる」
「まぁ、中位の天使が来たところを見ると、大天使がくることはないでしょう。中位の天使をこれだけの
「
私が駆け付けなくても、センジュは1人で十分戦えていただろう。むしろ、私が入らない方が自由に動けて安全だったかもしれない。
「そんなことはございません。家臣の実力はそのままメギドお坊ちゃまの実力です。逆に言えば、家臣の不手際はメギドお坊ちゃまの不手際となります。それはよもや、王たる者とあらば魔族の不手際は全てメギドお坊ちゃまの不手際として見られてしまいます」
「…………見られるとは、人間にか?」
「左様にございます。人間は特に“魔族は~”という考えに固執しておりますから。戦いを終わらせてからが始まりです。戦いを再び起こさぬよう注力しなければなりません」
「……私たちも“人間は~”という考えを強く持っているがな」
「そこから徐々に変わって行かなければならないですね。相手を変えるには、まず自分からとも言いますから」
「時間のかかりそうな話だ」
どうしても自分にとって都合のいい論理に飛びついてしまう。“人間が~”という考えで型にはめて片付けてしまったほうが簡単だからだ。
天使族が魔神を妄信しているのとそれはさほど変わらないように思う。
――そう簡単に、固執した論理を手放すことはできない……
弟が人間への憎しみを抱き続けているように。
◆◆◆
【20日後】
人間の王は魔王城に来てから5日経った頃、
やたらと話が長かったので、要点だけまとめると
・魔族との戦いは終わりにする
・魔王クロザリルから、息子へと王位は継承された
・魔王メギドは戦いを望んでいない
・互いに大きな遺恨があるが、これをもってそれを追及しないこととする
・自分は無事だ。体調が戻り次第、家族の元へと帰る
というような内容だった。
本当に話が長かった。その話を聞いていて要点だけ簡潔に述べられないのかと私は呆れたものだ。
そして20日もの日数が経過した頃、やっと人間の王を元の場所へと返せる状態にまでなった。
何故ここまで時間がかかったかと言うと、ずっと人間の王は体調が優れない状態が続いた。いくら空間転移の負荷があったとはいえそれは不自然に思い、センジュが改めて検査をしたところ、人間の間で流行っていたウイルス性の病に罹患していたことが分かった。
その加療の為に20日も期間がかかってしまったのだ。
魔王城の敷地の端で、私とセンジュは人間の王を見送る為に立っていた。馬を用意したので、それを使って帰ってもらう予定だ。
やっと追い出せるようになった
「名前はなんという?」
「……私の名はルクス」
「生意気にも光を表す名か。大層な名前だな」
「いちいち文句の多い魔王だな……私の名前にまで文句をつけてくるとは」
20日程度しか共にいなかったが、徐々に人間の王――――ルクスは私に対して馴れ馴れしく話してくるようになっていた。
その言葉の一つ一つから、私たちに対する恐怖の感情が消えているのが解る。
「貴様が裏切るようなことがあれば、分かっているな?」
「そう念を押さずとも分かっている。酷い目に遭ったと嘆いていたが、結果として命を救われた。20日間も世話になったな。執事にも礼を言う」
「メギドお坊ちゃまのお客様ですから」
センジュはいつも通り、紳士的にルクスに対して頭を下げる。
「私が流行り病にかかっていたとは知らなかった。魔王に攫われてこなかったら……流行り病で死んでいたかもしれない。特効薬の調合表も持たせてもらって、感謝してるくらいだ」
「あまりに回復が遅かったから、少し不審に思っただけだ。恩を仇で返すなよ」
「あぁ。なんというか……魔族の意外な一面を見られて良かったとも思う」
そう言われて、私は得も言われぬ複雑な気持ちになった。
「何を悠長なことを……」
「これを期に
「馬鹿なことを考えるな。下手に魔族の
私がそう言うと、ルクスは少しばかり俯いて、そして困ったように笑った。
「……それまで……私は生きていられないだろうな」
「安心しろ。人間と魔族の和平など永遠に実現しない」
「もっと希望を持ってもいいんじゃないか?」
「やかましい。私に意見するな。さっさと行け。家族が待っているのだろう」
「……あぁ。また来てもいいか?」
「魔王城に気軽に入ろうとするな。下手なことがあれば私の責任になる。人間が入れないように結界を張るから来ても入れないぞ」
「そうか……じゃあ、これでお別れになるわけだな……」
ルクスは困ったように笑いながら、名残惜しそうに私やセンジュの方を見つめていた。
「名残惜しそうにするな。人間は……いや、お前はすぐ情がうつるのだな。理解できん」
「そう言うメギドも、多少は私に感情移入している節があるように見えるが? 私の顔を水に突っ込んで“起きろ”と言っていた時より敵意が消えた」
「……何度も言わせるな。さっさと馬に乗って行け」
「…………ありがとう。魔王メギド。これは個人的な礼だ。いつか、まみえる日を楽しみにしているぞ」
そう言ってルクスは頭を下げて礼をした後に、馬に
最後の最後、馬に乗りながらも私たちの方を一瞬振り返ったが、すぐに前に向き直ってそれ以降は振り返ることはなかった。
「……おかしな奴だ」
「ほっほっほ……メギドお坊ちゃまには及びませんが、王たる風格がありましたな」
「まだまだ考えが甘い」
「心配ですか?」
「馬鹿を言うな。私をからかっているのか?」
「純粋に心配しておられるように見えましたので」
馬鹿なことを。私が人間を心配したりするわけがない。
「私が心配しているのは弟とセンジュと魔族全体の行く末だけだ」
「左様でございますか。失礼いたしました。困難はあるでしょうが、一先ずはこれで終戦です。まずは魔王城の再建が急務でございますね。荒れてしまった薔薇の手入れもしなければなりませんし、やることは山積みでございます」
「仕方がない。私も働くとするか」
今までは自分の好きなことしかしてこなかったが、魔王となったからには色々とやらなければならないことがある。
「では、薔薇の剪定をされてみますか? これが中々奥深くてやりがいがあるのです」
「ふむ……自分で手入れをするのも悪くないな」
「ええ。手塩をかけて世話をした薔薇が花をつけると嬉しいものです。是非」
私はセンジュと共に城の中へと戻った。
ここから、私の魔王政権が始まった。
◆◆◆
【メギド 現在】
タカシは狼に対して必死に抗議していた。
冷徹な論理に、滅茶苦茶な感情論を向けている。
「誰だってなぁ! 変われるんだ! どんなに取り返しのつかないことをしたとしても、どんなにどん底に落ちて行こうと……! 自分が反省して変わろうって気持ちを持って、前向きに歩き出した時から償いになるんだ! 誰だって間違える事くらいあるだろ! お前は間違えたことねぇのかよ!?」
その言葉の通りなら、私の償いの道は険しく、長いものになるだろう。
私は弟を「守る」という名目で、弟を檻に閉じ込め続けた。それが結果として弟の心を壊すことになってしまった。
それだけではない。
各魔族に相当な我慢を強いた。
私が魔王になった当初よりは争いは沈静化したものの、人間との
結果がこれだ。
制約がなくなった途端に方々から鬱憤が爆発し、次々に人間を襲うという状況になってしまった。
全て私の責任だ。
「やめろ……それ以上は身体がむず痒くなってくる」
私がそう言って身体を起こすと、タカシは水を得た魚のように嬉しそうな表情で私の方を見てきた。
――これだけのことをした私を、お前は許せるか?
いつか、私は許される日がくるのか……?
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