第44話 戦争を終わらせてください。(1)▼




【メギド】


 私は狼とタカシが激しく言い争ってる間、昔のことを思い出していた。

 狼の言葉になぞらえて、私は鮮明に過去のことを思い出す。

 嫌という程、鮮明に私はそれを覚えている。


 私の塗り重ねた罪の記憶。




 ◆◆◆




【70年前 メギド7歳】


 母クロザリルが勇者に殺された直後、まだ私が魔王になる前の話だ。

 まだこの国は混沌としていた。

 各地では魔王が討たれたという伝達があったにも関わらず、諦めていない魔族と人間との戦いが続いていた。


 もう私たちは魔王を討たれ、負けたのだ。


「メギドお坊ちゃま……行かれるのですか?」


 センジュは心配そうに私にそう言った。

 それもそうだろう。

 ここ数日、私は睡眠もとっていなければ、食事もろくにとっていない。

 それに、こうなる前は1日何時間も入っていた風呂にも全く入っていないのだから、センジュが心配するのも無理はない。


「あぁ……人間の王と話をつけねばならない」


 人間の王の居場所が解ったと報告があった。居場所が解れば空間転移が使える。だから会いに行こうという算段だ。

 私の金色の髪はボサボサになっており、ところどころ絡まってしまっていた、服も何日も着替えていない。母上の血が衣服についていることも、気にするほどの余力がない。

 悲しみと、喪失感と、激しい怒りと、煮え立つような憎しみに、私は自分の生活のことなど何一つできやしなかった。

 それに、刻一刻と魔族と国王軍の戦況が変わる中、私は途方に暮れる間すらもない。


「…………せめて、行かれる前に何かお食事を召し上がってくださいませ。喉を通らないのであれば、給仕係に何か飲み込みやすいものを作るように申し付けますので……」

「……食事をする気にならない」

「しかしながら、もう何日もきちんと食事を摂られておりません。お身体に障ります」

「私なら問題ない」


 母上が殺され、城の中は戦いの爪痕が残る荒れ果てた状態だった。そこかしこの城壁が崩れていて、雨が城の中まで入ってきている。

 私は荒れ果てた庭に出て身体に雨を受けながら、私は空間転移魔法を発動させるべく右手をまっすぐ前に突き出し、魔法を構築し始める。


「恐れながらメギドお坊ちゃま……本当に御一人で行かれるのですか? わたくしもついて行った方が……」

「くどいぞセンジュ。ここにいろ」

「わたくしは……メギドお坊ちゃまが心配なのです。クロザリル様の後、メギドお坊ちゃままで失うことがあれば…………」


 センジュはそこまで言って言い淀む。

 私は黙ったセンジュの方を見た。それは、いつもの穏やかなセンジュとは異なり、見ただけでそのものを殺せるほどの物凄い殺気を放っていた。


「このセンジュ、復讐の鬼となりましょう」

「………………」


 その言葉は嘘や虚勢ではない。そしてその言葉を実現させる力がセンジュにはある。だが、センジュにそんなことをさせるわけにはいかない。


「……私は……センジュが思っているより冷静だ。私のことを信じられないのか?」


 静かに殺意を灯すセンジュに対し、私がそう言うと彼は難しい表情をした。


「メギドお坊ちゃまのことは信じておりますが、しかし、人間軍にはクロザリル様を討った者が――――」

「問題ない。私が留守の間、ゴルゴタのことを頼んだぞ」


 私は空間転移魔法を発動させ、一気にそこに飛び込んだ。


「お待ちくださ――――」


 センジュの声が途中で途切れ、私は人間の国王の寝室に着地した。寝室と言っても簡易的な大型テントの中だ。

 着地した瞬間に空間転移魔法を閉じる。

 目の前には貧相な服を着ている割に、立派な髭を蓄えた人間が1人いた。護衛は室内には他に誰もいない。


 ――これが人間の王か……


 殺された母の姿がフラッシュバックし、私は顔を歪めるが殺意を必死に抑える。


「な、なんだ貴様――――!」


 私はすぐさま国王の口を塞ぎ、手を後ろに捻りあげて国王の動きを瞬時に封じた。


「騒ぐな。お前を殺すことなど、造作もないことなのだぞ」


 憎しみと怒りから、私は国王の手を握る手に力が入った。ミシミシと骨がきしむ音が聞こえ、国王は痛みからかうめき声をあげた。


「私は争いに来たわけではない。話をしに来たのだ。無駄な抵抗しなければ、殺しはしない。今から口を利けるようにしてやる。騒ぐなよ。騒いだら両腕を引きちぎる。解ったら頷け」


 私は国王が頭を縦に振ったので、口を利けるようにしてやった。


「私が誰かと聞いたな? 答えてやろう。私はクロザリルの息子、メギドだ。母亡き今、私が次期魔王ということになるな」

「大魔王クロザリルに息子がいたなど……聞いたことがない」

「だろうな。公表していない。だが、私の姿をよく見よ。亡き母にそっくりだろう」


 後ろ手に拘束していたのを解き、腕を掴んだまま国王を私の方へ向き直させた。

 そのとき、私は自分がどんな顔をしていたか分からない。だが、悲哀、怨嗟、憤怒が混じった表情を見た国王は心底青ざめた顔をしていたのを覚えている。


「…………確かに、面影がある……それで、次期魔王が何をしに来た……?」

「私の話を聞いていなかったのか? 話をしに来たのだ。王同士の話をな」

「お前のような子供が何を話す……?」

「私を子供扱いするな」


 ギリッ……


 更に強く国王の腕を掴むと、国王は痛みにうめき声をあげながら顔を歪め、冷や汗が顔から噴き出してきていた。


「無駄な話をするつもりはない。お前も無駄口を叩くな」

「解った……から、力を緩めろ……」


 痛みで話どころではない様子の国王に免じて、私は少し手を緩めてやった。ほんの少し力を入れただけで腕の骨が折れるような脆弱さに、私は尚更苛立ちが募る。

 こんな弱き者に母上が討たれたのかと。


「単刀直入に言う。もう争いは終わりにしようじゃないか」

「何……? 互いに殺し合っている限りは争いなど終わらない」

「だから私は魔族全体に制約をかける。人間を殺すことがないようにな……魔族から先に手を引こう。だから国王よ、お前も人間どもを退かせろ」


 国王は目を見開いて私の提案を驚いている様子だった。すぐに目を細め、鋭い眼光で私を睨みつけてきた。その目には何かたぎるものがあった。ただの貧相な人間に思ったが、王家の血を引く者としての風格と言うべきか。


「信用できないな。そう言って不意をついて私たちを殺すつもりだろう」

「私は愚かではない。このまま争いをいつまでも続けていてもお互い建設的では無かろう。母を討つほどの力を持つ者がいる以上、私も下手に手は出せないという訳だ」

「貴様ら魔族が人間にした事を考えれば、滅ぼされても文句は言えないはずだ」

「人間も魔族も血塗られた歴史が多すぎる。よもや、どちらが先に争い出したのか定かではないな」


 歴史として記されている以前から、魔族と人間の争いはあったらしい。どちらが先かなどは最早わからない。


「母を討った者も、母との戦いでかなりの深手を負ったと聞いた。戦況は聞く限りではまだ魔族優勢だ。だが、私が魔王になるからにはもう争いは終わりにしたい」

「…………体勢を立て直し、また人間を襲うつもりではないのか?」

「疑り深い奴だな。言っておくが……今から私と、城にいるあと2名がかりで人間と戦うという選択もあるのだがな。他の魔族と比べ物にならないほどの破壊の力を私たちは持っている。下手に手出しはできないと言ったが、下手な手で手を出すことは出来るということを覚えておけ」

「それほどの力があるようには見えないが……?」

「見くびるなよ。いや……見誤るなよ。判断をな……」


 再び私の手には力が入った。私の爪が国王の腕に食い込む。


「私も家臣も母を殺され憤っているのだ。はらわたが煮えくり返るとはこのことを言うのだろうな……今すぐ貴様を殺し、改めて宣戦布告をして1人でも多くの人間を滅ぼすことに注力することも私はいとわないのだぞ」

「なら、何故そうしない?」

「…………私には守るべきものがある。このまま人間と争い続け、失うわけにはいかない」


 国王は私の言葉にしばし考える間があったが、私の提案に乗った。


「…………なら、その言葉通り魔族を退かせよ。魔族が先に争いをやめたら、私も矛を収めるように通達をする」

「いいだろう。その言葉に偽りがないよう、誓ってもらうぞ」


 私が呪いの魔法を発動させ、国王にそれをかけた。

 国王は胸に違和感を覚えたのか、しきりに自分の胸の辺りをまさぐって調べるが、別に何ともなっていない。


「な……何をした!?」

「貴様の心臓に呪印を刻んだ。約束を違えたら、お前は3日間苦しみ抜き、心臓が止まって死ぬ」

「卑怯な……!」

「騒ぐな。互いに信用できないのだから仕方がないだろう。だが、私は言ったことは遂行する。それから……念のために言っておくが、約束を違えるようなことがあればお前だけではなく、お前の周りの人間も死ぬことになるからな」

「どういうことだ……?」

「お前の妻、お前の子供、お前の血族、居場所はもう解っている」


 国王はより一層顔を蒼白にし、拳に力を入れて私を睨みつける。


「汚い真似をしおって……!」

「汚い? 私たちは住居を知られているのだから、ようやくこれが対等な状態だ。寝言を言うな」

「くっ……」

「私は城に住み続ける。せいぜい、無駄な血を流したくかったら私たちをこれ以上怒らせないことだな」


 私は乱暴に国王の腕を放して解放してやった。国王は自らの腕を抱き込み、苦悶の表情を露わにしていた。


「私が通達を出しても、従わない者も一定数いるだろう。それはどうするつもりだ? 無法者の取り締まりは限界がある。今、法秩序などは崩壊している。それを構築するのは時間がかかるからな」

「…………これだけ大規模の戦いだ。それもやむを得ないか……魔族全体にも制約は課すが、こちらもやめようとしない者も多くいるだろう。すぐに戦火が収まるわけではないか……」


 それは確かに全体の意志としては関係ない。末端が暴走してしまうのは王としても仕方のないこと……ならば、それも徐々に収まるのを待つしかないか……。


鏡鳥かがみどりを知っているか?」

「あの……腹に鏡のついている怪鳥か」

「そうだ。それを使ってこの国全土に通達を出す。今から私と魔王城へ来い」


 私が再び空間転移魔法を構築し始めると、国王は警戒して後ずさった。


「どうするつもりだ?」

「あの鳥に私たちの意向を映像を記憶させ、この国全土へと通達を出す。伝令では遅い。ここでは鏡鳥を呼べないから今から魔王城へ行く」

「……今一度問うが、私に危害を加える気はないのだな?」

「お前を私の判断で殺せばどうなるのかくらい、私には解っている。侮るなよ」

「解った……」


 空間転移の魔法が完成したので、私は再び国王の腕を掴んでその中へと飛び込んだ。

 一瞬で再び魔王城の庭に戻ってきた。

 この短時間に空間転移を2回もしたことで、私も身体に物凄い疲労感を覚える。身体が重く、息をするのにも苦しさを感じる。眩暈や吐き気なども感じ、私の視界はぼやけた。


 ――やはり、負荷は相当だ……


「くっ……」


 とはいえ、人間の王の前で私が膝をつくわけにはいかない。

 私が空間転移で戻ってきたのをいち早く感じたのか、センジュはすぐに私の元へ駆けつけて戻ってきた。


「メギドお坊ちゃま、ご無事でしたか!」

「あぁ……」

「この者は……? 人間の王ですか?」

「そうだ。話はついた。この戦いを終わらせる……っ」


 センジュはよろよろと歩く私の身体をすぐさま支える。


「はぁ……はぁ……」

「メギドお坊ちゃま……2度も空間転移魔法をこの短時間に……お身体に障ります」

「どうという……ことはない……」


 私はかなり疲弊していたが、国王を見ると私以上に疲弊している様だった。というよりも、様子がおかしい。


「あぁっ……ぐ……あ……はぁっ……はぁっ……!」

「なんだ……?」

「人間にとって空間転移は我々以上の負荷のようですね……鼻出血、耳出血……目や口からも血が出ています」

「何……? これだけで死ぬことはあるまいな?」

「……前例はありませんが……絶対にないとは言えないでしょう」

「ちっ……脆弱な奴らだ……これでは話どころではない……! 誤算だった……」


 これほどまでに脆弱だとは思わなかった。

 これほどまでに人間が弱いことを私は許すこと出来ない。


 ――こんな弱き者が私から母上を奪ったのか……何故そのようなことができた……?


「メギドお坊ちゃま、この者の介抱はわたくしがいたします。メギドお坊ちゃまはお身体をお安めください。食事の準備はできております」

「…………あぁ……」


 私はずぶ濡れの身体を引きずって、城の中へと入った。中に入ったというのに、天井が大幅に崩れているせいで“中”という概念が崩壊している。

 食堂に向かう気は最初からなく、私は地下牢へと向かった。


 ――身体が重い……


「ぐっ……ぅ……げほっ……がはっ……!」


 気分が悪く、私は吐くものもないのに吐いた。口から唾液がだらだらと垂れ、視界が霞むがそれでも私は地下牢へと向かった。

 身体が重いのは空間転移の負荷ばかりではなく、私の身体にまとわりつく雨の重みもあるのだろう。

 そして、これから背負う魔族の未来が私の肩に重くのしかかってきている。


 ――私が王にならねばならない……私以外に、できる者などいないのだから……


 地下牢につくと、私の足音を聞きつけたのか「ガシャン!」と鉄格子を乱暴に掴む音が聞こえた。



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