第33話 ミザルデをかばいますか?▼
【メギド】
妖精族の王の家に入って話をしたいところであったが、妖精族の家は小さく、私たちが入れるほどの大きさではないため、外で話をすることになった。手頃な切り株にクッションが置かれており、そこに私たちは座るように促されるがままそこに座る。
一度は激怒した妖精の王も私の言葉巧みな話術によって怒りを収め、私たちに協力する気になったらしい。
妖精王は真っ赤な牡丹の花を髪にさしていた。妖精族はどうやら皆が虹色に淡く輝く羽衣を身に着けるのが通常らしく、妖精王も羽衣を身にまとっている。妖精族の民族衣装なのだろう。
人間の王は大分太っていたが、妖精の王は多少肉付きは良く感じたが、人間の王ほどではない。翼のある種族はあまりに太ると飛べなくなってしまうので、妖精王は体形的にはぎりぎりの印象を受ける。
「先ほどは無礼な態度をとってしまいまして申し訳ございませんでした。メギド様が人間を連れていることに驚いたのもありますし、何よりも無礼な態度をとられていたので取り乱してしまいました。改めまして申し訳ございません」
謝罪の言葉に非常に棘を感じた。「申し訳ない」と言っているのに、十分物申しているところがあまり反省していないということを感じさせる。
「ふむ。無礼な態度をとったことは詫びよう。こいつはいつも無礼だからな。気にするな。気にし始めると胃腸炎になるぞ」
「そんなに!?」
タカシが大袈裟に驚いている様子を見て、妖精王は不快そうに顔を歪めた。しかし、タカシに対して文句を言うことはなく、私の方に向き直る。
「……自己紹介が遅れました。私は妖精族の王をしておりますガレットと申します。直接お目にかかるのは初めてでございますね。ミューリンとミザルデを保護していただきましたことをお礼申し上げます。魔王メギド様」
「容体は安定したのか? 結構な熱を出していたようだったが」
「我々の治療師が今診ております。妖精は身体がそれほど丈夫ではないので、これで持ち直すかどうかは分かりません」
「そうか……」
確か、妖精族の寿命は長くても10年程だったことを思い出す。
ミューリンが何歳なのかは分からないが、高齢だったとしたらこのまま死んでしまうことも十分あり得るだろう。
「不勉強で恐縮なのですが『嫉妬の籠』という魔道具にミザルデは入れられているようですが、こちらはどうすれば開けることができるのでしょうか?」
「あの黒い籠は、閉じ込められた者が内側から開けなければ開かない籠なのだ」
「それだけならすぐに開いてもいいとは思うのですが……それが全く開かないようです。押しても引いても……」
「あれを開くなら、特別なことをしなければならないからな」
「どのようなことでしょう?」
あまり、言うのは気が進まなかったが私は率直に条件を述べた。
「捕らえられた者が自分の大切なものを差し出さなければ、あの籠の中から出ることは出来ない」
「なんと……? どういうことですかなそれは」
妖精王――――ガレットと、周りの妖精たちは不安そうな表情をして私の方を見つめてくる。
「……『嫉妬の籠』の過去の使用例で言うと、美食家は味覚を奪われ、容姿が自慢の者はその美しさを、研究家はその好奇心を映す目を奪われたという」
「惨いですね……なんの目的があってそんな惨いものを……」
「元々は悪事を働いた傲慢な者の傲慢さを戒める為に作られたと聞いた。だが、使う者が変わればただの拷問道具となり果てたわけだ」
道具自体が如何なるものであったとしても、それを使う者の悪意や善意に左右されて脅威にもなれば、便利なものにもなる。
今回のこれは明らかに悪い使い方だろう。
「しかし、ミザルデはまだ生まれて半年程度の幼児です。何を差し出せと言うのでしょうか……?」
「そうだな……籠自身に聞いてみるしかない。籠には意志があり、その籠自体の嫉妬心から閉じ込められた者の大切なものを奪うらしい」
「籠がに意志があるのですか? お前たち、ミザルデをここへ連れてきてくれ」
ガレットがそう命じると、お付きの妖精たちはミザルデを連れに行った。
誰が作ったのか分からないが、魔道具というものはそう簡単に使用できない予防線なのだろうが、一々その作り手の悪意を感じる。
「ところで魔王様、付近まで馬でご移動されていたと伺いましたが、
「空間転移魔法は身体に非常に負荷がかかるからな。私はそこそこ耐えられるが、家来の方が耐えられない。そういえば……ミューリンも空間転移で私のところまで来たらしい。その負荷が相当にかかっているせいもあって高熱が出ているのだろう」
「失礼を承知で伺いますが、何故人間を家来として連れているのですか? 足手まといにしかならないのでは?」
やはりガレットは人間に対して嫌悪感を抱いているらしい。はっきりと「足手まとい」という言葉を使ってタカシらを見下した。
その言葉にタカシや佐藤、メルも大小はあれど眉間に
「私が家来を連れているのは荷物を運ばせる為――――ではなく、ゴルゴタと戦う為だ。確かに今はただの足手まといだが、血の滲む努力をしてもらう予定でいる。魔道具があれば助力となるだろう」
「今、“荷物持ち”っていう本音が漏れたぞ」
「羽虫は黙っていろ」
私のその言葉を聞いて、タカシは渋い表情をしていた。それを見た私はタカシにはより一層キツイ努力をしてもらおうと考える。
重い荷物を持つことで体力もつけられるのだから一石二鳥だろう。
それに、私の荷物を持てる事をありがたく思うべきだ。私の荷物を持てるということは、この世で最も栄誉なことだという自覚が足りないらしい。
「それで、ここへきたのはミューリンたちを届け、ここにあるという魔道具『風運びの鞭』を借りる為だ。返せる保証はないが、戦いが終わったら返そう」
「『風運びの鞭』ですか……確かにそれはここにあります。ですが、それを渡してしまうと我々が他の者から自らを守る術を失うのです。我々は他の魔族よりも弱き者、戦乱が起こるのであれば尚更手放したくはないのですよ」
厳しい表情をしてガレットは言う。
「では、こういうのはどうだ? この国の混乱が沈静化するまで、結界で妖精族以外はこの場に入れないようにしよう。それならば攻め込まれることもなかろう」
「そのようなことが可能なのですか?」
「私を誰だと思っている。魔の頂点に立つ美しき魔王であるぞ」
ガレットは訝しい表情をしていたが、少し考えた後に覚悟を決めたように首を縦に振った。
「…………かしこまりました。では、お前たち、『風運びの鞭』を持ってきなさい」
「はい、王様」
また別の妖精がその場を離れ、『風運びの鞭』を取りに行ったようだ。
そうしている間に『嫉妬の籠』に入っているミザルデが何人かの妖精によって運ばれてきた。
それを受け取り、中にいるミザルデを見る。状況がよく分かっていないらしく、籠の中で不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
「『嫉妬の籠』よ、ミザルデの何を求める?」
私がそう問いかけると『嫉妬の籠』は私の言葉に答えるように徐々に変形し、手の形となった。その手の指先はミザルデの羽をゆっくりと掴む。
どうやら『嫉妬の籠』の所望はミザルデの羽らしい。
「羽を手放せと言っているようだな」
「羽を……。妖精族にとって羽は命そのものです。それを失うということは、よもや命を求められているも同じ」
ガレットは首を横に振りながら、落胆を滲ませる。他の妖精族も悲し気な表情でミザルデの方を見ていた。
「羽を失った妖精族は、外敵から逃げる術を著しく失い、助かる可能性はかなり低くなります」
「確かにそうだな。では、どうする?」
「他に術はないのですよね?」
「現状はな。詳しく調べることができたら他の解決法もあるかもしれないが、私は他の術は知らない」
「わかりました」
ガレットは少し残念そうにしながらも結論を出した。
「では、ミザルデは処分するといたしましょう」
聞き間違いでなければ、確かにガレットは「処分する」と言った。
私は「妖精族らしい考え方だ」と考え何も言わなかったが、私の隣に座っていた男は勢いよく立ち上がって声を上げた。
「処分するってなんだよ!?」
声を荒げてガレットに対してタカシは抗議する。
黙らせることもできたが、私はタカシの抗議に対してガレットがどう答えるのかということに興味があったので、そのままタカシに喋らせることにした。
「……そのままの意味です。長くは生きられないでしょう。いらぬ労力を割かぬよう、殺すのです」
「なんでそうなるんだよ! みんなで世話していけば生きていけるだろ!?」
タカシのその言葉をガレットは鬱陶しそうに振り払う。
「世話をするにも労力がいる。弱者は淘汰されるのが当然の摂理。なにをそう怒っておられるのですか?」
「こいつの母親は必死に子供を守っていたんだぞ! それをお前ら、勝手に処分するとか、殺すとか、何言ってんだよ!?」
「…………子供ならまた作ればいいのです。1人に固執する必要はないのですよ」
「そうじゃねぇだろ! 母親の気持ちは、この子本人の気持ちはどうなるんだってことを聞いてるんだよ!?」
怒号をあげ続けるタカシを見て、ガレットはかなりの憤りを感じているらしく、目の辺りの筋肉がピクリピクリと痙攣させている。
「お話になりませんね。恐縮ですが黙ってくださいませんか。やかましくて仕方ありません」
「お前がこの子と同じ状況になっても、お前は同じことを言えるのか!? 自分を処分しろって言えるのかよ!?」
声に怒りを滲ませながらも冷静に話をしていたガレットは、ついにそのタカシの言葉に堪忍袋の緒が切れたらしく、怒声をあげた。
「いい加減にしなさい! これは我々の問題ですよ!? あなたのような無力で野蛮で畜生な人間に何ができると言うのですか!? 王とそれ以外は命の価値が違うのですよ!」
「命に違いなんかねぇよ! 生まれてきた命に変わりはねぇだろうが! 俺だって分かるのに、なんでお前ら分かんないんだよ!」
「何も分かっていないのはあなたの方ですよ……人間の尺度を我々に押し付けてこないでいただきたいですね」
「メギド、お前もなんか言ってやれよ! こいつらが間違ってるだろ!?」
「メギド様、魔王であらせられる貴方なら我々の価値観もお分かりになられるはずです。このならず者を説得してください」
タカシとガレットは私に回答を求めてきた。
私は閉じ込められているミザルデを見つめながら「はぁ」とため息をつき、その両名に向けて静かに返事をした。
「そうだな。ガレットの言っていることは妖精族全体の考え方なのだろう。弱者や手負いの者が淘汰されていくのは自然の摂理だ。それを間違っているとは言えない」
「メギド、お前……!」
「最後まで聞け」
「っ……」
牽制されたタカシは険しい表情をして何か言いかけたが、私の目を見て口を閉ざす。
「間違っているとは思わないが、知性や理性のある種族としては短絡的な考えに思う。羽虫は知らないかもしれないが、妖精族は沢山子を作り、その中で強い個体だけが生き残り、そして新たに子を成すという種族なのだ。ガレットが“処分する”と判断するのもそう不思議な考えではない。薄情には思うがな。それは我々の考え方だ」
私がそう淡々と言うと、ガレットはタカシに対して勝ち誇ったような顔をした。タカシは拳を握り込み、納得できなさそうな顔をしている。
「それに、妖精族はここ最近知性的な部分が発展してきたのだ。それに対して人間の道徳心や倫理観を持ちだして振り翳すのも愚かだろう。人間は特に温情というものが発達している生き物だからな。価値観の違いがあるのは種族や育ちの違いがあることも加味すれば当然だ。人間もその昔は子供を間引いたりすることが当然のように行われていただろう? 妖精族はそれが当然だというだけだ」
「でもよ……」
やはり納得できないのか、タカシは「でも」と口にする。
まったく、これだけ私が説明しているのにもかかわらず納得できないというのは困ったものだ。
そう考えている内に『風運びの鞭』が運ばれてきた。持ち手が薔薇の枝でできていて、荊が所狭しとびっしりついている。それを握って使おうものなら手が血まみれになるだろう。
妖精たちはガレットの隣にそっと『風運びの鞭』を置いた。
私は不満そうな顔をしているタカシに向かって、再びため息をつきながらも例え話を用いて疑問を投げかける。
「はぁ……お前は虫が共食いすることに対して、虫に“それは倫理的に許されない”などと一々説法を解くのか?」
私のその言葉に、ガレットは更に怒りを込めた口調で反論した。
「メギド様……いくらなんでもその例えは妖精族に対する差別的な発言に感じるのですが? 我々を虫と一緒にしないでいただきたい」
「勘違いするな。私はお前たちが虫だと言っているのではない。ただ、やっていることは虫と変わらないと言っているのだ」
ガレットは座っていた切り株から立ち上がり、身体と羽を震わせた。その表情は怒りに我を忘れている。
「なんと無礼な……! 魔王とて許さぬ!」
ガレットは『風運びの鞭』を乱暴に掴み、それを思い切り振りぬいた。
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