第34話 『風運びの鞭』を手に入れました。▼




【タカシ】


「うわぁあああああっ……ぁあああああっ……ママぁあああ」


 ミザルデの泣き声が聞こえる。

 何が起きたのか俺は理解できていなかったが、気づいたら俺はメルとレインを抱きしめたまま倒れていた。

 背中全体に鈍い痛みがあるということ以外はどうなったのか分からない。


「っ……てぇ……」

「タカシお兄ちゃん、大丈夫ですか?」

「……あぁ……多分…………」


 背中が痛いのと、頭を軽く打ったのか目の前がチカチカするということだけは分かる。あと、レインを強く抱きしめたせいで、レインの身体の鋭い鱗で手を切っているのも分かった。


「苦しいよ、放して」


 レインにそう言われて手を放すと、バサバサと羽ばたいて地上に降りた。特に怪我はしていないらしい。

 背中の痛みに耐えながら上半身を起こしてメルを見ると、メルは脚に擦り傷を負っている以外は別段外傷はないようだった。

 少し離れた場所に倒れていた佐藤も身体を起こしている。佐藤も無事なようだ。

 自分の頭の後頭部に触って傷がないかどうか確認したが、血などは出ていない。

 尚もミザルデは大声で泣き続けている。


「物騒な魔道具だな。怒りで痛みすら感じないのか?」


 メギドの声のする方を見ると、妖精王ガレットは手から血を流しながらわなわなと震えていた。メギドはというと髪は乱れているが別段外傷があるという訳ではない。


「いきなりなにするのさ!」


 レインが怒って巨大な炎の魔法を、思い切りガレットに向かって放った。薄暗い森の中が一気に明るくなり、近くにいたメギド共々焼き払う勢いだった。

 その巨大な炎はガレットまで届かず、全て上空へといなされた。上へ立ち上った炎は木の上層部を燃やし尽くす。メギドがすぐに消火しなければ森は火事になっていただろう。


「やめろ、レイン」

「だってそいつ、僕らのこと殺そうとしたんだよ」

「じゃれついてきただけだ。そうだろう?」


 メギドがガレットにそう言うと、更にガレットは激高した。


「ふざけるなぁあああっ!!!」


 またガレットが力任せに『風運びの鞭』を振るうと爆風が起こり、俺たちの身体は宙に舞った。軽く4m~5mは身体が上空に浮いて、再び地面に身体を打ち付けることを覚悟する。

 しかし、俺の身体はふわりと下から押し上げるような風に守られて衝撃は緩和された。よく見ると俺たちの周りの木は強風によってなぎ倒されて、木の途中から折れて倒れてしまっている。大木が折れるほどの強風だったにも関わらず、俺たちが無事でいるのはメギドが庇ってくれたおかげだろう。


「はぁ……佐藤、メル、レイン、大丈夫か?」

「はい。なんとか」

「あたしも平気です」


 レインが返事をしなかったので辺りを見渡していると、視界の端から再び爆炎が起こり、物凄い熱量を感じて咄嗟に自分の前に腕をかざして防御の態勢を取る。

 その反対側から大量の水が発生して一瞬にして水が蒸発し、一帯が水蒸気に包まれた。


「やめろと言っただろう。森ごと燃やし尽くすつもりか?」

「攻撃してくるんだから仕方ないでしょ」

「確かに私の美しい髪の毛が滅茶苦茶だ。私の髪型を乱すとは罪深いな、妖精王」


 何度『風運びの鞭』を振るっても、メギドにはどうしても勝てないと悟ったガレットは早々に戦意を失ったようだった。

 しかし、先に自身が武器を出してしまった手前、引っ込みがつかないらしい。


「それを収めるなら、私は大事にするつもりはない。だが、攻撃を続けるならお前が無事でいられるかどうかは分からないぞ」

「くっ……」


 ガレットは『風運びの鞭』を手から放そうとするが、棘がしっかりと手に食い込んでいて中々放すことができない。

 痛々しく血が手の平からしたたり落ちているのを見て「使う時毎回そうなるの……?」と俺は不安に思った。メギドは絶対に俺に使わせようとするように思う。そう考えると、自分の手が傷もないのに痛くなってきた気がした。

 血まみれの手でやっと『風運びの鞭』からガレットは手を放し、降参した。


「座れ」


 メギドが促すと、言われるがままガレットは再び座った。

 身体が震えているのが分かる。メギドが怖いのだろう。仮にも魔の頂点に立つ者と対立したのだから死を覚悟するのも当然だ。

 自身の髪の毛の乱れを払いながら、メギドも再び切り株に腰を下ろした。

 俺たちも恐る恐るメギドとガレットの元へ戻って座る。その間にもミザルデはずっと泣き続けていた。

 先ほどまで俺はガレットに対して激しい怒りを感じていたが、メギドの前に元々小さい身体を更に小さく強ばらせて座る姿を見て、その怒りはどこかへ行ってしまった。哀れにすら感じる。


「何か言う事は?」

「…………妖精族を虫と同じと言ったことを訂正していただきたい」


 ガレットからまず出た言葉は謝罪ではなかった。

 あくまで妖精族をけなされたことに対する謝罪をメギドに求める姿勢らしい。


「ほう。そうだな。確かに違うだろう。虫は私の意見に対して激昂して攻撃したりしてこない。まぁ、私は虫に話しかけたりしないがな」


 そこですかさず、普段虫扱いされていることに対して「俺は?」とつっこみを入れたかったが、流石にこのタイミングでそれを聞く勇気がなかったので俺は黙っていた。

 メギドは籠の中で泣き続けているミザルデを拾い上げ、俺に手渡してくる。恐らく「泣き止ませろ」という意図なのだろう。村で何度か子供をあやしたことがあった俺は自信があった。

 ゆっくりと籠を揺らしながら「よしよし」と言ってみるものの、覗き込んだ俺の顔を見たミザルデは更に大きな声で泣き出してしまった。

 俺が困っていると、メルがミザルデを受け取ってあやしはじめ、ようやく泣き止んだ。……のだが、レインがミザルデを覗き込むと龍族が怖いのかまた泣き出してしまった。赤ん坊は難しい。


「ちょっと、僕を見て泣かないでよ……失礼な妖精だなぁ」

「まだ赤ちゃんなんですから、仕方ないですよ。よしよし。怖くないですよー?」


 メギドはそれを見ていたのだが、俺と目が合うと「役に立たない奴だ」という顔をする。

 それに対して物申したいところだが、メギドは再度ガレットの方を向き直して話を続けた。


「私は別に、妖精族のやり方に対して文句はない。好きにしたらいい。だが、知性や理性を持つようになったのなら、その非情なやり方を変えなければいずれ同族間で内乱が起こるぞ」

「………………」

「虫が何を考えているのか分からないが、少なくとも怒りや憎しみを持って復讐するという発想は持っていないだろう。だが、知恵がつけば怒りも感じるし憎しみも感じるようになる。だからこの羽虫の手のジェスチャーに激怒したり、私の些細な一言に固執するのだ」


 メギドに対してそう諭されて、ガレットは終始険しい表情をしていた。

 それでも、攻撃を与えてきたことに対して謝罪をする気はないようだ。険しい表情をしているだけで何も言わない。


「それで、他に言うことは?」


 再びメギドが催促すると、ガレットは重い口をやっと開いた。


「…………『風運びの鞭』は持って行っていただいて結構ですので、お引き取り願えますか」


 消えそうなか細い声でそう言った。それに対してメギドは諦めたように静かに返事をする。


「……分かった。騒がせてすまなかったな」


 メギドは『風運びの鞭』を掴んだ。棘が手に突き刺さらない程度に握って掴んでいるが、痛みは感じているはずだ。持ち手だけではなく、しなる部分にもびっしりと棘がついている為に、持つ時に必ず棘が手に刺さるようになっている。


「それから、ミザルデを処分するという意向は変わらないという認識でいいか?」

「……はい」

「ならば私の家来にする。文句は無かろう」


 立ち上がったメギドは荒れてしまった森の木々に手をかざし、魔法を発動させた。

 すると、みるみる内に倒木から新たな芽が生え、それが根を張り立派な木として成長した。


 ――こんな魔法もメギドは使えるんだな……


 俺が呆気にとられている間に、あっという間に木が元通りになった。


「お前たち、行くぞ」

「あ……ちょっと待てよ、母親から勝手に引き離すわけにはいかないだろ」

「それもそうだな。……っ」


 メギドがよろめいたので、俺は咄嗟にメギドの身体を支えた。

 服の上からでも分かる程、メギドの身体は冷たかった。

 魔族と言うのは身体が冷たいのか? いや、レインは暖かい。なら鬼族だから? それとも悪魔族だから? そんなことを考えている間に、メギドは俺から身体を放し、歩き出した。


「大丈夫か……?」

「あぁ、少しばかり疲れただけだ。そこのお前、ミューリンに伝えろ。私たちはここから少しばかり南で休憩をすることにする。ミザルデは預かっているから、意識が戻ったらそこへ来いと」

「なんかそれ、脅迫っぽくない?」


 近場にいた妖精にメギドは言付けをして、いつものように俺の上に乗った。


「なんだ、いつもより疲れてるな」

「当然だ。私は繊細なのだ。長旅で疲労している」

「そうか……野宿するのも大変だしな」

「早く馬の方まで歩け」


 メギドに乗られながらも、俺は妖精族の入口の方へと向かった。


 ――メギドはずっと魔王城暮らしのお坊ちゃんだもんな、何不自由ない生活してたところから長旅してたら疲れるよな……俺だって旅なんてしたことないから疲れるし、体力のないメギドには尚更か


 そう思いながら、俺たちはミザルデを連れて馬に乗って少し南を野営地として休息を取ることにした。



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