第32話 新しい名前をつけました。▼




【勇者連合会オメガ支部 地下室】


 勇者に残されていった者たちは顔を合わせると軽く挨拶を交わした。

 青年と老人は互いに裸であるが、両者ともこの奇異な状況の方に気を取られて、裸であることは些細な問題と捕えていた。

 青年は老人の名前を呼ぼうとするが、名前を口にしようとするがどうにも思い出せない。


「……あ……えっと……名前が思い出せない……ごめん」

「私もだ。お前さんの顔は分かるのだが、名前は思い出せないな……困った」


 老人は青年が入っていた卵型の機械を観察し、それにつけられているプレートを発見した。


「『ああああ』と、お前さんの出てきたらしいのを見ると書いてあるな」

「『ああああ』? なんだ、それ……でも、聞き覚えがあるような……」

「私の方は『あああい』と印字されていた。なんだ? 名前か? とても名前らしい名前とは思えないが……一先ず、あいつらを起こしてやるとしよう」


 老人は他の水槽の中に倒れている青年の元に行き、ゆすって起こす。小柄な身体には無数のタトゥーが入れられており、白い肌にはその黒いタトゥーがよく生えている。


「起きなさい。あー……名前がどうにも思い出せない……とにかく起きなさい」

「…………」


 倒れたままになっていた青年は目を覚ました。桃色の目でここがどこなのか、目の前の者が誰なのかということを捉える。

 筋肉質な体系だが、身長はそれほど高くない小柄な青年だった。他の2人と同様に体毛が真っ白になっている。


「げえっ……ごぼっ……かはっ……ごほっごほっ……」


 小柄な青年は口の中に入っていた薬液を吐き出した。吐き出しているときに老人が背中をさすって落ち着かせようとする。

 粗方吐き終わって落ち着いた小柄な青年は、老人に向き直って気づいた。老人が裸だということに。


「うわ、あんた素っ裸じゃん! 服着ろよ!」


 小柄な青年は驚いて声を上げた。


「お前さんも素っ裸だぞ」

「え……? 本当だ! 見んなよ! 恥ずかしいなぁ!」

「起きて早々うるさいやつだな……お前さんはなにか憶えているか? ここがどこだとか、自分の名前や私たちの名前など」

「名前なんか忘れるわけねーじゃん。バカだなぁじいさんは。俺は――――……あー……なんだっけ?」

「お前さんもどうやらバカのようだな」

「はぁ!? うるせえ!」


 小柄な青年の水槽には『あああう』と書かれている。

 もう1人倒れていた者も身体を起こした。この中で唯一の女性で、同じように薬液をひとしきり吐き終わった後に、濡れて肌に張り付いている長く白い髪を鬱陶しそうに払った。

 自分が裸だという事に気づいてもあまりそれを気にする様子もなく、男たちの前に歩み出る。


「……ここは……?」

「目を覚ましたか。おいおい、少しは身体を隠さないか。はしたないぞ」

「あなたたちが見なければいいだけでは」


 やけに冷静な声で女性は言った。この状況にも動揺している様子はない。


「一理あるな……ところで、お前さんは何か憶えていることはあるか?」

「…………回復魔法士ってことくらい。あとは女ってことかな。あなた達の顔は分かるけど、名前とか、何の共通点があって知っているのかはわからない」

「そうか……」


 女性の水槽のプレートには『あああえ』と書かれている。


「察するに、これが名前のようだな。にわかには信じがたいが」

「型番号みたい。呼びづらいから『あ』『い』『う』『え』を取って仮で呼ぼう。『あっくん』とか、『いーさん』とか」


 女性の提案を聞いて、老人は頭を悩ませた。どうにもその呼び方にはしっくりこない。その間抜けな呼び方で呼ぶのも呼ばれるのも嫌だという気持ちが老人にはあった。


「なんとも呼びづらいな。ではその頭文字で始まる花の名前で呼び合うというのはどうだ?」

「花ぁ? なんで花なんだよ。もっとかっこいいのがいい!」

「例えば?」

「例えばぁ? うーん……」

「代替案もないのに否定してくるな。まったく、その馬鹿さ加減は昔から変わらないということだけは分かるのだが」


 呆れたように老人が言うと、小柄な青年は「なんだと!?」と憤りを露わにする。他の者はこのやりとりを「懐かしい」と感じていた。

 名前の件で、初めに起きた青年と女性は老人の意見に賛同した。


「私は花の名前いいと思う。可愛い名前が良いな」

「俺も一先ずはそれでいい。名前より、今は思い出さないといけないことが沢山ある」


 小柄な青年はその提案に不満そうだったが、別段それに抗議することはなかった。

 老人は思いつく限りの花の名前を上げ始める。


「では……『あ』……アイビー、アガパンサス、アケビ、アザミ、アザレア……」

「アザレアか……俺はアザレアにしようかな」


 初めに起きた青年は『アザレア』を選んだ。


「ふむ。では『い』……イキシア、イベリス……私はイベリスにしよう」


 老人は自身で『イベリス』を選択する。


「あざれあ……? いべりす……? 何それ。知らないんだけど」

「知らなくてもいい。『う』……ウメ、ウツギ、ウバユリ、ウルシ……」

「あー……ウツギでいいや」


 小柄な青年は適当に『ウツギ』という名前を選んだ。


「では『え』……エレモフィラ――――」

「それ可愛いね。エレモフィラにする」


 すぐに気に入ったのか、女性は『エレモフィラ』という名前を選ぶ。


「一先ず、仮名として『アザレア』『イベリス』『ウツギ』『エレモフィラ』としよう。名前を思い出すまでそれでいいだろう」

「覚えらんねぇよ……『あっくん』『いーさん』『うーくん』『えーちゃん』でいいじゃん」

「安直だなお前さんは」


 ウツギが面倒くさそうに言うと、イベリスはまたもや呆れた表情で首を軽く横に振った。

 イベリスは名前の話を打ち切って本題に入る。


「ところで、私たちがいるこの場所がどこかは分からないものの、恐らくあの者の関連者に囚われていたと考えているのだが」

「誰か他にいたの? まぁ、でも首に腕に足に全部に枷がついていたみたい。拘束魔法の印までついてるし、囚われていたのは間違いないと思う」

「それに、ちらと聞こえたが“命だけは助けてくれ”なとど言っていたぞ。これはもう疑いようがないのではないか?」


 エレモフィラとイベリスは同意見のようだ。その話を聞いて、ウツギとアザレアも考え込む。


「全然覚えてねぇけど、なんか俺たちって拘束されるほどの悪いやつなのかな?」

「何か共通項があって共に行動していたのは憶えているけれど、何をしたのかということは憶えてない」

「一先ずはここから出ることを優先しよう。それにしても、あの人は帰ってこないな。話を聞きたいんだけど」


 勇者が出て行って暫く経つが、なかなか戻ってこない。

 それもそのはずだ。逃げる為に出て行ったのだから帰ってくるはずがない。


「逃げたのでは?」

「えー……素っ裸でここ出て行くのかよ。恥ずかしいんだけど……」


 ウツギは裸を見られるのが恥ずかしいようだ。

 こんなときでも羞恥心を忘れない様子を見て、エレモフィラは「はぁ」とどうでもよさそうにため息を吐きだす。


「ここに残っているとまた捕らえられてしまうかもしれない」

「それも否定できないな。だが、わざわざ私たちの枷を外したのには何か理由があるのだろう」

「俺が先に出て偵察に行ってくる。みんなは少し待っていてくれ」


 そう言ってアザレアは階段を上って上の状態を確認しに出た。

 恐る恐る地下から出てみると、オメガ支部の中は荒れていて誰も残っていなかった。


「誰かいませんか?」


 呼びかけても返事は返ってこない。

 静まり返っている中、何か拭くものと服を探していると装備品の倉庫のようなものを発見し、そこでアザレアは服を見つけた。

 タオルなどは見つからなかったので、適当な服で体の身体を拭いて、視界に捕らえた着られそうな服を全員の分を持って地下まで戻った。


「誰もいないから出てきても大丈夫だぞ」


 アザレアがそう呼びかけると、全員が恐る恐る外に出てそれぞれ身体を拭いて服を着た。


「だっせー、この服。もっとマシな服着たいんだけど」


 服を引っ張りながらウツギは文句を言った。


「ふむ……他に選べそうにもないな」

「ここから出て町を目指そう。地図があった。恐らく“オメガ支部”と書かれているから今ここにいるはずだ」


 地図上のオメガの町をトントンとアザレアが指さす。


「あ、ここが俺の故郷だってことは覚えてる! シータの町」

「私はローの町ですね」

「俺は……はじまりの村かな」

「私はタウの町」


 アザレアがはじまりの村、イベリスがローの町、ウツギがシータの町、エレモフィラがタウの町の出身らしい。

 全員がバラバラで、一番遠いのははじまりの村だ。オメガ支部は最北端にあるために、仮にはじまりの村に向かうとしたらかなりの時間がかかるだろう。


「情報収集を兼ねてこのオメガの町を探索しよう。何があったのか分かる人物がいるかもしれない」

「さんせーい! 腹減った! シャワーも浴びたいな。なんか変なベタベタ取れないし」

「体制を整えよう。情報収集が先決だ」

「家族も心配……」


 アザレア一行はオメガ支部の中を散策し、武器や防具を調達した。

 持ち主が誰なのか分からないものを拝借するのは気が引けたが、丸腰で外に出て襲われでもしたら大変だったので、彼らは各々が好む武器を手に取った。


「よし、気を引き締めて行こう」


 そうして一行はオメガの町へと繰り出した。


 その後に起こる波乱も一行は知る由もなかった。



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