第31話 “アレ”を解放しますか?▼
【勇者連合会オメガ支部】
ほんの数日前に共に杯を交わしていた勇者たちは次々と魔族の凶牙にかかり、今では数人しかいなくなってしまった。それも、怪我を負っている者も多く、精神的にも肉体的にも追い詰められていた。
「なぁ……もう、アレを出すしかないんじゃないか……?」
勇者の1人がそう口にすると、その場は更に重い空気に包まれる。
その提案はほぼ
周りの反応は案の定、苦虫を嚙み潰したような顔をして渋っている。
「アレを出したら……私たちは殺されるかもしれませんよ」
「でも……もう魔王ゴルゴタに対抗する術がもう……ねぇよ……『えるあ』も『タケノコ』も『理津華』も……全員死んだんだぞ……。これ以上……どうにもできねぇ……!」
男の勇者は「ガンッ!」とテーブルを拳で殴った。
「もうこの際、中立の魔族に応援を頼むというのは? 龍族、天使族、悪魔族、鬼族、魔機械族はこの争いに一切加担していませんよね? 相応の報酬を支払えば、こちらについてくれるかも……」
「“相応の報酬”ってなんですか? 私たちが与えられるものなんて、何もないですよ。せいぜい自らの命と肉を差し出すくらいしかありません。それすらも、彼らにとっては無価値でしょう」
勇者たちはアレを出すことを忌避していた。
それは最終手段だ。それを出してしまったら、最悪の場合に人類がアレに滅ぼされる可能性すらある。
少なくとも直接閉じ込める事に関与している勇者たちは殺されても何らおかしくはない。
「しかし、我々が全滅したらアレを出す人がいなくなります。そうしたらもう手遅れです……もう出すべきなのでしょうか」
「出したらもう再び抑え込むことはできない……諸刃の刃だな」
「拘束魔法を刻み込んだ枷をつけたままじゃ戦いには出せない……かといってそれを外したら制御はできないな……」
「この期に及んでまだ制御しようなんて考えているんですか? 何度か試験的に使ってみようとしたところ、失敗したじゃないですか」
「結局、魔族に殺されるか、アレに殺されるかのどちらかですよ」
「いや……魔族には殺されるだろうが、アレなら殺されないかもしれない」
「はぁ……希望的観測ですね」
全員が再び黙り込んだところで、重い腰をあげて勇者の1人が立ち上がる。
「拘束を解いて、すぐに逃げよう。もう出すしかない。このままゴルゴタが人間を滅ぼし尽くすよりはマシだ」
「……どこに逃げるって言うんですか? 私たちが敵前逃亡をしたらもう戦線を保つことはできませんよ」
「あとはアレがなんとかしてくれるさ……」
全員が不安そうな顔を見合わせて頷いた。
「では……気が進みませんがアレを出しましょう。そしてオメガ支部は一時凍結し、以後の拠点は最寄りのガンマ支部に移します」
覚悟を決めて、勇者たちは厳重にしまわれている箱の中から4つの鍵を取り出した。それぞれ『ああああ』『あああい』『あああう』『あああえ』とタグがついている他には何の変哲もない鍵だ。
その鍵をそれぞれが持って固く閉ざされている地下への扉を開き、勇者たちはランタンを持って降りて行く。
そこはじめじめしていて空気が淀んでいた。
石造りのそれほど広くない地下の部屋には5つの牢があり、空いているのは一部屋だけだ。
各牢の中に一つずつ大きな卵型の水槽が入っており、そこから大小いくつもの管が伸びて複雑な機械に繋がっていて機械音独特の低音が響いている。
「明かりをつけますよ」
勇者たちは地下でスイッチを入れて明かりを灯した。明かりをつけたと言っても物がハッキリ見えるほど明るいわけではない。うっすらと見える程度にしか明るくならなかった。これは、光による刺激でアレを起こさないためだ。
その水槽のいずれにも人間が入っていて眠っていた。服は来ておらず、裸の状態で身体をまるめてその中に入っている。男3人、女1人。
全員が体毛が白く、薄緑色の液体にゆらゆらと中の人間の白い髪が揺れている。中に入っている人間は枷や首輪がつけられており、徹定期的に自由を奪われている状態だ。
「一斉にスイッチを押します……枷を外すのに手間取らないでくださいよ。目覚める前に立ち去ります」
全員がスイッチのカバーにかけられていた魔法を解き、スイッチカバーを開けてスイッチに指を置いた。
「いきますよ。せーの……!」
カション……。
ボタンを全員が押したところ、機械が作動して「ゴウンゴウン……」と大きな音を立てて動き始めた。
勇者一同は冷や汗が全身から噴き出してくるのを感じた。
中の薬液が排出された後、ゆっくり卵型の機械が開いて中の人間たちはぐったりとその場に倒れ込んだ。
勇者たちはすぐさま首の枷、手の枷、足の枷を順番に鍵を使って開けていく。
「開きました。退避します」
「ま……待ってくれ、錆びてるのか……うまく開錠できない……!」
『ああああ』の鍵を持って開けている男の勇者は、手が震えてうまく鍵を回せないでいるようだった。
「ぐずぐずしないでください。早く!」
ガチャガチャガチャガチャ……
懸命に鍵穴に鍵を入れて何度も回そうとするが、気持ちが焦る度にどんどんうまく鍵が回らなくなっていく。
「早くしてください。目覚めますよ」
「手が震えて上手く行かねぇんだよ……!」
勇者たちがもたもたしている間に、鍵を開けようとしている対象者がうっすらと目を開けた。勇者たちは彼の髪の毛が目にかかっていた為にそれに気づかなかった。ひたすらガチャガチャと鍵を回そうと躍起になっている。
ガッ……
男の勇者は腕をしっかりと掴まれた。
「!」
外すのを待っていた他の勇者たちは、それを見て血相を変えて逃げだした。
掴まれた手から腕を振りほどこうにも、しっかりと掴まれていて振りほどこうとするたびに強く握り込まれ、勇者は痛みすら感じた。
「待てよ! 置いていくな!」
その呼びかけも虚しく、勇者は1人取り残された。手が震え、恐怖で歯がガチガチと音が鳴る。
「がはっ……げほっげほっ……! ごぼっ……」
中から現れた人間は口の中から薬液を必死に吐き出していた。その間にも勇者の手は絶対に放さないようにしっかりと掴んでいる。
「ごほっ……ごほっ……あなたは誰ですか?」
「……!」
「………………」
勇者は恐ろしさのあまりに、声が出せなくなってしまっていた。震えて手を振りほどこうと懸命に抵抗する。だが、やはり振りほどくことは出来なかった。
目を覚ました人間はまだ頭がぼーっとしていた。視界もかすんでいて、裸のせいか寒さも感じる。自分が裸なのを見て、自分の髪や陰部の毛が白いことをぼんやりと認識していた。
その者は体毛が全て白いが、アルビノという訳ではない。目の色は青く、澄んだ色をしていた。だが、薬液がまだ抜けきらずに視界が霞んでいる。見た目は20代の青年で、体毛同様に肌も物凄く白い。
首にかけられた枷に手をかけて何度も外そうとするが、それはビクともしなかった。
「これを外してください」
「外すからっ……命だけは助けてくれ……!」
「…………」
ガチャガチャと引き続き懸命に勇者は枷を外そうとする。なかなか外れないものの、勇者は一つ一つの枷をようやく外していった。
そして最後の一つを外し終えた頃、他の水槽から解放された者が目を覚まして勇者に近づいてきた。
その者は男性の老人だった。真っ白な長い髪で無精髭を生やしている。やはり全身体毛が白い。
「…………あー、そこのお前さん、何か服を持っていないか? あと、ここはどこだろうか?」
「え……?」
勇者は老人にそう尋ねられて驚いた表情をした。勇者は色々な「殺されるかもしれない」という以外の不安が湧き上がってくる。
「どうにも記憶が曖昧でな……どうしてここにいるのか憶えていないんだ。一先ず何か服をくれ。あと身体を拭くものだ」
勇者は緊張した面持ちながら、慎重に答えなければならないと考えた。
下手なことを言ったら殺されるかもしれないと思い、言葉を慎重に選んだ。そして、服を持ってくると見せかけて逃げるという方法を思いつく。
目の前にいるアレも勇者のことを見て「誰ですか?」と落ち着いた様子で言った。単に目が霞んで見えていないからそう言ったのかと思っていたが、どうやらこちらも憶えていないらしい。
憶えていたのなら、目覚めて勇者を見た瞬間に殺しにかかってきてもおかしくないからだ。
「わ、分かった。身体を拭くものと服を持ってくるから待っていてくれ」
「あぁ、頼んだ。寒いから早めに頼むぞ」
勇者はおぼつかない足取りで、怪しまれないように階段を上がっていった。
地下から出た勇者は生きた心地がしなかったが、何とか生き延びられたことを感謝した。今、これほどまでに生きていることに感謝したことはない。
勇者は自分の荷物を乱暴に掴み、一目散に勇者連合会オメガ支部から脱出した。
――本当に開放しちまった……これからどうなるんだ? 記憶がないって……使い物になるのか?
――もしかして俺たち、魔王ゴルゴタと並ぶ災厄を呼び起こしちまったんじゃないか……?
――アレを起こしたのは安直な考えだったか……?
後悔しながらも、もう取り返しのつかない状態だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます