第30話 妖精族を説得してください。▼




【タカシ】


 どうしてこうなった?


「だから、この右手は成り行きでなっただけで、別に深い意味はなくて――――」

「ですから、何度も申し上げている通りです。妖精族にとってはそれは威嚇や侮辱を意味するジェスチャーなんです。だから王は憤慨されたのです。私としましても大変不快に思います。すぐに止めていただきたい」

「だーかーらー! くっついちゃってるの! 接着剤で! 好きでしてるわけじゃないの! ここにいる魔王メギドが俺に悪戯したせいなの! 君たちの魔王様のせいなの!」


 状況を簡単に説明すると、俺がキツネさんポーズをしている右手に対して、妖精族たちは怒っている。

 この元凶のメギドはと言うと「そう言えばそうだったような」というような顔をして、自分がしたということについてはしらを切っている。だが、多少罪悪感のようなものを感じているらしく、俺が騒いでいても無理やり口を封じたりはしない。

 無数に飛んでいる妖精族たちは心底怒っているようで表情を歪めている。

 もう夜の良い時間で、森の中は暗かったが妖精族の集落がある場所は光の魔法で明るく照らされていた。木の上に妖精族が住む小さな家がいくつもあり、そこから俺たちの騒ぎを聞きつけた妖精が不安そうな顔をして俺たちの方を見ている。


「魔王様、なんなのですかこの無礼な人間は」

「しいて言うなら新種の虫だ」

「あぁ……虫なら無礼でも仕方ないですね。虫は下等な生き物ですから」

「納得しないでくれる!? どう見ても人間でしょ!?」


 メギドが俺のことをいつもの通り「虫」だと紹介すると、妖精族は更に敵意を俺に向けてくる。妖精族は虫を非常に毛嫌いしている様子だ。

 どう見ても俺は虫じゃないのに。


「虫にしても人間にしても、本当に失礼な連中ですよ」

「人間の中には私たちを虫取り網のようなもので捕まえようとする者もいるんですよ。それに勇者だとか言って魔族狩りをする者が後を絶たないんです。危害を加えてきた者は身ぐるみを剥がして放り出すようにしてますが、中には捉えられて殺され、我々の羽をコレクションしている者もいるのですよ。魔王様はそれをどうお考えなのですか」

「我々は人間に玩具にされているのに、我々は人間に抵抗する術が限られているのは不公平に思うのです」

「そういう点におかれましてはゴルゴタ様を支持している者も少なくないのですよ」


 ここぞとばかりに妖精族は口々に人間への不満を口にする。

 人間を良く思っている者は少ないのだろう。妖精の住む森に入った時から歓迎されていないことは分かっていた。

 高熱を出しているミューリンと『嫉妬の籠』に入っているミザルデを見た妖精族たちは、最初俺たちを犯人だと疑っていたほどだ。


「特に人間の子供は私たちを捕まえて遊ぼうとするのですよ。本当に汚らわしい」

「そうですよ。妖精族のこの羽を汚い手で掴みあげて遊ぶのです。虫の蝶と同じような扱いをするのですよ」

「私たちは蝶よりも美しく上等な種族だというのに。屈辱にも程があります」


 妖精たちはメルに対しても敵意を剝き出しにして罵倒の言葉を口にした。

 メルは最初は「綺麗な羽ですね」と明るい表情をしていたが、妖精族の不満を聞いているうちに怖くなったのか俺の後ろに隠れて怯えている。


「そう殺気立つな。勇者とかいう無職には私も頭を悩ませている。私の城に勝手に入ってきて調度品を盗み、美術品を盗み、家来に暴力を向け、庭を荒らし……本当に野蛮な生き物だ。…………いや、やはり殺気立っても仕方ないな。私も腹が立ってきた」


 自分で言ったことでメギドは苛立ったようで、トントン……と組んでいる腕に自分の指を打ち付けていた。

 勇者の最終目的地は魔王城だ。魔王城から何か戦利品を持って帰ってこようとする勇者は数知れず。その度にメギドの前に着く前に身ぐるみを剥がされて放り出されていると以前聞いたことがある。


「いくら人間との戦争を回避する為とはいえ、人間のような下劣な生き物に凌辱される日々はもうたくさんです。メギド様、御考え直し下さい。この際人間など滅びつくしてしまいましょう」


 その言葉に周りの妖精族は次々と同意していく。

 メギドも無数の妖精族のさざめきに対して顎に指を当て、考えるそぶりをする。もしこれでメギドが「やはり人類を滅ぼそう」と考え直したら話はそこで終わってしまう。人類はそこで絶滅するのだ。

 俺や佐藤、メルはメギドの返事を緊張しながら待っていた。


「苛立つ部分は確かにあるが、その考えには同意できないな」


 メギドはきっぱりとそう言い放った。

 妖精たちはメギドの返事を聞いて騒めき、口々にメギドに対する不満を口にする。


「何故ですか魔王様!?」

「何人かの人間が悪事を働いたとしても、人間全体が腐敗している訳ではない。安易に人間全体を滅ぼそうという考えに飛びつくな。魔族に友好的な人間もいる」

「しかし、人間の王が腐敗している現状、魔族と人間の友好的な付き合いは望みが薄いと思います。今までの人間との争いの歴史から考えれば、いい加減白黒はっきりつけなければならないと思いますが」

「仮に人間を滅ぼし尽くしたとしても、今度は魔族の別種族間で争いが起きる。たった1つの種族だけが生き残ったとしても、その種族の中で派閥ができて争いが起きるだろう。つまり、争いを好む者は常に争う相手を探しているものなのだ。争いをなくすには上手く共存していくか、我慢するか、遮断するか、あるいは世界でたった1人になるしかない」


 妖精たちはその考えにあまり同意できないらしく渋い表情をしている。


「“人間が~”とか“人間は~”とか、大きな括りで考えすぎだ。そのようなことを言い出したら“妖精族は”皆が不躾に魔王城の花を摘み取っていくのか? 私は庭の薔薇の花を勝手に持っていく妖精族を何度も見ていたものでな。“妖精族は”皆が無礼な輩なのか?」


 メギドがそう言うと、妖精たちは青ざめたような表情になり狼狽していた。


「そのような恐れ多いこと、我々はいたしません」

「メギド様に失礼がありましたことは謝罪させていただきます。申し訳ございませんでした。躾の行き届いていない者がした次第にございます。けして妖精族すべてがそういう訳ではございません」

「それと同じであろう。人間も無礼で残忍などうしようもない者もいるが、そうでない者もいる。それを“人間が~”と一括りにして全員殺すというのは乱暴な考えだというのが分からないのか?」


 妖精たちは反省したように沈黙する。俺の隣にいた佐藤もメギドの言葉を聞いて難しい表情をしていた。

 かたや、俺はメギドのその言葉に感動した。


 ――メギド……やっぱりこいつ、いい奴だな……ほんと、こいつが魔王で良かった……


「因みにこの羽虫ハムシは無礼でうるさくて特別役に立つわけではない上に、私の手を煩わせるのが得意などうしようもない奴だが、悪人ではないぞ」

「悪口いっぱい言うのやめて!」


 やっぱりこいつ、悪い奴だわ。

 こんなにすらすら悪口が次から次へと出てくる辺りが悪い奴だわ。先ほどメギドの言葉に感動していた俺を返してほしい。


「ミューリンの応急処置はこの羽虫がしたのだ。そして、ミューリンとミザルデを殺そうとしたのはゴルゴタだ。奴を支持するのは勝手だが、奴は目障りな者は容赦なく殺す残忍な輩だということはよく覚えておけ。今は人間が目障りだから矛先が人間に向いているが、それが妖精族に向かないとも限らないのだぞ」


 そう言われると妖精たちは顔を見合わせて不安を滲ませる。


「この羽虫が妖精の王を怒らせたことについてはすまなかった。羽虫、手を出せ」

「言わなかったけど、羽虫じゃなくてタカシな」


 恐る恐る右手をメギドに出すと、メギドは俺の手に魔法をかけ、くっついていた俺の右手は元通りになった。痛くもなかったし、くっついていた指にも特に違和感もない。

 接着剤は多少指先に付着しているが、俺の指はやっと自由になって握りしめたり開いたりして手の感触を確かめた。


 ――すぐ解除できるじゃないかよ。俺が困ってるのを見て面白がってたな……


 そう内心思ったが、手が自由になったのでそのことには言及しなかった。

 いや、手が不自由になったのはメギドのせいなので直すのは当然なのだが、ほんの少し良いことをしただけでこんなにもいい奴に見えるのは何故なのだろう。


「これでよかろう。もう一度妖精王を呼んでくれないか。あと、人間を見ただけでヒステリックになるなと伝えろ。妖精の声量とはいえやかましくてかなわん」

「……かしこまりました。説得してまいりますので、もう少しお待ちください」


 複数の妖精たちは妖精王を呼びに行く為に森の奥へと消えていった。

 妖精たちから敵意が和らいだ後に、メルは漸く俺にしがみついていた手を緩めた。


「怖かったです……まおうさま、魔族は人間が嫌いなものなんですか?」

「良くは思っていない者が多いだろうな。無関心な者もいるが、憎んでいる者も多くいる。友好的な者も中にはいるだろうが、私はあまり見たことがない」

「こっちの世界でも人間と魔族は仲悪いんだね」


 レインがメルの頭の上で投げやりにそう言う。


「レインのいた世界でも魔族と人間は仲が悪かったのか?」

「魔族と魔女と人間はそれぞれ仲が悪かったよ。僕とノエルは仲良しだったけど、僕も最初はノエルの事は“魔女だから~”って物凄く警戒してたんだ。やっぱり種族間での確執があるっていうのはどこも同じなんだね」


 残念そうにレインは白い尾を左右に振る。ノエルが相当に恋しいのか、レインはよくノエルの話をしていた。

 相変わらず首にかかっている羽のネックレスに反応はないらしく、簡単には見つからない様子だ。いつもその羽のネックレスを見ては寂しそうにしている。


「ねぇ、魔王って混血なんだよね? 魔族は異種族同士でも仲いいの?」

「互いに干渉しないようにしているから今はそれほど目立った争いはないが、天使族と悪魔族は目立って仲が悪いな。かくいう私も天使族は苦手だ。極力関わりたくはない」

「なんで?」

「大昔の争いの遺恨があることを別にしても、やつらは“善意”というものを振り回してくるから苦手なのだ」

「善意ならいいじゃん。いい奴らって事だろ?」


 天使族は人間に干渉してこようとしないので、俺は見たことがなかった。話もあまり聞かない。聖域を形成してその中で生活しているから外部から容易に干渉もできないらしい。


「……魔王として魔族を個々に差別する訳にはいかないが、個人的な意見を述べるのであれば天使族は嫌いだ。関わった結果、ろくな思い出がない。私が関わった者たちが特別悪かったわけではなく、天使族は“救世主メシア”という概念があり、それが背筋が凍る程、吐き気を催す程、まったく理解できない。天使族全体の傾向として私は理解できないのだ」

「それってどんな概念なんだ?」

「話をしているだけで気分が悪くなってきた。もうこの話はしたくない」


 メギドはそう言って天使族の話をするのはやめた。

 どうやら本当に天使族が嫌いらしい。勇者に対してですらここまでの嫌悪感を示さないメギドがここまで嫌そうにするのは珍しいなと俺は感じる。


 ――天使族かぁ……悪いイメージはないんだけどな……旅を続けていれば会うこともあるんだろうか


 そのすぐ後に妖精の王が再び姿を現し、再び話し合いが始まった。



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