第20話 執事からの私信が届いています。▼




【メギド】


 風呂に入ったものの、風呂が狭く翼を伸ばすこともろくにできなかった。

 ここのところ手入れもろくにできていないので、困ったものだ。


 ――なかなか思うようには進まないものだな


 魔王城にいた時は自分の美容に好きなだけ時間を割けていたのに、この状況では難しく、もどかしさを感じる。

 角の手入れ、翼の手入れ、髪の手入れ、肌の手入れ、爪の手入れ……したいことは山のようにあるのに1つもできていない。

 だが、私は手入れをしなくとも美しい。月の光は私を照らし、尚更私の美しさを際立たせていた。鏡がここに無いのは残念だ。

 自分の美しい姿を見ながら葡萄酒でも飲みたいところだが、ベータの町は今酒の類はすべて切らしているらしい。

 それもこれも、全てあの頭の悪い国王が独り占めして飲んでしまったからのようだ。


 ――あのろくでもない国王……酒まで独り占めするとは……


 今度会ったら、一生酒が飲めなくなる呪いをかけてやろうかとすら考えた。


 ――馬鹿馬鹿しい。あんな者のことを考えることそのものが時間の無駄だ


 私が宿のバルコニーで夜風を浴びていると、1匹のコウモリが私の方へ飛んできた。

 バサバサとせわしなく翼をはためかせ、宿の雨どい部分に逆さまにしがみつく。


「………………」


 普通のコウモリであったら私も気に留めなかったが、そのコウモリの首には水色の小さい水晶がついていた。

 その水色の水晶を私は見たことがあった。それに、私は過去に使ったこともある。

現身うつしみの水晶』という魔道具だ。もう片方の対になる『現身の水晶』を持つものと会話をすることができる。

 これは魔王城の宝物庫にあったはずだ。

 故に、これは魔王城からの刺客に違いないだろう。


「ゴルゴタの手の者か? 私の場所が分かってるのなら直接手を下しにくればいいものを」

「……おぉ、そのお声はメギドお坊ちゃま。ご無事ですか?」


 聞き覚えがある老人の声がして、私は驚いた。


「センジュか?」

「左様です。メギドお坊ちゃま。お身体はご無事ですか?」


 センジュは私の執事……ひいては魔王の家計直属の執事だ。

 生まれた時から私の世話係をしている。何でも知ってるし、何でもできる鬼族の中でも私に引けを取らないエリート。

 私が「センジュがいれば」と思った矢先にこうして現れるとは、本当にセンジュはどこかのタカシとかいうアホと違って場をわきまえている。


「私は無事だ」

「ご無事で何よりです」

「センジュこそ無事だったのか。ゴルゴタの凶牙にかかったかと思っていた」

「ほっほっほ、そこまで耄碌もうろくしておりませんぞ。とはいえ、彼はわたくしのことを利用価値があるから生かしているだけに過ぎませんがね」


 やはり、センジュは魔王城に囚われ、ゴルゴタに生かされている身分らしい。


「…………私に連絡してきたのは、ゴルゴタからの指示によるものか?」

「とんでもございません。坊ちゃまが心配でご連絡させていただきました。わたくしの私信でございます」


 どうやら囚われているものの、多少の自由はあるようだ。

 私もセンジュが無事で安堵する。

 ゴルゴタの襲撃の際、センジュも殺されたのだとばかり思っていたので、生きていたことに対して素直に嬉しいと感じた。


「私の場所は何故分かった?」

「ほっほっほっほ……昔からお坊ちゃまをお探しするのはこのセンジュの役目。どこにいても分かるのですよ」

「…………まぁ、センジュの魔法ということで、話をつけておこう」


 昔から、私がどこへ行ってもセンジュが迎えに来た。

 私が魔王城の中、外のどこにいてもセンジュは私を見つけた。何か捜索に特化した魔法があるのだろう。

 それについて聞いてもセンジュはいつも答えない。


「……メギドお坊ちゃま、時間がありません。人喰いアギエラの復活の儀は難航しておりますが、それほど猶予のある話でもありません。彼を止められるのはメギドお坊ちゃまを置いて他にいないと思っております」

「ほう……だが、今私は身体に呪いを受け、十分な力が出せない状況だ。『解呪の水』の場所を知らないか?」

「『解呪の水』でしたら呪われた村から回収済みです。必要でしたらそちらにお持ちしましょう」

「手配できるのか? それなら助かる。どれほどでこちらまで届く?」

「すぐにでも。使いの者に持たせましょう」

「分かった。私はベータの町の宿にいる。そこに使いをよこしてくれ」

「かしこまりました。またご連絡いたしますので、『現身の水晶』はメギドお坊ちゃまがお持ちください。こちらからご連絡させていただきます」

「センジュ、待て。まだ聞きたいことがある」


 今通信を切られたらこちらから連絡していいタイミングが分からないため、私はセンジュを引き留めた。


「そちらの状況が知りたい。どういう状況なのだ?」

「こちらは……人喰いアギエラの復活の為に、各種族の有力者が集められております。ただ……高位魔族の長たちは彼を快く思わない者も多く、徴収になかなか応じない為、彼は強硬手段に出るという話を聞きました」

「ほう。ならばまだ時間もありそうだな。私の力が戻れば今集めている魔道具や家来の力を借りずとも済む」

「家来……でございますか?」


 センジュは少しばかり驚いたような声でそう聞き返してくる。


「あぁ、私が優雅な生活を送るために、人間の美術家を家来にして回っているのだ。魔王城をでたついでだ。人間の生活を視察している。私が魔王城に戻って元の生活に戻った後、美術品を城に飾りたいと思ってな。魔王城は少々殺風景だろう? とはいえ、それどころではなくなってしまったがな」


 メルの絵を壁に飾り、壺師のツボを王室に飾り、私の髪はタカシの髪飾りで飾り、他にもたくさんの美しいものに囲まれて生活する計画を私は立てていた。

 生け花職人や建築家もほしい。服飾関係も充実させたいし、庭師も欲しい。

 その辺りはセンジュが何もかもをしてくれていたが、あまりにもセンジュに全てを任せきっていたように思う。

 確かにセンジュは1人で何人分も仕事をするし、私の知る限りの誰よりも器用だ。

 だが、センジュはセンジュの価値観しかない。

 考えは柔軟だが、どうしても全体的にセンジュのセンスに傾いてしまう。それに対して不満がある訳ではないが、この世にはもっと美しいものが沢山あると、魔王城の外に出て自身の目で直接見て知った。

 それを全て私のものにするのが最終目標だ。


「美術品ですか? ほっほっほっほっほ……メギドお坊ちゃま、いつでも優雅でございますね」

「当然だ」

「ところでメギドお坊ちゃま……魔道具を集めていらっしゃるのですか?」

「あぁ。私の力不足を補うためにな」

「あれはそう役に立つものではありませんが……」

「そうか? 結構便利だと思うのだが。センジュは魔道具のある場所を知らないか?」


 あの役に立たない国王よりも、センジュなら有力な情報を持っているだろう。

 魔道具についての知識は全てセンジュから昔聞いた話だ。

 先人の知恵というべきか、長い時を生きているセンジュは博識で、信頼できる。


「そうでございますね……心当たりはございますが……危険なものですので、おすすめはできません」

「構わない。教えてくれ」

「……しかし、メギドお坊ちゃま。お身体が治れば必要ないのですよね?」


 私に魔道具を使わせたくないのか、センジュはなかなか答えようとはしない。


「身体が治れば魔道具はいらない。だが、保険として持っておきたい」

「では、いくつか心当たりをお教えいたしますが、約束をしてください。非常時以外は使わないということを」

「いいだろう。それほど対価が大きいと?」

「ええ。負荷が大きいものです。使ってほしくはないですが、いざというときにはメギドお坊ちゃまを守るものになるでしょう」

「よい。話せ」


 あまりに負荷が大きいものは家来に使わせるわけにはいかない。

 私が壺師に渡した『炎帝の爪』も強力な魔道具だが、下手をしたら自身の血を吸われつくして命を落としてしまう。

 だが、魔族が襲撃してきても、町の一つ守れるだけの戦力になる強力なものだ。

 いずれ回収せねばなるまい。魔道具は人間の手にあると、大体がろくなことにならない。


「では……わたくしが把握している『時繰りのタクト』『天照あまてらす錫杖しゃくじょう』『風運びの鞭』の場所をお教えしましょう」

「『時繰りのタクト』か。それは欲しいところだな」

「坊ちゃま、それは一番使ってほしくない魔道具です。本当に緊急時以外は使用しないでください」

「なにがあるかは分からないからな。持っているだけなら問題なかろう」

「……かしこまりました。『時繰りのタクト』ですが、今は天使族が所持しているようです。天使族はデルタの町の近くに聖域を作り、住んでいます。素直に渡してくれるとは考えにくいですが……」

「何? 天使族だと……? 厄介だな……それにデルタの町はここから遠い」


 天使族が持っているとなると、一筋縄ではないかないだろう。


 ――寄りによって『時繰りのタクト』が天使族が所持しているとはな……


 ぜひとも欲しい魔道具だが、天使族が持っていると聞いて本当に私は落胆した。

 あいつらに頭を下げなければならないと考えるだけで、国王への苛立ち以上の苛立ちを既に感じる。

 天使族と関わった思い出で良かったものなど一つもない。


「『天照の錫杖』はクシーの町を占拠した魔族が持っていると聞きました」

「どれもこれも分散しているな。集めるのが大変そうだ」

「そして『風運びの鞭』はラムダの町付近の森に棲んでいる妖精族が持っているそうです」

「ふむ……そうか」


 分散している魔道具を、どのように集めるか私は思考を巡らせる。

 近い場所で言えばラムダの町と、ラムダの町の近くの永氷の湖だ。だが、手に入れる方法はまだ考えていない。

 手に入れたところで、所持していることが可能かどうかは分からない。


「坊ちゃまがお持ちになっていたいくつかの魔道具はどうされたのですか?」

「『炎帝の爪』は町を守りたいと言った男に持たせた。『盲目の腕輪』と『嘘つきのピアス』『正直者のピアス』は今も持っている」

「『炎帝の爪』をですか? 使いこなせる器だとメギドお坊ちゃまが認めたのですか?」

「いや……あって間もない男だが、善意の気持ちには偽りはなかった。使い方もリスクも教えたし、あとはやるかやらないかだけだ」

「左様ですか。両ピアスをつけているメギドお坊ちゃまがそうおっしゃるのでしたら、そうなのでしょうね」


 センジュがそう言い終わった後に、何か遠いところで物音が聞こえた。


「……メギドお坊ちゃま、名残惜しく思いますが、申し訳ございません。わたくしはそろそろ失礼させていただきます」

「どうした? 何かあったか?」

「わたくしも監視がついているもので。それでは坊ちゃま、お身体に気をつけてくださいませ。失礼します」


 淡く光っていた『現身の水晶』は光を失くし、それ以降センジュは沈黙した。

 どうやら通信が切れたらしい。

 私は短くため息をつきながら、コウモリから『現身の水晶』を取り外し、自分の首に掛け直した。それと同時に、コウモリにかけられていた魔法も解いてやった。センジュが私の元につかわせる為に、誘導の魔法をかけていたからここまで飛んできたのだろう。


 ――『解呪の水』があれば、魔道具はそれほど必要ない。すぐにでも魔王城を奪還しよう。一時的に家来はこの町に置いて行けばいい


 コウモリはしばらく雨どいにしがみついて休んでいたが、再び闇夜に向かって飛び去って行った。



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