第19話 『雷撃の枝』『縛りの数珠』を入手しました。▼




【メギド】


 私たちは簡易的に作られた大きなテントの中に通された。

 テントの中には簡易的な会議室のようなものが作られていて、最奥には宝の山が築き上げられていた。

 どうやら王城から精一杯持ち出したものらしい。

 魔族が攻めてきているという危機的状況であるにも関わらず、しっかりと宝を持ち出すという強欲さに私は呆れてしまう。


「魔王様御一行、こちらへどうぞ」


 国王の家臣は私たちに対して会議机の椅子を引き、そこに座るように促した。

 私たちは促されるまま引かれた椅子に座る。

 服が服だけに私は座りづらいと感じた。本当にこの服は美しいのは最大の利点なのだが、一挙一動がしづらいところが最大の難点だ。

 この服でさえ勝てなかった国王は本当に動きが鈍かった。その辺の人間の子供の方が、よほどいい動きをする。


「まずは国王様に変わりまして、謝罪させていただきます。この度は私共に度重なる失礼がございましたこと、誠に申し訳ございませんでした」

「お前たちが謝罪することではない。悪いのは王であってお前たちではないだろう」

「しかし、国王様に従い、無礼を働いてしまったのは事実です」

「王には逆らえないものだ。それは忠義であったり、身分的な問題でもある。私も魔王だ。それくらいは弁えている」

「恐れ入ります……」


 改めて国王の家臣と勇者たちは、私たちに向かって深々と頭を下げた。


「魔王様のお付きの方々にお怪我をさせてしまうところでした。本当に申し訳ございませんでした」


 頭を下げている者たちに向かって、タカシはヘラヘラと不愉快な笑いを浮かべながら話を始めた。


「そんな頭下げなくていいよ。結果的にかすり傷も負ってないし。な、メギドも怒ってないし」

「いや……私は憤っているぞ」

「え? まぁまぁ、いいじゃないかよ。メギドのおかげで俺たちは無事だったんだしさ。この人たちには罪はないし。許してやれよ」

「私の生の3分をあんな者の為に使ってしまったことに対して、お前に対して憤っている」


 タカシは私の言った「お前」が自分のことだと気づくのが遅れていた。

 しかし、私の視線に気づいて何度かタカシは瞬きしながら私を見つめる。


「……え? 俺?」

「そうだ。お前がくだらない提案をしたから、くだらない時間を過ごさねばならなかったのだろう。責任をとれ、くるぶし」

「それは足のここの部位! 俺は“くるぶし”じゃなくてタカシ! せめて字数は合わせて!」


 ぎゃあぎゃあといつものようにタカシはせわしなくツッコミをいれる。

 まったく、いつになっても、どこに行っても場をわきまえない奴だ。


「やかましい。お前が口に出すべき言葉は謝罪だ」

「いやいやいや、でもな、あのときはあれがベストだと思って――――」

「言い訳をするな。メルの教育に悪影響だ。悪いことをしたらまずは謝罪、グダグダと言い訳をするな。解ったか? そんなだからお前はくるぶしなのだ」


 タカシは納得できなさそうな顔をしていたが、メルと私の方を交互に見つめ、苦虫を嚙みつぶしたような顔をして目を逸らしながら、やっと口を開いた。


「…………申し訳ございませんでした」

「おい、悪いと思ってないのに謝罪をするな。虫唾が走る」

「どっちなんだよ!? どうすれば納得してくれるんだよ!?」


 タカシは軽く頭を掻きむしりながら私に問いただしてくる。


「自分で考えろ。メル、こういう駄目な大人になったら駄目だ。これは悪い大人の見本だぞ」

「はーい!」

「メル、いいか? こういう横暴な大人になったら駄目だ――――へぶっ! ……水かけんな! くるぶしに水をかけても成長しな――――んー! んーんー!! んー!!」

「あははははは。タカシお兄ちゃんびしょびしょですよー」


 あまりにタカシがうるさいので、私はタカシに水をかけた後、魔法で黙らせた。

 タカシは口を押さえながら暴れ狂っている。

 国王の家臣や勇者たちは顔を引き攣らせてタカシを見ていた。

 こんな品性が欠落している家来をつれていたら、私の品性まで疑われてしまう。


「うるさいのがいてすまないな。それで、魔道具は何を持っているのか聞かせてもらおう」

「はい。私共が持っているのは『雷撃の枝』『縛りの数珠』この2点です。所持しているのはこの2点だけですが、魔道具の場所はいくつか知っております。その情報提供をさせてください」


 思っていたよりも所字数が少ないなという印象を受ける。

 あの強欲の国王であるなら、各地の魔道具をいくつももっているものと思っていたが、どうやらそう簡単には手に入らないものらしい。


「『雷撃の枝』か……何度使った?」

「そうですね……私が知る限りでは3回ほど使用しております。多少の劣化は見られます」

「そうか……では『縛りの数珠』はどういう状態だ?」

「そちらは良い状態で残っております。こちらになります」


 国王の家臣は重々しい箱を2つ、宝の山から出してきた。

 黒く、重々しい箱に入れてあるようだ。

 2つの箱を開けると、白く太い40cm程の『雷撃の枝』と、真っ黒な数珠に赤いふさがついている『縛りの数珠』が顔を見せる。

『雷撃の枝』の方は先端が黒ずんで炭化していて、確かに使用した形跡がある。

『縛りの数珠』はあまり使用した形跡がなく、綺麗な状態で保存されている様だった。


「『雷撃の杖』の方は短くなっているな」

「左様でございます。3度の使用で短くなってきてしまっておりますね」

「ふむ……」


『雷撃の枝』はあと使えて5回、6回というところだ。

 何に使ったのか分からないが、あの国王のことだ。どうしようもないことに使ったのだろう。

 あるいは、どうしようもないことでなかったとしても無性に腹が立つ。

 もはや、あの国王のことを思い出すだけで不愉快だ。

 もう一度手を洗いたい。いや、何度洗ってもあの国王を私の美しい手で叩いたという記憶までは洗い流せない。

 よもや、近距離で同じ空気を吸っていたことすら苛立ちを覚える。


「まおうさま、これはどんな魔道具なのですか?」


 メルは前のめりになって魔道具を見ていた。メルの頭に乗っているレインも興味があるようで見つめている。


「名前の通り、『雷撃の枝』は使えば雷撃を放つことができる。これは使用制限がある使い捨ての魔道具だ。元々はもう少し長かったが、使用する度に短くなっていき、最終的に消滅する」

「こっちの真っ黒の数珠はどんなですか?」

「『縛りの数珠』はこれで相手の動きを封じることができる。ただ、相手を縛っている間は自分の動きも制限される。複数の者を相手にするときは不向きだな」

「魔道具って面白いね。便利道具に思うけど、使うのにはリスクがあるんだ」


 メルとレインは興味津々で2つの魔道具を見つめている。

 使ってみたそうだったが、安易に使用するのは危険なので、使わせるのなら佐藤かタカシだろう。


「これは借りていいのか?」

「はい。お持ちになってください」

「では拝借するぞ。ただ、必ず返せるという保証はないがな」

「戦いですから、それは承知しております。存分にお使いください」


 私はその2つを受け取った。


「ふむ。それで、他の魔道具の場所を教えてもらおう」

「かしこまりました。私共が持っている情報によると『氷結のたま』が永氷の湖の底に、『雨呼びの匙』がミューの町にあるそうです。他の魔道具については此度の混乱に紛れ、盗まれたり、紛失したりしています」


 どちらの魔道具も非情に使いづらい魔道具だ。

 というよりも、使いやすい魔道具というものはないのだろうが……『氷結の珠』は触る物すべてを凍てつかせる宝玉だ。

 レインが制御できれば使えるが、レインにそれほどのことができるだろうか?

『雨呼びの匙』は使うと洪水を引き起こすほどの大雨を降らせる。

 こちらもレインの氷結魔法との併用で強力な武器にもなるだろうが、制御が非常に難しく、もはや制御不可能と言ってもいい。


「そうか……『氷結の珠』は随分前から永氷の湖にあることは把握していたが……私が今欲しているのは『解呪の水』だ。それは持っていないのか?」

「『解呪の水』ですか……申し訳ございません。そちらは持っていません」


 そう簡単に手に入るとは思っていなかったが、『解呪の水』がないということに落胆が隠せない。

 しかし、心当たりがあるならそこへ向かって手に入れる。


「心当たりはあるか?」

「最後に確認されたのは、今や呪われた村と呼ばれる廃村です。ですが、今は……あの周囲も魔族が占拠しておりますので、我々はそれ以上は関知しておりません」

「あぁ……あの村か」

「『解呪の水』なんて何に使うのですか?」


 佐藤が不思議そうにこちらを向いて質問してきた。

 私に呪印がついているということは皆には言っていないので、疑問を持っても仕方がない。


「ゴルゴタという男は私と同様、呪いをかける魔法が使える。いざという時、それがないと面倒なことになったら困るからな」


 と、私は適当に流す。


「それから、戦況はどうなっているんだ?」

「そうですね……侵略に積極的だった魔族は一時後退し、魔王城付近を固めているようです。それでも統率がされていないのか、町を襲う魔族もいます。なんとか……勇者を各町に派遣しているのですが、滅ぼされた町も少なくありません」


 そう国王の家臣が言うと、佐藤は自分の拳を握りしめ、眉間にしわを寄せていた。

 握っている拳がわなわなと震えている。


「その落ちた町のリストがほしい。とは言っても、侵略されているという気持ちで向かった方がいいかも知れないな。私たちは一晩この町で休憩を取る。宿を手配してもらえないか」

「かしこまりました」


 長距離の移動で私たちは疲弊していた。

 食事もろくなものを食べていない。馬も休ませなければ走れない。

 事を急ぎすぎても上手くは進んで行かないらしい。

 先が見えない時はひとつひとつ、自身ができることを確実にやっていくのが一番の近道だと幼い時に教えられた。

 私はなんでも効率の良い方が好ましく思うが、何にしても魔王城にいた頃は私の世話は全部他の魔族がしていた。

 だから、正直、何が効率が良いのかということが分からない。


 ――こんなとき……センジュがいればな……


 一先ず私たちは宿に移動し、そこで体を休めることにした。

 私は非常に疲れたので、テントを出てすぐさまタカシの肩の上に乗った。


「あの……恐れ多いのですが、魔王様。なにをされているのですか?」

「こいつは私の乗り物だ。頭を蹴ったり踏みつけたりして乗る。やってみるか?」

「んー! んー……んー……」

「さ……左様でございますか……私は結構でございます」

「そうか。まぁ、乗り心地は良くないからな」

「んー!! んんんー!!! んー……」


 タカシはぐったりしながらも宿の方へ向かって歩いた。


「佐藤、お前が『雷撃の枝』を持て。お前なら自属性で相性もいいだろう」

「あ……はい、俺で良ければ……。えっと……良かったですね。魔道具が無事に手に入りました」

「楽観視はできない。魔道具はそう簡単なものではないからな」

「『雷撃の枝』って、どういうリスクがあるんでしょうか?」

「消耗品だというだけで、使用者にデメリットのない数少ない魔道具だ。貴重なものだからな、使う場所はよく考えろ」

「はい」


 私が持っていた『雷撃の枝』を佐藤に渡した。

 佐藤は恐る恐るそれを受け取る。

 魔法が自由に使えるなら魔道具など必要ないのだが、いまから魔法の特訓を必死にやったとしてもそう簡単に魔法は上達しない。


「こっちの数珠は……ヨワシ、お前が持て」

「んー! んんー!! んーんーんー!!!」

「“ターカーシー!!!”って言ってるみたいですね」

「ほう。メル、よく分かったな。私にはどうにも虫の言葉は分からん」

「んー!!!」

「一先ず宿についたら色々話がしたいが、私はもう疲れた。話し合いは明日だ」

「…………」


 気持ちが焦っているのか、佐藤は枝を握りしめて渋い表情をする。


「佐藤、急ぐ気持ちも解るが、無鉄砲に突っ込むな。私に特攻してきたときのように負け戦に命を放り出すのは許さないぞ」

「分かっています……」

「んー、んんんんっん。んっんん――――ぷはっ……あー、あー! 喋れるようになった!」

「はぁ……口を開けばうるさいやつだ」

「ことあるごとに俺に水ぶっかけるのと魔法で口をふさぐのはやめろ!」


 真上を見上げて私に対してタカシは抗議してくる。


「そんなことを言う為に唸っていたのか」

「ちげーよ! 佐藤に向かって“焦るな”って言ったんだよ。急いては事をし損じるって言うだろ?」

「ありがとうございます……頭では解っていても、どうにも俺は突っ走ってしまうタイプなので……すみません」

「良いってことよ。つーか腹減った……早く飯にしようぜ。みんな腹減ったろ?」

「あたしお腹ペコペコですよー」

「僕もお腹空いた! 肉が食べたい!」


 私たちは宿につき、食事を済ませ、個別でそれぞれの時間を過ごすことにした。

 明日になったら出発しなければならないだろう。

 それまで、しばし休憩だ。



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