第6話 新規勇者が登録されました。▼




【メギド】


 私は不満だった。

 いや、不満しかない。


「なんでお前と私が同じ部屋なのだ」


 私は腕を組み、目の前のを見下ろす。

 宿があまり美しくないということを差し置いても、私が虫と同じ部屋で眠らなければならないことに、不満と落胆の色を濃く滲ませる。


「仕方ねぇだろ、ツインの一部屋しか空いてなかったんだから」

「なぜ私がこんな虫が這いまわる中で眠らないとならない。なら、お前は外で寝ろ」

「その這い回る虫って俺のこと? 俺のことだよな?」

「ほかに何の虫がいるんだ」

「だから、俺は虫じゃねぇ!」


 タカシは「自分は虫ではない」と必死に主張する。


「ほう、では虫とお前の明確な違いを説明してみろ」

「何もかもが違うわ!」


 その宿は質素なつくりではあるが清潔感はある。私は天蓋付きのレースのかかったベッドでいつも眠っていた為、その庶民的なベッドはなんだか慣れない。

 そもそも硬い上に、なによりも“自分専用ではない”ということが慣れなかった。

 なんでも城にいたときは“自分専用”だった。

 ベッドも、本も、食事も、服も。

 いくつか自分のものではなかったと言えば、歴代の魔王に使える執事と、歴代の魔王が座っている王座の椅子、それから……――――


「俺は馬を手配したから、もうお前に乗り物にされないからな? いいな? 俺は乗り物じゃないからな?」

「お前は虫型の乗り物だ」

「せめて人型にして! っていうか、お前な、重いんだよ。成人男性一人を乗せているってだけでも重いってのに、ジャラジャラアクセサリーつけて、余計重いわ」


 ……それから、この私の完璧に美しく官能的な首筋についている、ネックレスだ。

 そのネックレスは血のような赤く小さい数珠が連なっており、中央には銀の六芒星に十字のくぼみがついている。

 これは私だけのものではない。


「お前には到底価値の解らない代物だ。例えるなら、お前の命……無限にあってもこの価値に代えられない」

「命の方が重いって思わない? ちょっとは思わない?」

「思わないな。そんなことよりもお前は髪飾りを早く作れ」


 タカシには私への献上品の髪飾りを作らせている途中だった。

 時間がかかるのか、なかなか完成しない。

 素材は布と糸と、髪を留めるためのわずかな金属部品だけだが、モチーフとしてはダリアの花だということは解る。緻密な手作業で一つ一つ花びらをつけていっていた。

 他には私の乗り物になるくらいしか取り柄のない男だが、髪飾りを作る才能だけは認めてやってもいいだろう。


「素材がなければこれ以上作れないんですけど?」

「なら買ってくるなり、拾ってくるなりして調達してこい」

「そんな金がないんですけど!?」

「薄汚い上に、金にも汚いとは、お前は本当に……ゴミにたかるハエのような男だな。ハエよりも特徴がないのが難点だが」

「ハエよりも特徴あるだろうが!?」


 ハエと違うところと言えば、圧倒的に遅いということくらいだと私は考える。


「とは言っても、私も金銭は持ち合わせていない。お前、元手なしに何かして稼いで来い」

「…………お前が肩に乗ってることに投げ銭してもらえば稼げるかもな」

「つまり、私が存在しているだけで称賛と羨望の眼差しを受けると。解ってきたな、お前も」

「ちげーよ!!」


「はぁ……」とタカシはため息をついて持っていた荷物を隣の机に置き、自分の髪留めと髪飾りを外して同じように置く。

 そしてベッドに身体を投げ出した。腕を頭の方に組み、靴を脱いで脚も投げ出す。

 まだ日も落ちて時間も経っていないのに、だらしない男だ。


「メギドはなんで俺たちの村なんかにいたんだ? そんな傷だらけで。今までは魔王城にずっといたんだろ?」

「……私には私の事情がある」


 私は包帯だらけの自分の身体に触れる。まだふさがり切っていない。思っていたよりも傷は深かったようだ。

 タカシは一度倒した身体を起こし、ベッドの上で胡坐をかいて私に向き合う。


「教えてくれてもいいだろ? 訳も解らず俺はお前の家来にさせられて、これから魔王城に行くんだから」


 眉間にしわを寄せて、私に向かってそう不満を述べた。


「城につけば解る。詮索してくるな。知っているぞ、そういう男は女に嫌われると。だから恋人もおらず、無職なのだ」

「やかましい! それに無職じゃねぇし! 髪飾り作ってんだろ!?」

「ああ、そうだったな。今は私の奴隷だったな……いや、奴隷は職業ではないぞ? 無職から更に下の階級だな、お前は」

「どんどん下げて行っているのはお前だろ!?」


 タカシは再びベッドに身体を倒した。


「しっかし、何の準備もなく村からでてきちまったけど……この先大丈夫なのか? 金も本当に少ししか持ってないぞ」


 今は私が勇者を退治した例に無料で宿に泊まれるようになっている。食事も出してくれた。

 食べる物も事欠く町の有様なのに、私とタカシの為に用意していた。


「お前が『結界の魔法』で村に勇者が入れない結界魔法を張ったから俺はついてきたんだぜ? じゃなかったら……出られねぇよ。家族が心配だ」

「結界魔法など、私には造作もないことだ。なぜなら私は最高におくゆかしく美麗な魔王なのだから」


 村を出る時に、私はこの大して役に立たないタカシと引き換えに、勇者から二度と略奪を受けないように取り計らってきた。

 はじまりの村には弱い勇者ばかりが立ち寄る。指一本結界の中に入れられないだろう。


「お前は村を出るときに、色々準備してきたのではないのか? 現に手荷物を背負っているではないか」

「あぁ……大したもんじゃない。なけなしの金と、母親の形見の髪飾りと、細工用の道具と、少しの食糧しか持ってねぇよ」

「母の形見の髪飾り?」

「あぁ。これだよ」


 タカシの持っていた貧相なボロボロのふろしきから、厳重に布に包まれた髪飾りを出してくる。

 それはまるで、本物の花のようであった。

 真紅の薔薇を引き立てるようにマーガレットやナデシコ、キンモクセイなどが使われている。全体的に明るい色の髪飾りだ。

 本物の花ではないのに、本物のように見えた。

 香りはしないが、今にもその花々の香りがしてくるようにすら感じる。


「これは見事だな。お前が付けているものよりもずっといい出来栄えな上に美しい」

「お……俺だって母親に追いつきたくて頑張ってんだぞ!」

「ほう。追い付くだけか?」


 私の言葉を、タカシは理解していないようで首をかしげている。

 鈍い男だと私は感じた。


「私の家来になったのだから、この世で1番の髪飾り職人となれ。私の家来に2番目はいらない」


 追い付くだけではなく、追い越して1番になれと言った私の言葉に、タカシはようやく理解が追い付いたようだった。


「言われなくてもそうなってやるからな! そうしたらお前、俺のことを“虫”だの“乗り物”だの言わせないようにしてやるぜ」

「ふん……せいぜい精進しろ」


 タカシは大事そうに髪飾りを包み、再びふろしきに戻していった。


「……男で髪飾りなんて……変だとメギドは思わないのか?」

「美しさに性別などというものは関係ない。優美なことが絶対的正義だ。だからお前は絶対的な悪だ」

「俺の容姿をさらっとけなすな! そこまで悪くねぇよ!」

「そうだな、10段階評価で言うと、1未満だ。0.00001くらいだ」

「全然10段階じゃなくなってるぞ!?」

「私の家来ならば、まずそのみすぼらしい恰好をなんとかしろ。特に肩のところ、汚れているではないか」

「お前が散々足蹴にして乗ったからだろ!!」

「まだ私は回復しきっていない。だから乗り物が必要だ。いくら私が華麗なる魔王だからと言っても、回復魔法なしに簡単に回復などしたりしない」

「回復魔法か……確かに、選ばれた存在しか使えないんだよな」

「当たり前だ。死者を蘇生させるほどの力が乱用されたら困る」


 回復魔法を極めし者は、死者を生き返らせることすらできるという。しかし、その域に達した者を私は見たことがない。

 限りなく少ない才能である上に、その蘇生には大きな代償が付きまとう。

 死者の復活は自分の寿命と引き換えになる禁断の魔法らしい。だから誰も使いたがらないと聞く。

 そこそこの回復魔法士ですら重宝されるというのに、それだけの才能があったら命を狙われるだろう。


「なぁ、本当にメルを連れていくのか?」

「連れていく。本人が同行したがっているのを、お前が止める権利があるのか?」

「まだ子供だぞ? 魔王城に近づくにつれて、強い勇者も沢山出てくるだろうし……」

「勇者など、私の指先ひとつで全滅させてやる」

「…………お前は、殺さないようにしてるが……勇者は俺たちを正面から、あるいは背後から殺す気でくるんだぞ? メルが人質にでもされたら……」

「おい、お前。もしかして、少女性愛者ロリータコンプレックスか? 自制心が利くかどうか不安に思ってるのか? 安心しろ、お前の自制心が効かなくなったら――――」

「俺を勝手にロリコンにするな!!」

「お前と話していると疲れる。もう寝ろ。明日出発だ」


 私はタカシに背を向け横になった。

 タカシは何か言いたげだったが私が横になったのを見て、ため息を吐きながら部屋を明るく灯していたカンデラの中の蝋燭の火を消した。


 ――……まだ動きが解らない。何にしても、空間転移をするにはまだ身体の負荷が大きすぎる。万全の状態にならなければ……しかし、戻らない方がいいのか……? いや……問題を先送りにするだけだ……


 色々なことが頭によぎる。


 ――今は回復をしながらも、身体を慣らしながら勇者を倒して回るしかない……はどう動くつもりだ……?


 ――70年ぶりに魔王城の外に出てみたが、色々と変わっているものだな……人間と関わりを断っていたが……色々考える余地はある……


 目を閉じると、家族のことを思い出す。


 ――母上……


 それ以上考える間もなく、私は眠りに落ちた。




 ◆◆◆




【勇者連合会 ゼータ支部】


 全身に買ったばかりの安い防具を持てるだけの金で買って、装備している一人の若い男がいた。

 涙を流しながら勇者連合会ゼータ支部に訪れる。

 涙を流している姿は、まるで神聖なものであるかのようだった。一つ、また一つと涙の雫が床の大理石へと落ちていく。


「ここで……勇者登録ができると聞きました……」

「できますよ。でも、今はお勧めしません……今、魔王城付近では魔族が大荒れらしいですし、勇者として駆り出されて戦いに差し向けられます。今までの楽な勇者とは訳が違――――」

「構いません……! 俺は魔王を倒すべくここに登記しにきた……魔王を殺す……! 絶対に!!!」


 その男の覇気に気圧されたのか、登記者は渋々登記簿を出してきた。


「そうですか……ここに、本名とセカンドネームを書いて、それから血判を捺してください。本当は試験とか、審査とかあるんですけど、今は猫の手も借りたい状況なのでね」


 男の勇者としてのセカンドネームは『佐藤』。おざなりな登記に、「本当にこれでいいんですか?」と佐藤は確認された。


「俺の名前なんて、どうでもいいです。俺は魔王を討つ……!」

「…………そうですか」


 そして佐藤は親指で血判を捺した。


「はい、おめでとうございます。あなたは勇者です。勇者というものについて聞きますか?」

「いいです。魔王を倒すものである以上でも以下でもないですから」


 佐藤は泣きながら勇者連合会を後にした。


 ――絶対に、絶対に俺は魔王を殺す……絶対に許さない……!!


 怒りの炎は佐藤の心を焼き尽くしていた。




 ◆◆◆




【タカシ】


 出発当日、俺はメルを迎えに行った。

 小柄な体に抱えれないほどの大きなリュックを背負って、重そうによたよたと歩いていた。

 かと思ったら逃げるように走り出す。


「――――ちょっと、話はまだ終わってないのよ!」


 そういいながら追いかけてくる祖父母の言葉も虚しく、メルはさっさと逃げるように先に行ってしまった。

 そしてその場に残された俺と、親御さんの目と俺が目が合う。


「あ……ごめんなさい。急なお話で……」

「可愛い孫が魔王様の家来になったと聞いて、嬉しいやら恐ろしいやらです……本人はもう行くんだと言ってききません……」

「どうか、せめて身の安全だけは……」

「それは大丈夫です。この俺と、魔王メギドが必ず守りますから!」


 不安をぬぐえない表情をしていた。

 それを知ってか知らずか、メルは逃げるようにメギドの方へと行ってしまう。


「…………ときどきは、帰ってきてくださいね。心配してるので」

「わかりました」


 俺は一礼し、祖父母が心配そうに見送る中馬小屋に向かった。


「乗り物のお兄ちゃん、馬で移動するの?」

「俺は乗り物のお兄ちゃんじゃなくて、タカシだ。解ったか? タ・カ・シ?」


 メルは全く悪意がないようで、俺がそう言うと笑っていた。


「馬の乗り方は解るか?」

「はい、ときどき乗ってましたから」


 そう言ってメルは小柄な体を軽々と馬に乗せる。馬もそれほど大きい馬ではなく、小柄な馬だった。


「ふむ。これは確かにお前よりはいいな。なんといっても、お前よりは賢そうだ」


 メギドの馬の乗り方がおかしい。

 俺に乗るのと同様に仁王立ちで馬のくらに立っていた。


「馬の乗り方おかしいだろ!? 馬っていうのは、こうやってまたがって乗るんだよ!」

「“またがる”などという格好の悪いことはできない。それに、馬を乗り物だと決めつけるというスタンスが気に入らない」

「俺を当然のように乗り物にしてたお前が言うな!」

「馬だってタワシに乗られたくないと思っているに決まっている」

「タカシだ! そんなことはねぇよ。なぁ?」


 ポンポン……と馬の首元を軽く叩くようにすると、馬は「ヒヒィイイン!」と身体を起こし、俺は簡単に落馬した。

 俺の身体は背中から地面にたたきつけられる。


「いってぇ……」

「ほら見ろ。私の馬は私を乗せていることに対して、これからの馬生を誇りに思っているというのに」


 ブルルッ……メギドを乗せていた黒い身体の馬は息を吐き出す。


「イタタタ……なんでだよ……」

「大丈夫ですか?」


 メルはそう言いながらも軽々と馬を乗りこなしている。


「はぁ……女子供に劣るとは……本当にどうしようもない虫だな。さしずめ馬もお前が自分にたかる害虫だと思って振り払ったに違いない」

「ただの虫から害虫に降格!?」


 俺たちは次の町へと向かうべく、出発した。

 が、俺が馬に乗りこなせないせいで出発は難航。


 メギドに俺は散々と罵詈雑言を吐かれ続ける、波乱の出発となった。



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