第5話 『メル』が家来になりました。▼




【アルファの町 タカシ】


 俺は不満があった。

 というか、不満しかない。

 俺の肩を足蹴あしげにして悠々と立っている魔王メギドは、日傘をさしながら町の様子を見ていた。

 昨日勇者を追い払ってから、町の人間はメギドが絵画を探していると全員が聞きつけて、腕に自信のある画家が全員路上に自分の絵を出している。


「魔王様! 是非私の絵を買ってください! 御代は結構ですから」

「魔王様こちらもどうぞ!」


 町の人々は笑顔で手を振りながらメギドを呼び込もうとしている。


「相当お前に絵をもらってほしいみたいだな」

「ふむ。殊勝な心掛けだ」


 メギドはあくまで俺から降りるつもりはないらしい。

 しっかりとバランスを保ちながら俺の肩に乗っている。

 重い。


 ――完全に俺を乗り物にしやがって……


「おい、下僕。もっとゆっくり歩け。まったく、ブレーキ機能がついていればいいのにな……そうだ。お前の頭を1回踏みつけたらブレーキの合図というのはどうだ?」

「俺をなんだと思ってんだよ!?」

「乗り心地も悪い、遅い、やかましい、最悪の乗り物だと思っている」

「せめて生き物扱いして!」


 メギドはいつも通り俺をおとしめながら、言った通り俺の頭を踏みつける。


「…………」


 俺は不本意ながら足を止める。


「あの絵を見たい。近くに寄れ」


 ――駄目だ。こいつには何を言っても無駄だ……


 肩を落としながら俺はメギドの方を見上げる。


「早く行け」

「俺はお前の下にいるんだから、見上げないとお前の“あの絵”がわかんないだろうが」

「そんなものは気合いで悟れ」

「無茶苦茶言うな!」


 俺は絵には詳しくないが、メギドが指さしたその絵画は、まるで風景を切り取ったかのようにリアルな風景画だった。

 グレーヘアのそれなりに身なりの良い初老の男性がその絵画を出していた。


「魔王様、足を止めてくださってありがとうございます」

「足を止めたのは俺なんだけど」

「乗り物は黙っていろ」

「俺は乗り物じゃねぇ!!」


 何度目か解らない「乗り物ではない」という否定をした後に、メギドは俺からバサバサと大きな翼をはためかせ、レンガづくりの床にトン……と足をおろす。

 まさに肩の荷が下りて、俺は首を押さえて肩を回した。


「これは見事だな。私の城に飾ってもいいだろう」

「俺が見てもすげぇ。これ、あんたが描いたのか?」

「そうです。もう30年風景の絵を描き続けてます」

「30年も!?」

「ほう。ではプロフェッショナルというわけだな」


 長い髪を垂らしながら、メギドはその大きな風景画を眺める。


「魔王様のお城の絵を、是非私に描かせてください。魔王様はこの町の英雄です。なんなりとおっしゃってください」

「…………そうだな。考慮しておこう」


 が再び俺にのしかかった。


「おい、次はあっちだ」


 あっちと言われてもどっちなのか解らない。

 それに、もう乗られることになれてしまった俺は「乗るな!」とツッコム気力もなく、ため息をついた。


「………あっちって、右とか左とか言ってくれよ。せめて」

「私が向いている方にお前は行けばいい。そうだな、アクセルの合図は何が良い? 頭頂部を1回踏みつけるのがブレーキなら、後頭部を蹴るのがアクセルということでどうだ?」

「普通に口で言えばいいだろ!?」

「いちいちそんなくだらないことで私のバラ色の吐息をこの世に送り出すことに対して気が引けるものでな」

「くだらないって言うな!!」


 後頭部を蹴られたくないので俺はメギドが指した方向へ歩く。

 メギドが町を見て回っていると、小柄な少女が駆け寄ってきた。髪が長く、頭に赤いリボンをつけているのが印象的だ。

 見たところまだ10歳にも満たないほどの歳だろう。


「まおうさま! あたしの絵見てください!」


 そういって頭の上に絵を掲げ、必死に見てもらおうとしていた。

 その絵は今まで見回っていた画家たちと比較すると、まだつたないが幼いながらにかなり絵が上手い印象を受ける。

 描かれているのは清楚な女性だ。黒を基調としたロングドレスを纏っている姿が清楚さをかもし出している。


 ――母親だろうか?


 万遍の笑みで描かれていて、生き生きしている。今にも紙の中から笑う声が聞こえてきそうだった。


「ふむ……中々の才能だ」


 再びメギドは俺の肩から降りる。


「これは伸び代があるな。よし、お前を私の家来にしてやる」

「やったー!」


 飛び跳ねて喜ぶその少女は、描かれている女性と同じく万遍の笑みを浮かべていた。

 俺はてっきり、あの30年風景画を描いている人を「家来にする」と言い始めるのかと思っていただけに、衝撃を受ける。

 家来にすると言った少女を、これから連れて歩くつもりだろうか?


「メギド、まだ子供じゃないか、家来にするなんて危ないだろう」

「ならお前が肩にでものせておいて守ってやれ」

「お前がいつも乗ってるだろうが! これ以上乗せようとするな! 大道芸人か!?」


 俺は少女の目線と同じ高さになるように膝を折ってしゃがんだ。


「いいかい? この恐ろしい魔王の家来になんてなったら、大変なことになるから、やめておいた方がいい。親御さんも心配するだろうから」

「心配いらないよ、乗り物のお兄ちゃん」

「乗り物じゃねぇ! タカシだ、タカシ! 俺はタ・カ・シ!!」


 必死にそう訴えると少女は可笑しそうに笑った。


「とにかく、親御さんに断りをいれないと……」

「だから、心配いらないよ。タカシお兄ちゃん」


 少女はフッ……と笑顔を少し曇らせた。


「お父さんとお母さん、死んじゃったから」


 そう言われたとき、俺は言ってはいけないことを言ってしまったことに対する申し訳なさよりも、自分の母親のことを真っ先に思い出した。


「食べ物なくて……ゆうしゃが全部持ってっちゃったから……あたしだけ生き残った」

「あ……えっと……ごめんな……」


 我に返った俺は少女に謝った。

 少女は首を横に大げさにふる。「ううん、大丈夫」と添えながら。


「だからね、まおうさまにゆうしゃをいっぱい倒してもらって、世の中を平和にして、絵をいろんな人に買ってもらって、お金たくさん稼ぐ!」


 現実的な夢を持っている少女に、俺は呆気にとられた。


「そうか。志が高い者は家来には必要だ。お前、名前はなんという?」

「あたしはメルです!」

「そうか。メル、旅支度をしろ。次の行く先を決めたら出発する。家はどこだ?」

「はーい! 家はこっちです!」


 メギドが俺の名前を散々いじり倒すのに対し、メルという名の少女をすんなり呼んだことに俺はツッコミをいれたかった。

 しかし、俺はメルの両親が死んでしまったということに対して、暗い気持ちになっていた。

 当然のようにメギドは俺の肩に乗るが、それについて何も反論はなかった。

 頭の中で自分の母の姿が何度も何度も浮かぶ。


「おい下僕、何を暗い顔をしている」

「……そこからじゃ、俺の顔なんか見えないだろ」

「お前が暗い顔をしていることくらい、見なくても解る」


 メルは走って先に行って手を振っている。「早く早くー!」とはしゃぎまわっていた。


「あんな子供まで、勇者の餌食になる世の中だということだ」

「…………そうだな」


 ガッ……


 後頭部を蹴られた。それも比較的強めに。


「いってぇ! 蹴るなよ!」

「辛気臭いぞ。腐乱死体以下の匂いがする。さっさと走れ」

「走ってほしいなら口で言え! 蹴るな!」


 俺はしぶしぶ走ってメルの方へと向かった。


 メルが止まっていた家の前につくと、メルは扉を開けて俺たちを歓迎する。

 相変わらず村民や町民は、裕福とは言えない家だった。壁はボロボロだし、雨漏りがするのかバケツが床にいくつか置かれている。

 中に入るといくつもいくつも絵が飾られていた。下手な絵から徐々に上手くなっている様子がうかがえる。

 ボロボロの壁を隠すように、沢山の絵が貼られていた。

 動物の絵が多いように感じる。


「どうやって生活しているの?」

「おじいちゃんとおばあちゃんが時々来てくれるよ」

「そっか……」


 家に入ると同時に俺の肩から降りたメギドは、貼ってある絵を顔を近づけて見ていた。


「メル、これは全てお前が描いたのか?」

「そうですよ!」


 腰に手を当てて、メルは得意げな顔をする。子供らしい笑顔だった。


「何枚か、魔力を感じる絵がある。お前は何か魔法が使えるのか?」

「まほうは使えないですけど、ふしぎなペンは持ってます」


 メルが持っていた鞄から、1本のペンを取りだした。

 そのペンは真っ白を基調に金の縁取りがある高級感のあるペンだった。

 ノックする部分になにやら目のようなモチーフの何かがついている。


「見ててくださいね?」


 メルが白紙の紙に簡単に生き物の絵を描く。何を描いているのだろうかと見ていると、それは猫のようだった。

 あっという間に描けて、美しい曲線の際立つ白猫が描きあがる。


 すると、紙がなにやら動き出した。


「ほう……」


 メギドは感心したようで、腕を組みながら片方の手を口元に当てる。


「にゃーん」


 具現化して飛び出した猫はピタリと着地し、毛づくろいをする。普通の猫とは明らかに違うが、それでも猫だと認識できる。

 メルはその白猫を抱きかかえた。毛並みもきちんと猫のようで、暖かそうだと感じる。

 猫も嬉しそうにメルにすり寄る。

 まさにどれをとっても完璧に猫のしぐさだ。


「それは魔道具だな。お前のような子供が持っているとは」

「魔道具ってなんだ?」

「お前の脳はセミの抜け殻のようだな」

「中身がないって言いたいのか!? そうなのか!?」


 せめてセミにしてくれ。

 中身があるから。


 そう思った後に俺は落胆する。


 ――結局俺は虫だった……


 一層落胆しているとき、メギドは俺をいつも通り無視して話し出す。


「魔道具というのは、魔力を持っていない者でも魔法を使えるようにする道具だ。道具によっては様々な効果がある。これは描いたものを具現化する魔法の筆だ。時間がたつと消えてしまうがな」


 メギドにそう説明され、俺の目は輝いた。

 子供のころに思い描いたかっこいい魔族の友達も描ける。そうしたらにぎやかでいいじゃないか。

 そう思うと俺はわくわくした。


「へぇ。俺にも書かせてくれよ。貸してくれない?」

「いいですよ」


 メルは俺に紙とペンを渡してきた。


 何を描こうか。

 よし、ここは手始めにメルと同じ猫にしよう。


 意気揚々と俺は描いた。俺はペンを走らせていく。

 三毛猫にしようと身体の渕には模様をいれる。


「よし!」


 これは自信作だ。


「………………」


 メギドとメルは何も言わなかった。

 そしてメルのときと同じように紙が動き出した。と、言いたいところだが、なんだか出てくるのが困難なのか、ぎこちない動きでそのは出てきた。


「おぉおおお!! すごい!!!」


 俺が歓喜の声をあげているさ中、紙からズルズルと出てきたは確かにメルよりも下手なことは認めるが、それでも俺の自信作だった。

 誰がどう見ても、これは猫だ。

 そう言わざるを得ない。


「ぐぇえええ……ぐぇえぇ……」


 そのは鳴く。


「…………念のため聞くが、何の生き物を描いたのだ?」

「んなもん決まってるだろ? 三毛猫だ」

「……お前の眼は物を捉えるときの光の屈折がおかしいらしい。間違ってもその筆で私の絵を描くなよ? 解ったな?」


 俺が描いた猫は関節が無く、ふにゃふにゃと身体を動かしている。動いている猫として捉えると、確かに目の位置や大きさが不釣り合いになってしまっているようにも見える。

 そして一番大変そうだったのが、その足が1方向にしか向かないような奇妙な脚。バタバタと暴れるようにして前進していく。


「ぐぅええぇ……」

「なんか……変な鳴き声でないてますよ……? 動きもなんだか……カクカクしてます……怖いです……」

「そうか? 俺は結構うまくかけたと思うけどなぁ」

「二度とこのようなバケモノを描くな。描かれた方が哀れと思わないのか」

「いくらなんでもひどすぎない!?」


 俺とメギドはメルのおじいさんとおばあさんに挨拶したいと思ったが、今は出かけていていないらしい。

 明日挨拶をして、町を出るということで話はまとまった。


「明日迎えにくる。支度していろ」

「はーい! まおうさま!」

「はしゃぎすぎるなよー!」

「はーい! 乗り物のお兄ちゃん!」


 だから、俺は乗り物じゃねぇ!

 そう否定するには、あまりにも悠々とメギドが俺の肩に乗っていた。


「宿に向かって歩け、タシー」

「タクシーっていうな!! タカシだ!」


 宿についてやっとメギドが下りてくれた際に、どっと俺は疲れたような気がした。


 ――こんなわけのわからない旅に出ることになっちまって……本当にいいのか……?


 俺のその疑問は晴れることはなかった。



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