第4話 セカンドネームを入力してください。▼
「選べ。勇者をやめるか、人生をやめるか」
私はガクガクと震えている貧相な勇者の連中にそう言い放った。
「勇者をやめると言うのなら、命までは取らない。私は寛容で素晴らしい魔王だからな。無職はやめておとなしく働け」
酒場の中は薄暗かった。
私が風の魔法を使った際に照明が壊れてしまったからという理由もある。
その暗い中でも勇者たちの恐怖の顔は私にはよく見えた。
「な……なんでこんな……アルファ支部に魔王が……?」
「私がどこに行こうと、私の勝手だろう。質問しているのは私だ。勇者をやめるのか、人生をやめるか早く選べ」
再度私は脅しの為の魔法を展開する。
「人生をやめるなら、どんな最期を迎えたいか言え」
私が語気を強めてそう脅すと、勇者たちは簡単に私にひれ伏した。
みっともなく身体を“くの字”に折り曲げ、額を床にこすりつけるように降参した。あまりにもあっけない。
そして、あまりにも醜悪で私は吐き気すらしてくる。
この町の人間のことなど、全く眼中にないらしい。
魔王が来たのだから自分たちが戦おうという意思など毛頭もないようだ。
「ゆ、勇者やめます! 命だけは……!」
「ふん……醜態を私の前で晒すな。さっさと職業案内所でも行け」
私がわざわざ半歩横に移動し道を空けてやると、腰が抜けた元勇者たちは気絶した仲間を肩に担ぐでもなく、情けない足取りで酒場を出ようとした。
その誇りのなさ、美学のなさを私は遺憾に思う。
「おい、待て」
私は低級の呪いの魔法を発動させた。
「ひぃいっ!?」
元勇者たちは目を固く閉じ、腕を顔の前でクロスさせて間抜けな防御態勢を取った。
その間抜けな元勇者たちに私はそのまま低級の呪いの魔法を浴びせる。
浴びせられた元勇者たちは、しばらく硬直していたが、自身の身体に異変がないかどうか、身体を触って確認し始めた。
「なんとも……ない……?」
自分の身体をくまなくチェックし、特に異変がないかどうかを何度も何度も確かめていた。
「おい、オカシ、鏡を持ってこい」
「俺はタカシだ! 鏡なんか持ってねぇよ」
「持っているかどうかではなく、持ってこいと言ったのだ」
タカシは文句を言いながらもしぶしぶ、周りに集まっている町民に対して鏡を持っていないかどうか聞き、手鏡を一つ借りてきた。
「これでいいか?」
私はそのそつない手鏡で自分の美しさを確かめた。
やはり今日も美しい。
鏡の中の自分が今日も美しいことを確認した後、元勇者たちに向かって鏡面を向けてやる。
覗き込むように見た元勇者たちはやかましく叫ぶ。
「うわぁっ!? なんだこれ!!?」
「鏡に映った己の顔の醜さにようやく気付いたらしいな」
「違うだろ……その額の呪いの文字に対して言ってるんだ」
元勇者の額にはしっかりと“セカンドネーム”が刻まれていた。
必死に元勇者はその文字を消そうとするが、擦って落ちる類のものではない。
「道中家来に聞いたのだが、勇者となるには“セカンドネーム”というのを勇者連合会に登録するらしいな?」
本名とは別に、勇者として登録された者に対して与えられる、自分の好きな名前を名乗れる制度だということらしい。
普段勇者はそのセカンドネームで呼び合っていると聞いた。
一度登録すると、変えることは出来ないらしい。
勇者をやめるということは、その名を捨てるということ。
しかし、容易にその勇者の“業”から抜け出すことは私にとっては気に入らなかった。
しっかりと自分が犯した愚行を、自分の身をもって証明してもらわなければならない。
元勇者たちの額にはそれぞれ、
『疾風の魔術師』
『餅』
『最☆凶』
『人形破壊神(ゴーレムスラッシャー)』
などと個性的な名前が刻まれていた。
それを見た町民は思わす失笑している者もいた。
必死に笑いをこらえている者もいる。
「普段は勇者のセカンドネームって俺ら知らないけど、あんな名前で登録できんの?」
「ゴーレム……スラッシャーって……ははははは」
「疾風の魔術師って……あいつ魔法使えないじゃん」
「餅ってなんだよ! ゴーレムスラッシャーみたいに言うなら“老人殺し”か?」
「最強って言いたかったのか……それとも思春期特融の病気こじらせちゃったのか……可哀想」
口々にそう言われた元勇者たちは顔を紅潮させ、私に消してくれと懇願してくる。
足元に縋りつく勢いで私に泣きついてくるものだから、私はタカシの上に再び乗った。
「おい、俺は乗り物じゃねぇ!」とタカシは言う。
「頼む、消してくれ! もう悪いことはしないから!!」そう言いながら、タカシに縋りつく元勇者たちはよもや火に飛び込む虫のようだった。
「何を恥じているのだ? 自分で登録したのだろう。今日からそれがいい身分証になる。次の就職活動に大きく役立てることができる。良かったな。私も魔王として良いことをするとすがすがしい」
私に物理的に大いに見下されながら、そう言われた元勇者たちは身ぐるみをはがされて町民に追い払われ、どこかに消えていった。
私はやかましいのがいなくなったのでタカシから降りる。
「ま……魔王様ですか?」
町民の一人が私にそう尋ねてくる。
この町の町長だろうか。代表者として恥ずかしくないような身なりをしているつもりだろうが、その服はボロボロだった。
服を仕立て直す資金も、あのどうしようもない無職どもに毟り取られたらしいということが解る。
「そうだ。私は魔王メギド。画家を探しに来たついでに勇者という無職をこらしめに来た」
「わたしどもから、あなたは略奪しないのですか?」
「? 略奪するほどのものがあるように見えないが?」
町とは言っても、施設は数えるほどしかない。
武器屋、宿屋、酒場、民家程度のものしかなかった。
どうせこの町でも壺は割られ、引き出しは荒らされ、根こそぎ金品を奪われているのだろう。
その金品は先ほど勇者から身ぐるみ剥いだので、ある程度は取り戻せたはずだが私はそんなものには興味がない。
「私は画家を探しに来ただけだ。私の城に絵画を飾りたい。私の城に相応しい絵を描く画家を家来にするためにこの町にきた」
「画家ですか? この町には画家がたくさんおります。どうぞ作品を見て言ってください。気に入ったものがあれば是非。もちろん無料でお渡しさせてください」
「すでに描かれているものではなく、この私の為に描かれた絵がほしい」
「ええ、皆喜んでそうするでしょう」
町長が騒ぎを聞きつけて集まってきた少ない町民に向かって、大声で雄たけびを上げる。
「勇者が去った! もうこの町は平和になったんだ!」
町民からは歓声が上がる。
「魔王様万歳!」
周囲に集まっていた町民は、大騒ぎをして喜んでいる。
――そんなに喜ぶとは、よほど勇者という無職はたちが悪いらしいな
町民が喜んでいるその姿を見ながら、タカシは私に話しかける。
「メギド……お前、ときどき魔王っぽいな」
「何度も言わせるな、タカリ。私は真の魔の王だ。その極小の脳では覚えられないようだな」
「誰が
「タニシもタカリもオカシも大して変わらないだろう」
「全然意味ちげぇよ! 絶妙にいつも外してくるな……わざとだろ?」
「どうでもいいが、次の町への移動手段の確保はしておけ。お前は乗り心地も悪いし、遅いし、やかましいし、最悪だ」
「俺は乗り物じゃねぇって言ってるだろ!?」
私はやかましいタカシを置いて、画家を探すことにした。
画家の方から私に出向かせる方法も考えたが、たまには自分の足で見て回るのも悪くない。
と、一瞬考えたが狭い町とはいえ歩き回ると疲れそうだ。
「やはり、お前に乗って行くことにする。私が宿で休んでいる間に移動手段を確保しておけ」
「俺の話聞けよ!!」
乗り心地も悪いし、遅いし、やかましい上に美しくないが、やはり私が疲れないためにはこの方法しかない。
私はタカシの肩を
やはり乗り心地は悪いと私は落胆した。
◆◆◆
【勇者連合会 オメガ支部】
勇者会議は波乱を極めていた。
全員が疑問を提示し、疑問はいくつも出てくるが誰も答えることができない。
状況がつかめていないというのが現状だ。
「どうなってんだよ!? 急に魔族が凶暴化したって報告が相次いでるぞ! 魔王城付近は特に凶暴化してやがる」
「今までは戦いになったとしても身ぐるみを剥がされる程度で済んでいましたが……勇者や町の者たちは片端から殺されている様です……それも、10や20ではありません……死亡報告が上がっているのは氷山の一角……各支部からの報告の倍以上は覚悟しなければなりません……」
震える声で、懸命に震えを押さえながら女の勇者は言う。
「なんだよこれ……今までは『暗黙の休戦協定』があったんじゃねぇのか!?」
魔王メギドが統治をするようになってから、魔族と人間の争いはほとんどなくなった。
だから勇者たちは勝手に『暗黙の休戦協定』と呼んでいる。
「報告が通例通り送られてきていない支部が沢山あります。魔族の奇襲があり、壊滅した可能性もあります……いずれも、魔王城から円を描くように広がっているようです。ここも危ない」
「……魔王メギドが人間に対し戦争を仕掛けてきているということでしょうか……」
「無理だ……俺たちが束になっても魔王メギドは倒せない……」
テーブルを「バン!」と叩き、勇者の一人が立ち上がる。
「馬鹿を言うな! 俺たちが実力を発揮すれば魔族なんて恐れるに足りない!」
「じゃあお前が行けよ! 俺は死にたくねぇ!」
立ち上がった勇者もそれには同意見だったらしく、苦虫をかみつぶしたような顔をしながら席に着くしかなかった。
「……村民、町民からは勇者連合会に対して救済を求める声が次々と上がっています。今更降りるなんてことは出来ませんよ。今こそ勇者が必要だとの声に応え、我々が魔王を押さえるしかないでしょう」
「おいおい……負けても身ぐるみはがされる程度で済んでたから笑い話になるんだろ……実際に負けて殺されたら笑えねぇよ……」
勇者連合会オメガ支部は決断を急がれる。
しかし、誰一人として決定できるものはいない。
自分は死にたくないと思っているのだから。
「地下のアレを出すか……」
一人がボソリとそうつぶやいた。
「危険だ! やめておけ!」
「まだその時ではありません」
アルファ支部からオメガ支部までは24の支部がある。
魔王城を囲うように配置されたその支部はアルファ支部、ベータ支部、ガンマ支部……と四角形に外側に配置され、その内側に更に四角形となるように支部が続いていく。
オメガ支部は一番安全圏の外側に配置された支部だ。勇者連合会本部と言ってもいい。
魔王城から一番遠くに配置されたオメガ支部は各支部の総まとめ役をしているのである。
「このペースで町が襲われていったとしたら……どのくらいでこのオメガ支部まで魔族が攻めてくるんだ……?」
「わかりませんが……今被害が集中してると思われるのはどちらかと言えば魔王城から東側……北側になるオメガ支部もそう悠長にしていられません」
全員が焦っていた。
自分が魔王と戦うことができるかどうか、自分の胸に手を当て問わなければならない。
――こんなはずじゃなかった……
その場にいる勇者全員がそう思っていた。
70年守られてきた平和は、これからも守られるはずだった。
だから勇者たちには覚悟がない。
本当に魔王を打倒するという本気の覚悟。
誰も想定していなかった勇者社会の大嵐に、そのほとんどが路頭に迷ってしまっていた。
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