第3話 乗り物を手に入れました。▼




 私は疲れたので、に乗っていた。

 それに乗ると遠くまで見通せる。古ぼけた美しくない手書きの地図を見ながら、まだまだ先は長いということをまざまざと実感し落胆する。

 ましては遅い。

 草原にある1本の舗装されていない道を私たちは進んでいた。この辺りには知能の低い魔族がときどきいる程度で、脅威となるものは何もなかった。


「おい、タシ、いつまで地面をはい回っているつもりだ? これではお前の寿命が尽きても城にたどり着けないぞ」


 に向かって私は言う。


「タカシだ! 人の肩に乗って仁王立ちしておいて遅いとはなんだ!? 自分で歩け!」

「疲れた」

「村から出て100歩も歩いてないだろうが!?」

「いや、疲れるのが嫌だと言っておこう」

「重いんだよ! それに、なんだよそのバランス感覚!? 他に活かすことは出来ないのか!?」

「ふむ……このペースでは隣の町につくまでに半日もかかる。時間の無駄だ。おいタシ、走れないのか」

「無茶苦茶言うな!」


 私はタカシの肩に足を乗せ、仁王立ちで立っていた。

 日傘をさしながら地図を片手に歩いている。いや、タカシに歩かせていたと言った方が正しいだろう。


「私がお前に日傘をさしてやっているのだ。ありがたく思え」

「影が俺のところまで来てないんだが!?」


 文句を言いながらもタカシは前に進んでいく。


「ていうか、翼があるんだから飛べるだろ? メギドが俺のことを運んでくれたらすぐ隣の町までつくのに」

「何? 私にお前のような汚泥にも劣るものを運ばせると? 頭が高いぞ」

「馬鹿にしすぎだろ! 俺はお前の真下にいるんだぞ!? これ以上どう頭を下げたらいいんだよ!」


 なるほど。私に更に頭を下げたいという意味か。


「そうだな……まず穴を掘ってそこに入れ。穴の大きさは下の溶岩層にたどり着くくらいだな」

「足元にも及んでないのか!?」

「今私の足元にいられることを栄誉と思い、これからの短い人生を歩め」

「勝手に俺の人生短くするな!!」


 やっとのことでタカシは町が遠くに見えるくらいまでやってきた。

 小さな町だが、そこに美しい風景画を描くという画家がいるという情報を村の人間から教えられ、私たちは一先ずそこに向かうことにした。

 私の傷の状態は随分よくなり、動かしても痛みを感じない程度にはなっていた。人間では全治3か月はかかろうという重症だったが、私は美しき魔王。

 傷の治り方ですら華麗だ。


「ちょっと……降りてくれよ。休憩させてくれ」

「なんだ? 軟弱者だな」

「お前が言うな!」


 タカシは膝をついて草原の傍らに崩れ落ちた。私はタカシの肩から飛び降り、優雅に翼をはためかせ着地する。


「なんでメギドみたいな体力のない奴が魔王なんだよ……魔王ってこう……めちゃくちゃタフで、なかなか倒れなくて、3回くらい変身とかするんじゃないのかよ……」

「なぜ3回も変身するのだ? 変身してどうなる?」

「そりゃもう、傷とか全回復して強くなるんだよ」

「動物以下の頭脳だと思っていたが、どうやら虫以下の頭脳らしいな。そんな都合のいいことあるわけないだろう」

「正論で殴るのやめて!」


 空を見上げながら一息ついたタカシは上半身を起こす。


「またお前、俺の肩に乗るつもりか?」

「それ以外なかろう」

「それ以外しかないわ!」


 と、そのとき遠くから何かの叫び声が聞こえた。

 辺りを見渡してみるが、それらしいものは視界の範囲内にはない。


「メギドも歩けよ。頼むから」

「うるさい。今、何かの悲鳴が聞こえたぞ」

「は? 俺には何も聞こえなかったけど……」

「はぁ……お前は本当にその装飾品を作る腕以外は何もない虫だな」

「俺は虫じゃねぇ!」


 広範囲を視認する為の魔法を私が発動させると、空中に映像が浮かび上がった。悲鳴の聞こえた方を見るとそこには1人の勇者と1匹の魔族がいるのが映る。

 みすぼらしい恰好をした勇者が安っぽい剣を持って、薄い緑色の毛並みの一角兎を追い回していた。


「勇者と魔族? 戦っているのか?」

「戦っているように見えるのか? 一方的に小汚い虫が一角兎を追い回しているのだ」

「あんなのと俺を一緒にするなよ」

「ほう。虫であることは認めるわけだな」

「だから俺は虫じゃねぇ!」


 タカシが文句を言っている間に私は指をフッ……と縦に動かした。すると真空波ができて、一角兎と勇者の間に向かって飛んでいき、草原に一本の亀裂が生じる。

 間にあった草花は燃えてなくなり、後を炎だけが姿を残す。

 勇者が持っていた安っぽい剣は半ばで切断され、赤くドロドロと刃が溶けている。

 どうやら勇者は突然の出来事に何が何だか分からず、混乱しているようだ。

 そして、混乱しているのは私の足元に這いつくばっていたタカシも同様だった。

 勇者は慌てて町の方向に逃げ帰る。


「うむ……一角兎は怪我をしているようだが、まぁ大丈夫だろう」

「は……ははは……ははははは……」

「? 何を笑っている。気色が悪い」

「ほ……本当に魔王なんだな……嘘なんじゃないかって疑ってたぜ……」


 私のエレガントな立ち回りに対して、タカシは今更驚いたようだ。

 気づくのが遅い。

 遅すぎる。

 私が麗しく最強の魔の王であることなど、語らずも悟る絶対に揺るがぬ事実であるにもかかわらず。


「はぁ……お前はそんなだからミジンコなのだ」

「虫以下の生き物にしないでくれる!?」

「町に逃げ帰ったが、町には勇者が跋扈ばっこしているのか? だとしたら面倒だな」

「俺の話するなよ!」


 タカシは言った後にハッとしたような顔をした。


「…………今、この世で最もつまらないことを言った自覚はあるか? 死んで詫びを入れて私が許すのは今しかないぞ」

「わざとじゃねぇよ! お前が虫、虫言うからだろ!?」

「他者のせいにして自分のつまらなさを棚に上げるとは……今度つまらないことを言ってみろ。お前の口をどうにかこうにかしてやるからな」

「詳細を教えてくれよ!? はぁ…………メギドと話していると、ものすごく疲れる……」

「疲れて当たり前だ。お前は私の家来なのだから、主人と話をするときは最大限気を遣い、極限まで頭を使え」


 タカシは私の完膚なきまでの叱責に対し、絶句し、反省するそぶりを見せた。

 肩を落とし、こうべを垂れる。

 その後に、私の質問の内容について答えた。


「…………あの町は数人の勇者がいるだろうな。勇者支部があるくらいだから」


 ――勇者の支部?


「勇者とは群れない動物ではないのか?」

「動物っていうなよ……。勇者もパーティを組んで魔王退治に行くんだ。そりゃ……勇者ばっかのパーティってなんか間抜けだけど……」

「馬鹿を言うな。無職のあつまりだと? 無職が集まったところで現実はどうにもできやしないぞ」

「『無職』っていうのやめてあげて!?」


 タカシは随分元気そうだった。体力も回復しただろう。


「そんなことより元気になったのなら行くぞ。休ませてやった私に感謝するがいい。早く私を町まで運べ。町まで行ったらまともな移動手段を確保しろ。お前など、最低のだ」

「俺は乗り物じゃねぇ!」


 タカシはそう言いながらも私を肩に乗せ、私たちは再び道に沿い、町を目指した。


 タカシは私に急かされて懸命に走ることになる。

 逃げていった勇者を追って……――――




 ◆◆◆




 慌てた様子で勇者は酒場へと走り入った。

 バタン! と大きな音を立てて扉を閉めたので、酒場にいた全員が勇者の方を向く。

 そこには勇者が4人ほど酒を飲んでいるところだった。どの勇者もさえない装備を身に着けていて、トランプでカードゲームをしている最中だった。

 酒場の亭主はびくびくしながらグラスを拭いている。


「おい、まずいぞ!」

「なんだよ、『疾風の魔術師』。うるせぇな」


 疾風の魔術師と呼ばれたのは、魔王メギドが指先ひとつで撃退した勇者だった。


「マジでやばいんだって!!」


 焦るばかりで勇者『疾風の魔術師』は中身のない言葉を吐き続ける。


「なんだってんだよ、落ち着けよ」

「落ち着いてられねぇよ! ここにヤベェのがくるんだ!」

「“ヤベェの”? お前は語彙力が5歳児以下だな」

「言葉にできねぇほどがくるんだよ! 皆逃げないと皆殺しにされる!」

「はぁ? 何言って――――」


 突然、突風が吹き荒れ酒場にいた全員が吹き飛んだ。

 トランプの役も酒樽もグラスもなにもかもがひっくり返り、カウンターに強く背中を打ち付けた勇者2人は気絶した。

 並べられていたわずかな酒やグラスも突風の影響で割れて落ちる。

 勇者『疾風の魔術師』も同じく吹き飛び、腹部を机にぶつけ嗚咽した。

 粗末な装備だが身体を守られた残り2人の勇者は吹き飛ばされても軽症で済み、なんとか身体を起こして立ち上がる。


「何が起きたんだ……」


 勇者の一人がそうつぶやくと、吹き飛ばされた酒場の入口から人陰が見えた。

 いや、人陰というのは間違いだ。

 その人物には頭に角と、背中に翼がついていた。

 ゆらゆらと艶やかな尾が揺らめいている。


「無職の就職活動支援所というのは、ここのことか?」


 長い金髪が、彼が歩くたびに左右に揺れた。


「お……お前……は……!」


 勇者たちは、その風貌に見覚えがあった。

 そしてその存在を何者か知ると、ガクガクと脚が震えだし、ガチガチと歯を鳴らして畏怖の念を彼に抱く。


「……派手にやりすぎだって……酒場壊れちゃっただろ」

「酒場? 無職のくせに昼間から酒を飲んでいるのか。救いがたいな」


 彼と話をしている荷物を持っている者は人間だと勇者たちは解った。

 なぜ、その人物と話を対等にしているのか、状況が全く把握できない。


「おい、底辺の底辺の底辺の無職者ども。私は魔王メギドだ」


 腰に手を当て、優雅に彼は宣言する。


「勇者という無職を倒しに来た」


 その場にいた勇者全員、魔王が何もしていないにも関わらず凍り付いたように動けなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る