第2話 『タカシ』が家来になりました。▼
村人たちはわずかな食糧を私に貢ごうとした。
魚や、痩せた野菜、パサパサになってしまった米、何日も置いてあったであろうパンなどだ。
「こんなものはいらん」と突き放すのは簡単だったが、村人たちは私が勇者を打ち負かした賛美と忠誠をささげようとしている様だった。
私はそれを受け取り、傷を早く治すためにもそれを口に運ぶ。
「いかがですか? メギド様」
野菜のスープを木の皿によそいながら、老婆は私にそう問う。
その野菜スープはいつも私が口にしていたものとは全然違った。
選び抜かれた食材を、選び抜かれた給仕担当者が、私の為に毎日毎日せっせと作っているものばかりを私は口にしていたが、その雑多なありものを懸命に使っている具材の少ないそのスープは別の味の
「ふむ。まぁ、そこまで不味くはない。献上品として受け取ろう」
「本当に勇者を倒してくださってありがとうございました」
身ぐるみはがされた勇者『太郎』は走って逃げていったが、あのまま逃がしてしまってよかっただろうかと私は思案する。
「あの小汚い勇者を逃がしてしまってよかったのか?」
「ええ……この辺りにくる下っ端勇者のいう事なんて、勇者連合会の上層部は聞き入れないでしょう。魔王様がここにいることはバレないはずです」
長老の家だというのに、他の村人の家と大差ない。
「だが、浅ましく薄汚く虫のように湧く勇者というのは魔王を倒すために活動しているのだろう? 私の城に許可なく上がり込んできて腹が立ったので、身ぐるみを
私がそう疑問を華麗に呈した直後、扉が開いて若い男が入ってきた。
「え……」
私の美しさに言葉を失ったのか、私と目を合わせて硬直する。
「おぉ、これタカシ。そこに座りなさい。魔王様、私の孫のタカシです」
「ま、魔王様!?」
タカシと呼ばれたその男は驚いた様子で私を唖然とした顔で凝視する。
「ほう。特記すべきところのない冴えない男だな」
「初対面でめちゃくちゃ言うなこの人! 人じゃないけど」
「こら。タカシ! 魔王様の御前だぞ。礼儀正しくしなさい。すみません魔王様」
「なんだこの状況……猟から帰ってみれば……村が魔王に占拠されている……」
「事情は後で説明してやる。そこに座りなさい」
冴えない男は混乱している様だったが、長老に言われたとおりに座った。
本当に特記するべきところはない平凡な男だったが、すこしばかり伸びている髪を後ろに束ね、美しい髪飾りをつけていた。
モモの花とサクラの花、ヒヤシンスの花をモチーフにした髪飾りだ。
ひし形上に連なった一片の銀の鎖が2本ついている。
その銀色が心許ない光を反射して輝くと、私は髪飾りに目を引かれた。
「何も、魔王様を倒すという目的のために勇者をやっている訳ではないんですよ……やつらは……『勇者』と名乗れば何をしても許されると思い、勇者をやっているのです」
「…………そもそも、『勇者』とは、職業としては……なんなのだ?」
「……無職……ではないですか?」
――そうか。だから略奪の限りを尽くしているのだな。そうしなければ食事にありつけないのか
私はそう考え納得した。
「なるほど。無職の人間のことを『勇者』というのだな」
「違うでしょ! 確かにある意味勇者だけど!」
「こら! タカシ!」
長老はタカシの頭を無理やりに下げさせ、私に
「申し訳ございません魔王様、タカシは少々、ツッコミを入れなければ気が済まない性格でして……けして悪気がある訳ではないのですが……」
「なかなか勇気のある男だな。お前も“勇ましい者”と書いて勇者か? 無職なのか?」
「誰が無職だ!?」
タカシは怒号をあげる。
憤慨しているということは、図星なのだろうと私は確信する。
「まったく、何の職もない者ほど偉そうに他者に指示をする。困ったものだな。悩みの種だ。一先ず私の靴でも磨け。靴磨きの仕事をくれてやる」
「言いたい放題か! ちょっと待てよ。そもそもなんでこんな状況になってるの!? 猟から帰ったら自分の家に魔王がいて、なんでペコペコしてんの!? 魔王がついにこの国を攻め落としたのか!?」
どうやら冗談の類でそう言っている訳ではないようだった。
しかし不可解な点が1点ある。
「なぜ私がこんな貧相な人間の国を攻め落とさなければならないのだ?」
「攻め落とす価値なし!?」
村長が何度も何度もタカシを怒っていた。
そのたびにタカシは納得できないような顔をしてわーわーとうるさく騒ぎ立てている。
「ところで話は戻るが、私は傷を癒し、再び城へ戻らねばならぬ。いつまでもこの村にいるわけにはいかない」
「はい、それは心得ております。その点におきまして、恐れ多くもご提案がございます」
「なんだ? 言ってみよ」
「他の村や町にはさまざまな美術が得意な者たちがたくさんおります。画家、装飾家、折り紙名人、壺師……ありとあらゆる職業をしております。彼らは同じく勇者の傍若無人に困っており……どうか、彼らを家来にするついでに勇者を倒してはいただけませんでしょうか」
「……私の耳には勇者を倒すついでに家来にしろと言っているように聞こえるのだが?」
長老は真剣な面持ちで私の方を見つめる。
それは真剣であるとともに、私に
私に媚びるほど、ほとほと勇者には困り果てているのだろう。
――私もそう悠長にしていられないのだが……
少しばかり私は考えたが、こんな簡単な要求もこなせないようでは魔王の名折れというもの。
――それに……焦って魔王城に戻ったところで私が回復していなければ話にならないからな……
せっかく約70年ぶりに魔王城から出たのだから、自分の目で色々と確認したいこともある。
勇者を懲らしめるのはその事のついでだ。
それにしても、人間の作る美術品は70年も見ない間に随分進歩したものだ。
人間の雰囲気も70年前と随分違うように思う。
「まぁ、勇者などと言う無職の人間など、私にかかれば一ひねりだ。いや、0.00000001ひねりくらいだ」
「そのひねり方、もはや微動だにしてないから!」
「こら、タカシ。魔王様がひねる必要もなく、勇者は魔王様にひれ伏すということだ」
「それ、世界征服されますけど!?」
「世界征服などという幼稚な考えは持ち合わせていない。お前の考えは虫以下だな」
「虫……!?」
タカシは驚愕の表情を浮かべ、そのまま凍り付くように固まる。
余程ショックだったらしい。
「美術家を家来にし、城に飾る美術品を作らせるのも悪くない。美しいものに囲まれて優雅に過ごすということが何よりも重要だ」
私はタカシの髪飾りを、細く華麗な指先で指した。
「手始めにその髪飾りを作った者を家来にする」
「これは俺が作ったもので――――」
「そうなのか。ならお前は今から私の家来だ」
「人の話を聞け!」
タカシは立ち上がり地団駄を踏んでそう言う。
「嫌なのか? なら私にその髪飾りを献上しろ」
「はぁ!? 駄目に決まっているだろう!? これは俺の大切な――――」
「その髪飾りを私に献上しないというのか?」
「そうだよ! そう言ってんだろ」
「そうか。全く不本意ながら、髪飾りの付属品がついてくるということを我慢しよう」
「俺を付属品扱いするな! 俺が本体だ!」
タカシは祖父と祖母に助けを求めるような目で訴えかける。
長老はそれを見て、頷いた。
「こんな孫でよろしければ、どうぞもらってやってください」
「えっ……? 俺を本人の許可なく勝手に売るな! 人権はどこにいった!?」
「ふむ。こんなやかましい優美さの欠片もない男だが、美しいものを作り出せるならそれだけの価値はあるだろう。それだけの価値しかないがな」
「褒めるにしても
私はタカシの方を致し方なく向きながら、その冴えない人間に対して自らの名を名乗る。
「私は魔王メギドだ。魔王様、メギド様、好きな方を選んで呼べ」
「様漬け確定!?」
「お前のことはどう呼んだらいい? 私としては『虫』『畜生』『下僕』などが候補に浮かぶのだが……」
「全部悪口じゃん!」
そうしてやかましい家来が私に加わった。
長老の言う凄腕の彫刻家ではないが、今私がほしいと思ったのは彫刻ではなく髪飾りだ。
タカシは納得していない様子だったが、私のこれからの旅路に荷物持ちは必要だ。
幸いにして特に才能もなさそうな男だったが、筋肉は程よくついており、猟の腕もまぁまぁだと長老に聞いた。
何よりも、私が疲れた時の乗り物としてちょうどいいと私は考えていた。
「おい『下僕』、私の傷がある程度回復するのにあと2日程度は必要だ。2日後にこの村を出るぞ」
「俺はタカシだ! タカシ!!」
「タラシ、私はもう疲れたから出ていけ。お前がいるとうるさくて眠れないだろう」
「誰がタラシだ!? それにここは俺んちだ!」
「本当にすみません魔王様、これ、タカシ。お前は外で寝ろ」
「なんでだよ……」
やかましいのが私の前から去った後、私は考えていた。
――今……私の城は占拠されているだろうな……どれだけの魔族が私の側につくか……転移魔法はもう少し回復してからでないと危険だ……ここが座標上どこか解らないが……城を目指さなければ……
疲れていた私は目を閉じるとすぐに眠ってしまった。
◆◆◆
【勇者連合会 オメガ支部】
10人の勇者たちがテーブルを囲んで深刻な表情をしていた。
「それで? 今日も魔王にはまだ誰も到達していないな?」
「してません。かけだし勇者が何の戦闘訓練もせずに魔王城に乗り込んで半殺しにされて身ぐるみを剥がされて帰ってきたとの報告はありますが」
「おいおい、ちゃんと指導してくれないと困るぜ。魔王を倒したやつなんか出たら、俺たちが“魔王討伐の為”って名目でやりたい放題できなくなるだろ? 次の魔王が現れるまで何しろって? 農家でもしたらいいのか?」
「そうだぜ。今回の魔王メギドは争いごとが好きじゃねぇみたいだからな。やりやすいぜ」
「争いごとは好まない性格のようですが、実力は確かです。あの大魔王クロザリルの息子なのですから」
「大魔王クロザリルが勇者に倒されてからもう70年になりますね」
「だから勇者ってのはやりたい放題やっても許されるんだよな。クロザリル様様だぜ」
「しかし、町や村の人間たちが、我々勇者がなかなか魔王に対して決定打をうてず、業を煮やしている事実もお忘れなく」
「勇者が多すぎるんじゃねぇか? 木の棒振り回して雑魚の魔族イジメてるだけで勇者と名乗られたら困る」
「最近多いですよね? 憧れるのは解りますが、選ばれた者だからこそ勇者なのです」
「お前は選ばれた勇者のクチか?」
「ここに揃っている者はいずれも素質があるから勝ち上がってきた者たちです。抜け駆けして唯一の勇者になろうとするのは許しませんよ」
「まぁ、今日はこの辺でお開きにしようぜ。今日も問題なしっつーことで」
勇者たちは解散した。
これから勇者社会に大嵐が来るとも知らずに……――――
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