勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼

毒の徒華

第1章 魔王様が現れました。▼

第1節 家来を集めてください。▼

第1話 →はい いいえ




 私は魔の王。

 名はメギドという。


 悪魔族と鬼族の混血。

 3本の角は天を裂くかのように伸び、鋭い爪と牙は空気さえも切り裂き、背中には空を制するコウモリの翼、つややかで一刺しで100回は殺すほどの毒のある尾、ももまである金色のストレートな髪……


 なにより、この眉目秀麗、容姿端麗、才色兼備、錦上添花きんじょうてんか羞月閉花しゅうげつへいか仙姿玉質せんしぎょくしつ……

 賞賛する言葉をいくら並べ立てたところで、表現できないほどの美しさを誇っている。


 さて……私の美しさについて語りあかしていたら、いつになっても本題に入れない。

 早速、私が今陥っている状況について話をしよう。


 私は今、向かい合っている。

 小汚く、醜く、浅ましく、見る価値もない勇者――――『太郎』と対峙しているのだ。

 ここは『はじまりの村』。


「勇者ふざけんな! 出ていけ!」

「魔族様頑張ってください!」


 村人たちは勇者に対して罵詈雑言を吐き、私に対して声援を送っている。


 なぜこのようなことになったのか。

 事の始まりを簡単に説明する。


 私は私なりの事情があり、傷を負って木にもたれかかり倒れていた。

 そこに村人らしき人間が通りがかり、私を見つけたのだ。

 いくら手負いとはいえ、私は魔王。

 人間が私を見れば石化したかのように凍り付き、命乞いを始めるはず――――


 だった。


 村人から出た言葉は私に対する畏怖の言葉ではなかった。

 私の足元に縋りつく勢いでこうべを垂れ、私に乞うた内容は


「魔族の方、勇者から私たちを守ってください!!!」


 というものだった。

 どうやら私を魔王と知らないらしい。

 顔をこれ以上ないほどに歪め、泣き叫び、こともあろうか私に何度も何度も「勇者を倒してください!」「なんでもしますから!」「これ以上略奪されたら我々は破滅してしまう!」と懇願してくる。

 非情に不愉快だった。


「お怪我をされているようですので、ひとまずは私たちの村に来てください! 是非! お願いします! 私たちの村でお休みになってください!」


 あまりのやかましさに、私は渋々了承し、貧しい村に滞在していたところだった。

 村につくと、私が魔王だと解らない人間たちもこの姿に恐れおののくかと思われた。

 が……逆に人間たちは私を喜び迎え入れた。


「魔族の方、あなたは鬼族か悪魔族かとお見受けします。ようこそ『はじまりの村』へ」

「私は鬼族と悪魔族の混血だ」

「そうですかそうですか」


 村人は嬉しそうにそう言った。

 もしかしたら、辺境の村というのは魔王がどんな様子なのかということが解らないのかもしれない。

 それにしても、人間が魔族を快く迎え入れるなど、正気の沙汰とも思えない。

 不信感を募らせながらも「下手なことをすればねじ伏せる気になれば簡単だ」と、私はその誘いに乗った。

 村人は私の傷に対して、処置を施そうとしたが「必要ない」と断った。村人は包帯と薬草を私の横に置いて、身を一度引く。

 一先ず雨風をしのげる屋根と壁があれば今はなんでもいいと考えていた。

 辺りを見渡すと散らかっており、引き出しの中身は無造作に放り出され、壺らしきものはことごとく割れていて、村の人間は病的に痩せてしまっていることに気づく。


「散らかっていて申し訳ありませんね……勇者が荒らしていったのです。それも何人も何人も……」

「……よくわからないのだが、勇者とは、魔王を倒す為の人間から讃えられる存在ではないのか?」

「とんでもない! やつらは人の家に勝手に入ってきてやりたい放題ですよ……貧しいながらも生活をしているのにも関わらず……この有様です……」


 名前も解らない村人は今にも死にそうな顔をしていた。

 栄養失調かなにかで、本当に死んでしまいそうだった。

 ボロボロの木の家に住んでおり、雨風はギリギリしのいでいる程度。ベッドからスプリングが飛び出しており、壁や屋根には修繕した跡がある。


「服なども着ているもの以外は何もかも持っていかれてしまいました……“魔王を倒すために必要なんだ”とかなんとか言って……」

「ふむ……」


 こんな、風が強く吹けば飛んでいきそうなボロボロの家が立ち並ぶ村から、私を倒すための何かが得られるとも思えなかった。

 私が痛む身体に、美しいかんばせを歪ませながらそう感じていると、外から大声が聞こえた。


「勇者だ! また勇者が来た!」


 勇者が突然現れた。

 重い身体を引きずるように私は外の様子をうかがう。

 村中から悲鳴が上がり、女子供は泣き叫び、男たちは勇者に「頼むからやめてくれ」と懇願していた。


「魔族様、勇者が来ました! 助けてください!!」


 私を家に通した者は、手負いの私に対してそう懇願してくる。

 人間が魔族にそう懇願するなど、よほどすがわらもないらしい。


 まだ傷も痛む上に、気分が良くない。だが私は村人たちに懸命に頭を下げられ、やむをえなく……――――


 そして今に至る。


「な、なんでこんな村に魔王が!?」


 勇者『太郎』は狼狽している。


「魔王だって?」

「ただの魔族じゃないのか?」

「魔王でもなんでもいい、勇者を倒してくれるなら! 救世主だ!」


 口々に村人たちは勝手なことを言う。

 私たちを家の陰から見つめるようにしている。


「なぜ私がこんなことを……」


 私は痛む身体をそう動かす必要もなかった。

 小汚く、醜く、浅ましく、見る価値もない勇者『太郎』に向かってフッ……と私がバラ色の吐息を吹くと、勇者『太郎』は突風に押され後方に飛んでいき、造形の悪い頭の打ちどころが悪かったのか、そのまま気絶した。

 つまらない勇者を、つまらない方法で倒しただけだ。

 全く何の面白味もなく、優雅さもなく、私の栄華を極める生においてくだらない時間を過ごしてしまったという後悔さえ募る。

 だが村人たちは違った。


「やったぞ!! 勇者が負けた!!!」

「これで略奪されずに済む!」

「魔王様万歳!!!」


 村人は歓喜し、涙を流しながら私を称賛し、互いに抱き合って喜びを分かち合っていた。


「なんなのだ……私は魔の王だぞ」

「解っておりますとも、魔族様……いえ、魔王様」


 村の長老のような髪も髭も真っ白な人間がよろよろと出てくる。

 私が睨むだけで殺せそうなか弱い人間だった。


「魔王様……最近の勇者は、ますます傍若無人を極めております……魔族の方がまだ無害だと言えますでしょう」

「……だからなんだ?」

「魔王様……お願いです……私たちを助けてくれませんでしょうか。大したお礼は出来ませんが……どうか……どうかこの通りです……」

「魔王を倒すために勇者が暴れているのなら、諸悪の根源は私と言えるのではないか?」

「とんでもございません。魔王様はわたくしどもから略奪など1度もされていないではないですか」


 当たり前だ。

 私はみすぼらしい村から略奪をするなどという美しくないことはしない。

 下位の魔族ですら人間の服を盗んだり、人間の通貨を奪ったり、家の中に乗り込んで壺を壊したりはしない。

 人間から得られるもの等、大したものは何もないのだ。

 私は意味もない殺しなどという卑賎ひせんで低俗なことはしない。


「略奪するものがないだけだ」

「魔王様はお美しいものがお好きだと勇者どもから聞いております。この村は何もないですが、近くの町に彫物を出荷して賃金を得ております。彫刻の腕ならこの村の右に出る者はおりません……いかがでしょう?」


 村長が杖を私に見せてきた。

 杖自体はその辺の枝のような粗末なものだったが、手で握って隠れる先端には、細やかに彫られた石の彫刻がついていた。

 見たところ、人魚族を模したもののようだった。


「なかなか美しいな。鱗の細かい再現までできている」

「……勇者から守っていただけるなら、魔王様にご謙譲いたします。どうか、お力添えを……」


 年端も行かない子供ですら、村人全員が私に頭を下げた。


 私に頭を下げるのは当然だ。

 私は常に頭を下げられる立場の者だ。


 しかし……――――


 私には私なりの事情があり、そうとも言えない状況になってしまった。

 私も立場が『魔王』というものである以上、勇者たちにも立ち向かわなければならないだろう。

 いや、『立ち向かう』という表現は適切ではない。

 私が魔王城から出たからには、勇者全員をねじ伏せ、“魔王打倒”などという訳も解っていないくせに成し遂げたがるくだらない理由を完膚なきまでに蹂躙じゅうりんし、屈服させる必要があると私は判断する。


「いいだろう」


 私はそう返事をした。


「勇者から守ってやってもいい。その代わり、彫刻は私に献上するがいい。今は訳あって城にすぐには帰れないが……城に飾ってやる」

「ありがとうございます」


 人間風情にそう礼を言われるのは、悪くない感じがした。


「私の名はメギド。最高に美しい魔王だ。脳裏に焼き付けておくがいい」


 これが話の始まりだった。



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