第7話 羊毛のベッドを手に入れました。▼
【勇者『太郎』】
勇者『太郎』は、とにかく人望がなかった。
身ぐるみはがされ、タンクトップにパンツしか穿いていない。
なけなしの金で買った“木の棒”すらも負けた時点で取られ、弱い魔族狩りで稼いだ数ゴールドも失った。
手頃な村を物色しよう等と思ったのが運のつきだった。
「魔王が! 魔王が『はじまりの村』に出た!」
そう言って回るものの、誰一人としてそれを信じようとしない。
それどころか、魔族の凶暴化が激しくなっているのは魔王城周辺からだ。
その情報はいち早く勇者支部に展開され知れ渡っている。
勇者『太郎』の言うことを信じるわけがない。
「魔王がそんな『はじまりの村』なんかにいるわけないだろう」
「本当だって! 信じてくれよ!!」
「魔王が『はじまりの村』なんかに本当にいたとしたら、もうお前はおろか、村ごと
勇者『太郎』は命からがら逃げてたどり着いたアルファの町に再び魔王が現れた為、再び逃げ惑うことになった。
「魔物の凶暴化なんて本当に起きてるのか? 俺が来るときはなんもなかったぞ」
「あぁ、お前勇者連合会の支部の前にめちゃくちゃ『クエスト』貼られるぞ。“レッドドラゴン討伐”だの、“中級デーモンの群れ討伐”だの、物騒なのが山ほどある」
「そ、それ、金になるのか?」
「金にはなるが……身ぐるみ剥がされて放り出されるのと訳が違うぞ。下手したら殺されんだよ、魔族に。いや……お前は下手しなくても真っ先に殺されるな」
「……でもよ、逆に魔王と対峙して生きてる俺が凄い説ない?」
「まだそんなこと言ってんのかよ。目ぇ覚ませよ『太郎』」
勇者『太郎』はとにかく人望がなかった。
「本当のことを言っているのに……」と落胆するが、大騒ぎになっているのは魔王が現れた辺境の村や町ではなく、魔王城の周辺だという。
魔族が凶暴化していることと、魔王が城の外にいるということにどんな関連性があるのかが『太郎』には解らなかったが、ひとまず安全な町にきた安堵感が勝り「一先ずまぁいいか」と、『太郎』は魔王のことは忘れることにした。
◆◆◆
【タカシ】
「メェー……」
もこもこの羊型の魔族の『ウール』に俺たちは囲まれていた。
特にメルの周りにはその羊が沢山集まっている。
身体中羊毛が覆っており、触り心地もいい。
おとなしく、敵意を感じない。
メギドは渋々とその羊型魔族の集まっている中に腰を下ろして、椅子の代わりにしていた。
俺たちは次の町への道すがら、1晩過ごす場所を探していた。
メギドと野宿することに対して「私に野宿をさせるつもりか?」という堂々巡りの問答を繰り返していた。
手ごろな洞窟を見つけたが、メギドは納得しない。
「こんなむき出しの岩のところで私にどう眠れというのか。眠らせないというのは立派な拷問方法だぞ。ほう、お前は魔王相手に拷問をする伝説の勇者というわけだ」
と散々と嫌味を言われる。
「無理言うなよ。馬を使っても隣の町まで1日はかかるんだから……馬も走りっぱなしじゃ持たないし。今日はここで野宿するしかない」
俺がそう10回くらい説明すると、メギドは観念したように『魔呼び』の魔法を使った。
すると地響きが間もなくして聞こえてきた。
ついに本性を現し、俺のことを食い殺させるつもりかと思ったが、集まってきたのは羊型の魔族だった。
「メェー……メェー……」と何匹も何匹も集まってくる。
黒く立派な角がついていた。
「羊さんいっぱい!」
メルは嬉しそうにその羊毛に抱き着いてはしゃいでいる。
「こ……これは?」
「地面に横になるなど、我慢ならない。私はこの『ウール』の上で寝る」
メギドが指揮をすると、ウールたちは密集して整列し、モコモコのベッドのようになった。
メルの分とメギドの分はあるのに、俺の分のウールがいないことに気づく。
なにより俺の周りには寄ってくることもなかった。
「あれ? 俺の分は?」
「お前は地面で寝ろ。私をこんな不衛生で且つ横になるのも憚られる場所に寝かそうとしたのだから、自分は当然できるわけだな?」
「うっ……」
そう言われてしまうと反論できない。
「この羊さん、普通の羊さんと違うんですか?」
「このウールという魔族は、夢に干渉できる。ウールに気に入られることができたら幸せな夢を見ることができるが、嫌われると悪夢にうなされる」
「俺……嫌われてません?」
「しかるべきだな」
「あたしは気に入られてるんですか?」
「そうだな。大人より子供の純粋な夢をウールは好む」
「わーい!」
メルは嬉しそうにもこもこの羊毛に顔をうずめる。
時々「メェー……」と鳴くが、それ以外は密集していると一つの羊毛の塊にしか見えない。
「悪夢にうなされて眠れなくなるのでは……?」
「先ほど言っただろう。寝かせないというは立派な拷問方法だと」
「俺を拷問するつもりか!?」
長旅で疲れていたメルはウールに乗ってすでに眠ってしまっていた。
「メギド、魔王城についたら俺たちは一生そこで働かされるのか……?」
「それでなにか不都合があるのか?」
「不都合しかないわ!」
「うぅーん……」とメルは寝返りを打つ。
「馬鹿者、静かにしろ。メルが起きてしまうではないか」
「俺とメルの扱いの差、どうにかなりませんか? どうにもならないんですか?」
「虫と人間の扱いが違うのは当然のことだろう」
「俺も人間だ!」と、ツッコミをいれたかったがメルが眠っている手前、大声で突っ込むことはできない。
「勇者を倒す旅なんだろ? 悠長に戦力にならない家来を集めて連れていていいのか?」
「何度も言わせるな。私は城に帰って優雅に生活するために、わざわざ勇者とかいうどうしようもない無職を倒すことを引き受けたのだ。勇者など私にとっては一ひねりも必要ない」
「…………」
「なんだ? 私に不満があるのか?」
「まぁ……お前が魔王になって魔族を統治してからは勇者がでかい顔してる以外は平和らしいし……別にねぇよ」
「……なら黙って私の召使をしていろ」
そう言ってメギドはウールの上に横たわり、そのまま俺に背を向けた。
長い髪がウールの上に垂れる。
寝る時に角が邪魔にならないのだろうかと俺はぼんやりと考えた。
――……まぁ……メギドが一緒なら大丈夫か……勇者を追い払ってくれた恩もあるし……
俺は冷たくて固い洞窟の地面に、横たわることにした。
流石に下が固くて眠りづらそうだと思ったが、持っていた風呂敷を広げて敷く。
大切な母親の形見を置いて、見つめた。
――もう……勇者の好き勝手にはさせないからな。母さん
俺は固い床には慣れていた。
そうして目を閉じる。
これから行く先の魔王城とはどんな場所なのか想像しながら、俺は眠りについた。
◆◆◆
【メギド 3歳】
私は幼い頃、母上に髪を
幼いころからずっと髪を伸ばしている。
それは母上を真似るようにそうした。
背中の部分が大きく空いた純白のドレスを身にまとい、床につきそうなほどの長い金色の髪、血の色のような赤い瞳。
母上は誰から見ても美しい女性だった。
背中の大きな黒いコウモリの翼は、広げるとその華奢な身体の4倍もの大きさになる。
「メギドの髪は、母さんそっくりね」
そう言いながら
そうするたびに私の髪はまっすぐに母上の手の中でまとまっていった。
母上の姿を鏡で見ると、胸元に血水晶の数珠のネックレスをしていた。
黒と赤の二つの数珠が絡まるように一つになっている。
中央には銀の六芒星に、金の十字がはめ込まれている。
銀の六芒星からは赤い数珠、金の十字からは黒い数珠がそれぞれ伸びて首にかかっていた。
「母上のような強い魔王になれるよう努力します」
「ふふふ……いいのよ、別に。母さんみたいな魔王にならなくても。メギドが目指すようになればいいの」
「私は母上が目標です」
「そう。なら、沢山食べて体力をつけないとね」
髪を梳かし終わった母上は、鏡の前に櫛を置いた。
「ほら、綺麗な金色の髪」
まだ幼い自分の姿を鏡ごしに見た。
母上にそっくりな顔と、髪、そして背中の翼。鋭い尾。
母上にないものと言えば角、鋭い爪、牙くらいだ。
「センジュが待っているわ。今日は何のお勉強をするの?」
「今日は空間転移の魔法の勉強をします」
「もうそんな難しい魔法を勉強しているの? メギドは本当に魔法の才能があるのね」
そう言って、母上は笑っていた。
◆◆◆
【メギド 現在】
翌朝、日が昇った明るさで私は目を覚ました。
身体を起こすと朝日が昇り始めたくらいだった。
「…………」
――ウールの夢見のせいか……
ウールの群れも私を乗せたまま眠ってしまっているようだった。
私が下りようとするが、ウールは目覚める気配がない。
メルの方を見ると眠っているのに笑顔だった。
よほどいい夢を見ているのだろう。
「うぅ……うっ……」
その耳障りな声が聞こえた方を見ると、タカシが苦しそうに顔を歪めて首をしきりに左右に振っていた。
「メギド……重いって……つぶれる……」
どうやら私に乗られている夢を見ているらしい。
そんなに私に乗られたいのかと、私はタカシの腹の上に乗った。
「ぐふぅっ!?」
タカシは大げさな声を上げて飛び起きた。
「わぁっ!? なんですか!? 勇者の奇襲ですか!!?」
タカシの声に、メルも目覚めてしまう。
眠っていたウールたちも目覚めて「メェー」「メェー!」とやかましく騒ぎ出す。
「眠っている時ですらうるさいとは、恐れ入ったな」
「起きたんだよ!? お前が急に腹に乗るから!!」
「お前が私に足蹴にされて乗られるのがそんなにも好きだとは知らなかったものでな。願いを叶えてやったわけだ」
「望んでねぇよ!!」
「なんだ、勇者の奇襲じゃないんですね。びっくりしちゃいました」
「おいサトシ、メルが驚いているだろう。謝れ」
「お前のせいだろ!?」
私たちは再び馬に乗って、次の町を目指すべく準備をする。
『魔呼び』で呼び出したウールたちは私たちが目覚めると、再び草原へと帰っていった。
「次はゼータの町だな」
「お前な、俺の腹に乗ったことについて謝罪はないのか? 本当にないのか?」
「そうだな。いい夢を見ていたところ悪かったな」
「夢でも現実でもお前に乗られるとか……悪夢以外のないものでもないから!」
「さっすが乗り物のお兄ちゃん! あたしも今度乗せてくださいね」
「俺は乗り物じゃねぇ!! ……けど、まぁ、肩車ならいいか」
「わぁーい!」
「おい、いくら人間界の秩序が崩壊しているとはいえ、未成熟な少女にわいせつな行為をすることは倫理的に許されな――――」
「ちげーよ!!」
私たちは簡単に食事を済ませた後、ゼータの町へと再び馬を走らせて向かった。
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