君の力を貸してください
朝、教室の窓から外を見下ろすのが好きだ。
少しだけ早く、学校に来た時はいつもそうしている。
部活の朝練に励む生徒や、それを熱心に指導する先生。
誰も彼もが真剣だ。
普段は陽気なあの子も、少し暗い彼も。
真剣な時は皆同じ表情をするのだ。
そして、美しく輝いている。
そんな表情を見るのが好きだ。
俺もいつかはあんな風に輝くことができるのだろうか。
自分の世界に入り込んでいると、誰かが教室に入ってくる。
「よう」
「なんだ、お前か」
「なんだとはなんだ」
ここで、あの子との出会いが始まった、とか言いたいんだけど、そう上手くはいかない。
入ってきたのは去年から同じクラスの男子、西原功だ。
見た目は茶髪で少し…いや、かなりチャラい。そして声もでかい。
面白いし話も合うし、なにより一緒にいて楽だ。変に気を使う必要が無いのがポイント。
こんなこと恥ずかしくて、本人には直接言えないけどな。
「どしたの。外なんか見ちゃって。朝から彼女候補でもお探しですか?良い男の人見つかりましたか?」
「悪いな、男じゃなくて、女の子を探してた」
「へー。そんなことより、昨日のシーチューブの動画見たか?」
自分で振ってきた話題を即スルーすんなよ。
シーチューブとは動画アプリのことだ。全盛期は去ってしまったものの、今でもとてつもない人気を誇るアプリだ。
ちなみに、俺は最近はあんまり見ない。
なぜかというと、最近は子供もシーチューブを使うことから、過激な内容は規制されつつある。一昔前大暴れしていたシーチューバーも大人しくなって、子供受けを狙い始めたのだ。
媚びるだけの動画はあまり見る気にはならないってことだ。
なので、思ったことをそのまま口に出す。
「ん?どんなやつだ?まぁどうせくだらないやつだろ」
「まあそうだな。『将棋VSオセロVSチェス!!勝負の行方は!?』ってやつだ。各界のプロが出てた」
「めっちゃ気になるんだけどそれ!藤井さんは勝ったの!?ねぇ!?」
***
「気をつけー、礼」
「さようならー」
そして時は流れ放課後。
「幹斗ー。この後どっか行くかー?」
帰りの用意を済ませ、帰宅の準備に取り掛かっていた俺に話しかけて来たのは、またしても西原功だ。
この時点でお察しの良い方なら分かったのではないだろうか。
そう、悲しいことに功以外にあまり仲の良い友達がいないのだ。
もちろんクラスのほとんどの人とは話したことあるし、顔も覚えているつもりだ。
だが、大抵功といることが多いな。
おっと、早く返事してやらなきゃ。
「いや、今日は帰るわー」
「おう、気ぃつけてなー」
「うっす」
オカンか、とツッコミたい気持ちを押し殺し、教室を出る。
一年生の終わり頃から、段々遊びに行く回数が減っていっている。
それは功も気がついているだろう。
友達が少ないから、というわけではない。
さっき仲の良い友達が少ないって言ったけど、意外と遊びに誘ってくれたりする人はいますよ。
遊びの約束を断ってまでやりたいことがある、というわけでもない。
むしろ逆だ。
少しづつ、このままでいいのかな、という感情が芽生え始めている。
まあ、かと言って無理にやりたいことを探すのもよくない。
そんなことを考えながら最寄りの駅に着く。
駅を出て、しばらく歩いたところに一人の子供が蹲っていた。
おそらく五歳くらい。迷子だろうか?
下手に声をかけたら、不審者に思われそうだけど、放っておくのも違う気がするし、声をかけてみるか。
「君、迷子?」
俺が声をかけようとした寸前に、一人の少女が先に声をかける。
この子は俺の幼なじみ、的なポジションに着くはずだった子だ。
名前は水野 椿。
水野は常に明るくて、周りからの信頼も厚い人だ。
ちなみに、俺とは同じクラスだ。
先ほど、幼なじみポジションに着くはずだった子、と言ったが説明しよう。
水野と俺は、幼小中高と今までずっと同じ学校へ通っている。さらに、家がそこそこ近い。
なのに、めちゃくちゃ仲が良いという訳では無い。
それは幼なじみと呼んでいいのか、と思案した結果、幼なじみポジションに着くはずだった子、という位置になった。
「よしよし、大丈夫だよー」
水野は優しい声で話しながら、男の子の頭を撫でる。
「あ…えーっと」
子供から少し視線をずらし、棒立ちしていた俺に話を切り出す。
「幹斗くん、だったよね?」
「ああ」
名前覚えてくれたのね。そりゃそうか、こんだけ長く近くにいたら嫌でも覚えるか。
ちゃっかり心の中では呼び捨てにしてるのに、いざ本人を前にするとさん付けしちゃうあたり俺だな。
「とりあえず、この子交番連れてこっか!」
そして、水野と少年と交番へ向かうことになった。
***
交番の帰り道。
夕陽に影を映し出され、横並びに歩く。
「いやーほんと偶然だねー!」
「そうだなー」
家も近いし、そんな偶然でもない気がするが、言うと冷めるので言わないでおく。
水野はそう言うと、何故か満足気な目でこちらを見る。
俺はその意図を汲み取ることが出来なかったので、直接聞いてみる。
「ん?どうした」
「いやいやー。幹斗くんもさー助けようとしてたでしょー」
助けようとしたのは間違いじゃないけど、結果的に一足出遅れてたな。
「まあ、一応な」
「ほら、ああいうのって結構見過ごす人多いじゃん?でも幹斗くんは見過ごさなかった。それがなんか嬉しくって」
なるほど、それで満足気な顔をしていたのか。
「水野さんに褒められて光栄です」
俺が少しふざけた感じでそう言うと、今度は少し不満気な顔をこちらに向けてくる。
何だこの子は。感情の変化すごいな。
「ど、どうした?」
「なんか距離遠くない?」
「そう?」
どうやら俺が、さん付けで呼んだことに対して少し不満があるらしい。
でも、いきなり呼び捨てにしたらしたで、『馴れ馴れしいんですけと』って言われかねない。
まあ、水野に限ってそんなことは絶対言わないんだが。
「椿でいいよ」
「わかった。つ、椿ね」
椿がそう言うなら特に断る理由もないので素直に呼ぶことにしよう。
「あはは。照れてんなぁー?」
そう言ってツンツンしてくる。
そういうちょっとした事でGPSガールズポイントセンサーは作動しちゃうんだよ?
気になる異性にボディタッチが多くなるとかいうのはよく聞くけど、椿の場合、明らかに何も考えずにやってるから、よくない。
「あのさ…」
少し言いづらそうに椿が口を開く。
「明日の放課後さ、時間ある?」
お、おっと?先ほどのボディタッチはまさか…。
「あるけど。どうした?」
「と、とりあえず明日の放課後、私に着いてきて!」
「え?」
俺に質問する隙も与えてくれず、椿は猛ダッシュして去ってしまった。
これはもしや…?
変な期待を抱いてもどうせ無駄だから、軽い気持ちでいこう。
うん、軽い気持ち、軽い気持ち。
結局、全然寝れませんでした。
***
そして次の日の放課後。
俺の心臓の鼓動は明らかに早くなっていた。
い、いや?別に期待なんかしてないし?
五、六時間目ずっと、頭の中で般若心経唱えてたのは内緒だ。
だがどうしたものか、肝心の水……椿はクラスの人気者であるため、多くの女子生徒に囲まれている。
ここはもう少し待っておくか。
「おーい幹斗ー」
「ん?無理ー」
「おい!ひどくね!?」
功が話しかけてきたが、どうせ対した内容じゃないので適当に対処しておく。
そして数分後。
教室には俺と椿しかいなくなった。
椿が席を立って、俺の方へ近づいてくる。
椿の足取りより早く進む、俺の心臓の鼓動。
落ち着けぇぇ。
「じゃ、じゃあ行こっか」
「うん」
どこか緊張した面持ちで歩き出す椿。
俺もそれに合わせ、後ろをついて行く。
俺はもう周りなんて全く見えていなかった。
椿に着いていくので精一杯だった。
そして一つの部屋のドアの前で止まる。
「ちょ、ちょっと先入って待ってて!」
「わ、わかった」
椿はそう言うと、どこかへ行ってしまった。
なぜ部屋の中じゃないといけないのかは分からないが、好感度を下げたくないので従おう。
ドアを開けて、部屋に入ろうとしたその時…!
「いらっしゃあーーーい♡」
「いやぁぁぁぁぁぁ」
めちゃくちゃごついおかまが、お出迎えをしてきた。
思わず俺は発狂してしまう。
なに?なんなの?状況が見えない。
「あ・な・た・が広幡幹斗くんねぇ♡」
「違います違います!人違いです!僕は二年四組西原功です!」
すまない功…。
だが時には友も捨てなければならない…。
「嘘ついても無駄よぉ♡ね、椿ちゃん♡この子であってるのよね?」
「はい!そうです!」
おかまの視線の先には椿がいた。
「つ、椿さん?ど、どういうことですか?」
「えっとー…」
どこか罰が悪そうにする椿。
「そのー…。幹斗くん昨日人助けしようとしてたじゃん?なんというか、それが凄い良かったから…。」
「そ、それとなんの関係があるんだ?」
「あら、あなた部屋に入る前に見てなかったの?」
「部屋に入る前…?」
たしかに何か看板があった気がするな。
部屋の外からもう一度見てみる。
『相談センター なんでも相談してね♡』
最後のハートはあれだな、よく言う意味が分かると怖い話ってやつだな。
いやいや、そんなこといってる場合じゃないって。
嫌な予感が脳を泳ぐ。
「は、話ってまさか」
「ごめんねっ」
『てへっ』と天使のような笑顔で言われると、許したくなってしまう…。
あ、おかまも『てへっ』てやってて一気に正気に戻されたわ。
「俺に相談センターの仕事をやれと?」
「そうよ♡」
あんたに聞いてない。
まあ、家帰ってもやることないしな…。
いやダメだ。落ち着いて考えるんだ。
ただでさえ色んなことに悩んでるのに、人の相手なんかしてられない。
「ごめん。帰る」
そう言って俺は部屋を出ようとする。
「待って」
俺の手が掴まれる。
つかさず俺は、振り返って手を払おうとする。
「なんだよ…って、うわぁぁぁ」
俺の手を掴んでいたのは椿ではなく、おかまだった。
おかまがとんでもないくらいの握力で俺の手を握っている。
「幹人くんお願い!」
「いや、でも…」
「私からもお願い♡」
おかまが手を合わせて、目を爛々とさせている。
「いや、きも…」
「レディになんて事言うのよアンタ!」
「ぐふっ!」
ただビンタされただけなのに、壁まで身体ごと持ってかれる。
「あら、ごめんなさい。少し力が入りすぎたわ♡」
俺が立てずにいると、おかまは手を差し伸べてくる。
「ごふぁっ!」
俺がおかまの手を取ると、今度は逆の壁まで叩きつけられた。
相談センターって、人を助けるんじゃないの?ねぇ?
「ごめんなさい。私、昔から少し力が強くて♡」
少しってレベルじゃないだろ。
おかまがまた、手を差し伸べてきた。
俺は恐怖に怯え、産まれたての子鹿のように、必死に自分の力で立とうとする。
「冗談よ♡」
俺が何とか立つと、おかまが冗談では済まされないことを、冗談とか言い出してきた。
「怖いです、帰らせていただきます…」
俺はガクガク震えながら、右手右足、次に左手左足を出し、ロボットのように帰ろうとする。
「待って」
すると、おかまがまた俺の手を掴んできた。
「わかりました。やらせて頂きます。てか、やりたくてたまりません」
さすがにこれ以上は骨が何本あっても足りないので従うしかない。
「やった!」
「やったわね♡」
こっわ。相談センターこっわ。闇深すぎるだろ。
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