第4話 我ら話が長いのは嫌いなり
何本かの蛍光灯が照らす地下室、そのうちのどれかの寿命が近いのだろう、チカチカと黒い影が走る。
水族館のような臭いに包まれたその広い部屋には、おそらく申請すれば世界記録を狙えるであろう巨大なコカトリスが何かの液体に包まれ眠っている。
その巨大な水槽の前には4人の老若男女
立ち位置としては岩永+森山と老人+女が対面している。
ペケットモンスターならダブルバトル始まるんだろうなって距離感。
「二人ともごくろうさま。私は馬場っていいます。生化学講座の教授をやっているよ」
教授と名乗った長い白髪を女学生のように三つ編みにした男はぺこりと二人の若者に頭を下げた。
「あ、ご丁寧にどうも森山といいます」
「岩永です」
「三人合わせて?」
「「「………………」」」
「ごめんね、うちの先生お笑い好きなのに人との距離感がアレな人やけん」
二人が教授に滑らされたところで、目の座った例の女の子が話に入ってきた。
岩永には今日はその目がなんとなく冷たく見えたが気のせいだと思うことにした。
「ついでにあたしは五年の山下さやか。この前は言わんでごめんね」
山下は頭をかきながら岩永少年に笑いかけた。彼はこの笑顔に弱いようだ。あっという間に赤面してしまった。
「え?知り合い?ていうか赤いな、そんな分かりやすい奴だったか?」
岩永はガッと森山を捕まえて耳を借りた。この場合は耳を強奪したっていうほうが正しいくらいの乱暴さだけど
でもさ……耳を強奪したって……何?日本語として成立してないよね。
「静かにしてくれ、ばれるだろう」
鏡が無いって不便だよね。自分の顔がどれだけ赤くなっているか彼は気づいていないのだ。
キザな喩えをするなら、夜に落ちていく直前に空を覆う、あの世界の終わりを思わせるような太陽の赤
地に足のついた喩えをするなら、あの自転車がキイキイいう時にプシューってする55-8のスプレーの缶の赤い部分くらいの赤
ようするに、もうこの場にいる全員にばれてるぞ。
「それで教授これはなんなんですか?」
ただ変な空気を察知できないほど岩永も鈍感ではない。素早く話を変えた。
「これっていうのは催しのことかい?それともこの子のこと?もしくはこの場所?あと先生って呼んでくれると嬉しいな」
「全部です、好きではないですがこの大きさには俺興味あります」
森山が割って入る。
「そっか、じゃあまずこの子のことから話そうかな」
水槽に入った竜はコカトリスで間違いない、ただ少し特殊な生い立ちであるとのこと
「特殊な生い立ちというと?」
「コカトリスの生まれ方には三種類あるのは知っているかな?」
「ええっと……コカトリス同士の有精卵から産まれるのと、死にかけの雄鶏が産む卵から出てくるのと……」
「そう最後のはバジリスクの卵から時々孵るだね」
「ああそれだ!あんなにきれいな竜の卵が孵ったらコカトリスなんてたまったもんじゃないだろうな」
森山の指す「きれいな竜」バジリスクは でっかい蛇のカイブツだ
「森山君だったよね?君ほんとコカトリス嫌いだね、話し続けるよ」
バジリスクの産まれてくる卵とコカトリスの産まれてくる卵は見た目こそコカトリスが産もうが雄鶏が産もうがバジリスクがだろうが同じだが
持っている遺伝情報が少し違う。正確にはコカトリスの卵には足りないコードがある。
それを人為的に取り除くと本来バジリスクが産まれるはずだったものを、コカトリスの卵にできるのだ。
これまでに何百匹もの蛇竜になるはずだったニワトリドラゴンが産まれている。かわいそう。
だが、その逆は確認されていない。コカトリスの卵にバジリスクになるには足りない遺伝情報を加えても卵が死んでしまう。
ときどき孵化に成功しても、出てくるのは元気なコカトリスだ。
そして件の巨大な鶏竜に話は戻る。彼の父も母も祖父も祖母もバジリスクにな産まれるはずのかわいそうなコカトリスだった。
コカトリスがバジリスクを産むことは可能なのか、という実験の過程で生み出された副産物だ。
「……マッドサイエンティスト」
岩永が聞こえないように呟いた。
「うん我ながら狂気的な発想だと思うよ」
あーあ聞こえてた。
「でも人類が進歩してきたのは、きわめて理知的に無理を通して真理を近づくの繰り返しだからね、後悔はしてないよ」
それから教授は、彼と彼の先祖の事を話し出した。
世代を重ねるごと休眠時間が長くなり比例して体が大きくなったとか、今の子はもう2年眠ったままだとかを嬉々として話した。
「あ、入り口ってあそこの梯子だけですか?」
森山が質問すると待っていましたとばかりに山下が答えた。
「その質問みんなするとよ、ちっちゃか時にいれたとってね」
「今年も君が答えちゃうんだ、私が言いたかったな」
じゃあ代わりにと、教授はこの場所について語りだした。こいつ喋りたがりだな。
この場所は元々水産学部の実験水槽だった。竜医学部が飼育している竜に盗み食いされてはシャレにならないような貴重な魚が泳いでいたらしい。
水産の人々が出て行ってからは馬場教授が個人的な実験飼育室としてコカトリスの交配を行ってきたとのこと。
このときに部屋の鍵を譲ってもらうためにした苦労や、湿気の多さに対する不満などを語っていたが、岩永も森山、そして山下さえも聞き流していたので
書くには値しないだろう。
「ここまでで何か質問ある?」
誰も話を聞いていないのを察したのだろうか、急に教授がふってきた。
「二年眠っているんですよね、食事はどうしているんですか?」
岩永は覚えていたワードから瞬時に質問をひねり出した。
「週に一度竜肥を混ぜた汚水を点滴しているよ、もともと不浄の水しか飲まないからそれでいいはずだけど、どうやって大きくなってるんだろうね」
「じゃあ二年間一度も起きてないんですね」
「うん、眠りというよりゆっくり死んでいるのかもしれないね。起こしてみる?」
「え?できるんですか?」
森山が驚いて大きな声を出した。
「ううん、わかんないよ、でも岩永君がやれば起きるかもよ」
「そうねぇ、岩永君やもん」
教授と山下は目を線にして笑った。分かりにくいが冗談なのかもしれない。
岩永はじゃあ……とコカトリスの顔付近のガラスを優しくノックした。
パチリ。ギョロギョロ。
そんな音は出てないが擬音が付くなら絶対にこれだろう。
二年間眠っていたコカトリスが目を覚ました。
忙しく黄色い目玉を動かし何かを探しているようにも見える。
「おおお……すごいな、本物は違うね」
「ね!ね!言うた通りでしょ!すごい竜に好かれるって!」
老人と不良女が色めきだっている。隣の森山はコカトリスと同じくらい目を見開いている。
「こ、これって起こして大丈夫だったんですか?」
恐る恐る岩永が聞くと、教授はわかんないと答えた。
さっきまでコカトリスがギョロつかせていた眼は落ち着きを取り戻し
まっすぐに岩永少年を見据えていた。
岩永と森山が刺激しないようにゆっくりとあとずさりすると、彼は再び目を閉じた。
「感動だな、本物は理屈を越えてくるね」
「あの先生さっきから、なんなんでしょうか?その本物というのは?」
「ああそうだね、君だけ知らないでこっちで盛り上がっているのは失礼だね」
先生は小さな咳ばらいを挟んで続けた。
「君の病気についてしっかり説明させてもらうね」
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