第3話 我らでっかいドラゴンが見たいなり
「くっそー、竜医大の初日に竜が見れないなんて詐欺だぜ」
「シラバスに喧嘩するコカトリスの写った写真が載ってただろ、あれで我慢しなさい」
「俺が見たいのは実物の竜なんだ、それにコカトリスは竜じゃない」
「授業で嫌って程見るだろ、あとコカトリスも分類上は竜だ諦めろ」
森山が不満たらたらで批判しているオリエンテーションの内容は
おじいさんと30くらいの女の人が、学習の目的、講義の取り方や進級に必要な単位の取得方法。
竜医師免許の取得に関する簡単な説明など、まあ物語映えしない面白くないものなのでサクッと省かせてもらう。
あとコカトリスというのは、細く美しいしなやかな尾と膜のような七色の羽を有し、ニワトリのような足と
ニワトリのような顔を顔を持つニワトリぐらいの大きさの立派な竜なのだ。あ、そうだ鳴き声もニワトリだぞ。
見た目は確かにちょっと変わったニワトリだが、真核生物でありながらそれ以上の分類ができない。
という竜界に分類される為の条件を満たしているので一応竜とされているが(今も竜なのかどうか盛んに議論がなされているらしい)
でっかくて強そうだから竜が好きという森山のような人間にとって彼らは竜でなく扱いの面倒な家畜でしかない。
「どうする?このまま帰る?商店街の方見てく?」
「え?森山はサークル入らないのか?」
朝に校舎に入るまでに渡せれた勧誘ビラの中にはテニスやスキーに混じって「竜」とか「ドラゴン」という単語が前面に押し出された
この学部ならではと思われ、森山の興味を惹きそうなサークルがたくさんあった。
だが森山の答えはこうだった。
「うん、世界の竜巡りサークルとか気になったんだけどさ」
このサークルは長期休暇を利用して神話から連なる地域竜を、どうせなら団体割引で見に行こうというサークルだ。
もはや森山の為にあるといっても過言ではないような集まりだ。
「いいじゃないか?僕のことは気にするなよ」
「そんなんじゃなくて、下のほうだったかなよく読んでみ?」
なるほど、と岩永は思った。
※一年生は実習の為、実質的に長期休暇がとれません。二年生になったらよろしくね。
という主旨のことが書いてあった。
「同じ理由で長期休暇を利用して、おもしろそうなことするサークルからは門前払いなんだよ」
「……ならなんでビラ配ってんだろ?」
「ほんとそれな」
岩永が自分たちには夏休みも冬休みもほぼ無いと知り、がっかりして帰ろうとした時であった。
ポンポンと肩を叩かれた。
振り返ると岩永のほっぺを、マッキーの太い方くらいの巨大な指がぶつかった。
二人ともまあ驚いた。本当に驚いた時って声でないっていうけど、本当の本当に意表を突かれると
人は『オ』と『ウ』の丁度あいだくらいの短い音が漏れるようだ。
知らない人に、こんな懐かしいイタズラを仕掛けられたことにも多少はびっくりしただろうが
この驚きの主要な成分は仕掛け人の容姿が大きな部分を占めている。
冠国の格闘家チェホンバンに笑ってだめともの名物司会者ダマリさんを足してサングラス以外の
ダマリさん成分を抜いたような男が立っていた。
要するにグラサンをかけたチェホンバンだ。
エッヘッヘと不気味に笑っている。
「お兄さん達、でっかいドラゴン見たくないですかい?」
「え?見たい!」
森山が間髪入れずに返事をする。
バカっ!「達」って言ったら僕も入ってるみたいじゃないか
という気持ちを込めて岩永は彼をにらみつけたが、当然気づかない。
そりゃそうだ、森山の心はでっかい男への恐怖も驚きも忘れて、でっかいドラゴンにしか向いていない。
できればこんな怪しい人とは関わり合いになりたくない。岩永はそう思ったし、そう思うのが自然としか言えない。
森山には悪いが一人でも逃げようと思った岩永少年だったが、大男は彼の心の機微が漏れ出た、岩永のあとずさりを見逃さなかった。
「きれいなお姉さんもいるし、上手くやれば単位ももらえますぜ」
きれいなお姉さん、と聞いて岩永は何故かあの日に出会った竜に乗ったプリン頭の彼女が思い浮かんだ。
いや、あれはきれいには分類されないはずだ、どっちかというと……かわいい?
座った眼からのくしゃっとした笑顔や、ノホホンとした方言とか
ギャップで何とかするタイプだ。この男についていっても望むものは手に入らない。
いや顔も綺麗だった気がする。けど500人以上の学部生がいる学内で一日目から偶然会えるなんてあるか?
でも万が一があるかも、いや……そんな……
「ニノもだいぶ竜の魅力が分かってきたな、育てたかいがあるぜ」
「ああ、どうもありがとう」
気がついたら岩永は二人について行っていた。
彼は少し落ち込んでいた。
自分の中に運命とかそういった類のものを、無意識に信じている不思議ちゃん的な側面が潜んでいることに気が付いてしまったからだ。
「北原さん、でっかいドラゴンってどれですか?やっぱりベイオウルス?セトス?タラスクスですか?あ、ムシュフシュは嫌ですよ?」
大男の名前は北原 源 『げん』とは読まずに『みなもと』と呼ぶ。
変わった名前ですね。と二人が言うとまたエッヘッヘと笑い、親が義経公のファンなんでと付け加えた。
ならなんで義経にしなかったんだろう。体形は弁慶だし。
「森山は勉強熱心ですね。学内で所有してる大型全部言われちゃった……着いてからのお楽しみってことで」
そのほうがワクワクしますもんね、森山は上機嫌に相槌をうつ。
「そういえば、最初に言ってた単位がもらえるとかって本当ですか?」
「本当ですよ。ただ説明は私からより先生から直接聞いた方がいいので……着いてからのお楽しみってことで」
なんて話しているうちに着いたのが旧水産学部の校舎
今でこそ立花湾キャンパスは竜医学部が独り占めしているが、20年ほど前までは水産学部との合同キャンパスだった。
ちなみに水産の人々が大切に研究飼育している魚を盗み食いする竜がいたので、拠点が離れた今でも二つの学部は仲が悪い。
この旧校舎は水産を学ぶ生徒が居なくなってからも、竜医学部の物置きとしてや学生達のたまり場(非公認サークル棟などと呼ぶ不届きな輩もいる)となっているためか
あまり20年という歳月による風化を感じさせない。
「お疲れさまでした。到着しましたよ」
北原が振り向きながら言った、サングラスの反射した日光が岩永の目に当たった。
「到着って竜はどこですか?」
森山が間髪入れずに尋ねる。
「この中にいますよ。二人で探してみて下さい」
「でっかいドラゴンって言ったのに……建物に入るのなんてせいぜい中型じゃないか……やる気でないなあ」
ブツブツと森山が不満を漏らすと、また北原はエッヘッヘと笑う。
「まあまあ歓迎の儀式みたいなものですから、それに期待は裏切らないはずです。それじゃヨーイドン!」
北原は二人の背中を優しくさすりながら、旧校舎へと押し込むようにしていれた。当人は外で愛想よく手を振っている。
彼の言う「歓迎の儀式」を公正に行うためだろうか、二人に見える範囲にある窓や扉の小窓全てにカーテンが掛けてある。
なるほど、いちいちドアを開けて確認しないと中に竜がいるかわからない。これは面倒くさい。
「期待は裏切らないって言ってもさ……部屋で飼育できるドラゴンなんて興味ねえなあ」
まだ文句を垂れている。
「部屋にギュウギュウ詰めのでかい竜が飼われているのかもよ?」
「というと、エコノミーに座る力士みたいに?」
二人は狭い座席で苦しそうに座るかわいそうな髷を結ったドラゴンを思い浮かべて、なんだか悲しくなった。
「……じゃっ、早いとこ見つけて開放してやろうか」
森山がボソリと言った。岩永はああ、と力なく返事をした。
これから二人が探索する旧水産学部校舎の構造はきれいなコの字型の三階建てだ。
コの囲われている部分は、ずいぶんと品切れの多い自販機とささくれだったベンチだけがいくつか置かれただけの、きれいじゃない中庭がある。
「二人で手分けしたほうが早いよな?ニノ右側がいい?左側がいい」
「ひだ……」
言おうとした所で岩永は思い出した。そしてすぐに忘れた。
いや違う。それに近い感覚が脳を走り抜けたのだ。上手いこと言語化できないが
近い感覚としてはデジャヴュというやつだ。岩永はこの光景を知っていて正解が見えているような気がした。
「ちがうそうじゃない。こっちだと思う」
「え?どしたの?なになに?」
フラフラと歩きだした岩永少年が開いたドアは中庭に通じていた。
芝生がはげていたり雑草が混じっていたりする、大きな意味での自然が広がっていた。
「ああ!この校舎っと言いながら、中庭に大型の竜がいるって引っかけだと思ったのか、残念だったな」
岩永の意図が分かった森山は感心しながら笑った。
「ちがう、多分こっち」
あ、そういうのじゃなかったみたい。岩永はずんずん進み、変電室らしき小屋のドアノブに手を掛けた。
ガチャリという音がしたが、カギは掛かっていなかった。
「ちょ、まてまてまて!まずいってそこは入っちゃだめだニノ!ウェイト!ウェイト!」
「森山、見て」
岩永が外でウェイト!と叫ぶ森山を呼ぶ。口へんの漢字が短い文章に立てつづけに出てくるのってなんか気持ち悪いね。
「もうなんだよ……お前怖いよ一人で急に動いて、変電室入って……お!ええ……」
岩永が見つけたのは地下へと続く梯子だった。しかも底が見えないくらい深い。
サイレントビルとかだと確実にボス戦が待っているタイプの不気味な奴だ。
「……校舎探してからじゃだめ?」
「変なところでひよるなよ。でっかいドラゴンみたいんだろう?」
「そ、そうだよな、こんなに大がかりだと期待は裏切らないって言葉、本当だろうし」
森山が生唾を飲んだ。
岩永はここまで来ると、デジャヴュのようなものが確信になりつつあった。
この先に求めているものがあるという。
梯子なんて二人とも慣れていないから一人ずつ降りることになった。
片方が落っこちたら片方が助けを呼ぶという算段だ。
岩永は縁起でもないと思いながらひんやり冷たい鉄の梯子を下へ下へと向かって行った。
「だーじょーぶかーおちるなよー」
「うーんだいじょーぶー」
「だーじょーぶかーおちてないー?」
「だいじょーぶーなんとかー」
4度目くらいのだーじょーぶかーとだいじょーぶーのキャッチボールを終えたころに岩永はやっと地に足を付けることができた。
そこには(偶然『底』と『そこ』がかかったダジャレになってしまったけど気にしないでほしい)鉄製の扉だけがあった。
年代物なのだろう。ところどころ赤黒く錆びついている。見ようによっては血にも見える不気味な扉だ。
「ついたードアあるよー」
「わかったーすぐいくー」
実際には2分くらいかかったが森山もすぐに底に着いた。小説って便利。
「じゃ、開けるぞ」
岩永はコクリとうなづいた。重い扉がゆっくりと開くと
水族館を思わせるような独特の生臭さが漂ってきた。
二人の目に映ったのは巨大な水槽と、その中でホルマリン漬けのようになっている巨大な竜だった。
「お、おっきい」
「……コカトリスだ」
コカトリスは通常、ニワトリと同じくらいの大きさだ。ただ二人の目の前のそれはゆうに全長8mは越している。
「違うんだよ……コカトリスは竜じゃないんだよ……」
こんなオチありかよ。森山少年はがっくりと肩を落とした。
「ほらねぇ、あの子です!ねぇ先生!いうたとおりでしょう?」
「すごいなあ、このタイムできてるなら間違いないね、あとそこの少年コカトリスも分類上は竜だよ諦めてね」
振り返ると先ほどまで誰もいなかったところに、長い白髪を三つ編みにしたおじいちゃんと
やっぱり、あの日出会ったプリン頭の彼女が立っていた。
やっぱり?
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