第2話 我ら新入生なり

永崎大学のメインキャンパスである文今日キャンパスから離れること約25km


立花湾に浮かぶ、中途半端に大きくて船の行き来にはちょうど邪魔になるくらいの島


それが竜医学部のあるキャンパスだ。


島の約60%が大学の敷地であるため、近隣住民からは大学島と呼ばれてはいるが


島にはしっかりと竜寓島(しまと読むかとうと読むかは定かではない)という美しい名前があるのだ。


島内には寮はもちろん、下宿や学生用マンションがあるため県外出身者の殆どがこの島に住むことになる。


県内出身者でも実家から遠い者たちは部屋を借りる。


商店街もこの学生たちの需要を満たすことに特化しているため、食料品店、雑貨屋、衣料品店、飲食店に加え


ゲームセンターやバー、タピオカ専門店など田舎の島には似つかわしくないシャレた店舗が軒を連ねる。


この島で揃わないものは基本永崎県では手に入らんと言われている。


その為県外から竜医学部にやってきたもののほとんどは島から出ることがほぼない。


彼らにとっての永崎は平和記念象やグラバー園ではなく、海竜実習と面倒な教授連中や嘘くさい味のカクテルをさす。


ただどれだけおしゃれな店であっても、コンビニ以外は20時に店を閉めてしまうため


大学生らしい若さに頼った不健康で不安定な生活は難しい。


県内出身で島から遠くないところに住む選ばれしもの達(大学を選んだのは彼らだが)は


毎日、海の上を走る路面電車に揺られてやってくるのだ。


失礼説明不足だ。


大学島と本州を結ぶ橋の上をガタンゴトンと時速30kmで走る一両編成の路面電車に乗って登校するのだ。


この橋が低く、電車がまるで海上を駆け抜けるように見えることから電車好きにはシーライナーと呼ばれている。


ちなみに永崎には本当にシーサイドライナーという名前の沿岸を走る電車がある。


とてもまぎらわしい為、シーライナーは本家に迷惑をかけているのだ。


さて選ばれしものの岩永と森山(しつこいが大学を選んだのは彼らだ)も例にもれず


永崎電気軌道から大学が安く買い叩いたオンボロに乗って島を目指していた。


「見ろよニノ、あれが俺たちのこれからの学び舎だぜ」


ニノというのは岩永一の事をさす、森山が何かのアニメで仕入れた『一』という漢字をニノマエとも読めることからきている。


最初はニノマエとちゃんと呼んでいたが、いつの間にかマエが取れていた。


「これから毎日見るのにどうしてそんなに楽しそうにできるんだ?」


「分かってないなあ、楽しめる時に楽しんどかないと」


「どゆこと?」


「登校でテンションが上がるのなんて長くても最初の一週間だけなんだぞ、ならできるだけその感じを楽しもうってことだよ」


聞けば聞くほどわからない、岩永はそう思ったがそれを口に出せばもっとわからなくなる補足説明が飛んでくるのは目に見えていたので


「……そうか」


と力無くうなずいた。


「そうそう!演技でもいいから楽しもうとしないと、人生つまんないよね」


森山の隣に座る小柄な女の子が肯定してきた。


「それな、気持ちを演技してるうちに自分も騙されるしな」


森山は彼女の意見に乗り、その理論を素早く補強した。


そういう風に言われると少しだけ分かる気がすると岩永は思った。


「体が先か、心が先かなんてどうでもいいってことか?」


「うんうん!それでいいそれでいい!」


彼女は腕を組んで力強くうなずいていた。あ、森山も同じ動きをしている。


『終点、永崎大学前~お忘れ物無いようにご注意ください』


有意義じゃない会話をしているうちに終点に着いた。


一応終点とは言うがこの路線には駅が二つしかない。


今彼らが到着した永崎大学前駅と大学行き駅という非常にシンプルな名前だ。


「んじゃ先に行くね、あと大学に登校って表現おかしいと思うよ、しつれーい」


彼女は森山と岩永を置いてさっさと電車から降りて行った。


「あの子可愛かったな、名前なんていうの?」


「森山の知り合いじゃないのか?」


「え?ニノの知ってる子じゃないの?」


この時初めてあの小柄な彼女が知り合いでない事に二人は気づいた。


よく言えば人懐っこい、二人の本音としてはなれなれしい彼女のことを


こええなあとか都会ではアレが普通なのではと話しながら、これから通学路をになる短い道を歩いていった。


もう一度言うが県外出身者はこの島をほぼでないから、多分あの子も永崎県民だぞ。

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