第80話 【イルミア】消化試合?

 私達は今、深緑の森の奥深くにある洞窟前の広場にいる。

 ここの洞窟は前来たときに、獣人がいた森とつながっていたところだ。正解の道が分かっている今回は、バラけたりせず、討伐に参加している冒険者全員でここまで来ている。


 正直、この第2波は消化試合に近いと思っている。

 獣人の居場所もそこまでの道も特定できていて、道中には罠が多少あるものの、私からすれば魔獣は大したものがいない。

 歯ごたえがあるのは獣人だけ。その獣人との戦いに私が集中できるように、他の冒険者がザコの魔獣を抑えてくれればそれで済む。


 あとは掃討戦だ。ダンジョンにはびこる魔獣を殺し尽くしてやる。


 この時点まで、私はそんな風に思っていた。

 だが、目の前の看板にいきなり、調子を狂わされる。


『この洞窟は最深部にはつながっていません』


「……」


 この看板はなに?

 こんなものはこの間来たときにはなかったはず。


「おい、こいつはどういうことだ?というか、これはどう解釈すればいいんだ?」


 そうなる。

 一緒に来た冒険者の一人が声を上げる。


 さすがに、この看板に書いてあることをそのまま真に受けるほどのバカはこの場にいない。

 ダンジョンマスターがダンジョンを作り変えることが可能なのは当然だと思う。でもそれは、それなりに時間を要するはず。前回の討伐からまだ10日ちょっとしか経ってない。そこまで大掛かりな改造ができるものかしら?


 洞窟の中はかなり広い迷宮のようになっていた。もしかしたら、最深部につながる入口自体複数あって、どの洞窟の入口は塞がっているのかもしれない。

 そもそも、こないだ出てくるときだって、帰りは道が塞がっていたのだ。同じようなことは十分にありうる。


 でも、だったら、そんなことをわざわざこちらに教えてくれる必要はない。

 この看板の目的はなに?


 ……。


「みんな離れて!」


「はぁ?」


「いいから早く!」


 ズズン……


「うぉーーー」


 遅かった……。

 私を含め、一緒に来ていた冒険者はみな今現在落ちている。

 急に地面に穴が空いたのだ。


 下を見下ろすと地面が見える。


「《エアウォール》」


 私は風の魔道具を使い、高密度の空気の壁を下に作り出し、落下の衝撃を和らげる。


 ストン。

 体勢を立て直し、無事着陸する。


 ズドン!!!

「うぎゃぁーーー」


 他の冒険者は地面に叩きつけられる者多数。

 私の《エアウォール》でそのまま落ちるよりはマシだったはずだけど。

 みたところ、一応みんな動いているので、死人はいないっぽい。


 ……立ち上がれてないのは何人かいるけど。


「やられたわね……」


 あの看板はあの場に私達を留めることが目的だったのだろう。

 そして、私達があの場にいる間に落とし穴を作動させた、と。

 魔道具の反応がなかったから、純粋に物理的な落とし穴だったのかしら?


 私は上を見上げる。

 この落とし穴の壁は上にいくほど狭くなるように反り返っていて、高さは20メルトはあるだろう。風の魔道具とかを使っても登るのはちょっと無理そう。


 ん?


「矢が来るわ!備えて!」


 穴のふちに弓矢を持ったゴブリンがずらりと並び出すのが見える。


「《ファイアボール》」


 私は魔道具を使い、応戦する。

 といっても、距離があるし、一歩ゴブリンが下がれば当たらなくなってしまう。

 威嚇にしかなっていない。


「イルミアさん、道がある!」


 冒険者が声を上げる。

 そのときには冒険者達は傷ついた仲間を抱えながら、もう各脇道に走り出していた。


「一旦態勢を整える!各自地上を目指して!」


 私も脇道の1つに入りながら、指示を出す。

 脇道はいくつもあるけど、どれも狭い。正解の道が分からない中、大人数が固まって移動するのは得策ではないだろう。


 初っ端からまんまと罠にかかってしまった形だが、また地上に出てから仕切り直せばいいだけ。

 なにせ、この地下迷宮は魔獣がほとんどいないことが前回で分かっている。あの森にいた獣人は別として罠にさえ気をつけていれば、Cランクレベルの冒険者達でも問題なく切り抜けられるだろう。

 どこか1組のパーティが地上に出れれば、あのゴブリンどもを蹴散らし、落とし穴の上からロープを垂らしたっていい。脇道のすべてが地上につながっているとも思わないが、まぁ問題ないだろう。


 そんな風に考えながらも罠には気をつけ、私は道を進んでいった。


 !?


 私は突如気配を感じて、剣を構える。


「シャーーー」


「ロックリザード!?」


 構えた剣にロックリザードの牙が硬質な音をたてて、ぶつかる。

 奇襲を防がれたロックリザードは剣に噛み付いたまま、尻尾をふるってくる。

 私は双剣を振り、ロックリザードを弾き飛ばす。


「これは……まずいかも……」


 ロックリザードはCランクの魔獣だ。

 Cランクというだけで同じCランクの冒険者は倒せないということはないだろうが、楽に勝てるわけでもない。

 そのうえ、洞窟の中でロックリザードというのが最悪だ。


 ロックリザードはなぜか探知の魔道具が作動しないことで知られている。

 いや、正確には戦闘に入ってしまえば問題なく作動するのだけど、一度戦闘に入ってしまえば、あまり探知できても意味がない。

 そのせいで、ロックリザードが出る洞窟では、灯りが目にあたると光る習性を活かして、入念に灯りを当てて確認して進んだり、壁を叩きながら進んだりすることが求められる。当然、探索のスピードは落ちるため、ロックリザードが出る洞窟は冒険者に嫌がられる……というか、狩り場には適さない。


 たまたま私が来た道に1体いただけならいいけど、もし、他の道にもいたとしたら……。

 前回来たときにはいなかったから、誰もロックリザードなんて警戒しているはずもない。


 そもそも、この深緑のダンジョンの特徴は、「ダンジョンのつくりも罠も悪辣だけど、魔獣は弱い」と思い込んでいたのだ。

 それがもしCランクのロックリザードがごろごろいるなんてなったら、話が全く違う。


「《エアウォール》」


 風の壁を叩きつけられたロックリザードは地面にしがみつき、じっと耐える。

 そのスキに私は急接近。


「シャーーー!!」


 ロックリザードは素早い身のこなしで私に襲いかかってくるが……遅い。

 私の双剣がロックリザードを背中から切り刻む。


「……」


 目の前に横たわるロックリザードを見ながら、問題なく成功すると思っていた討伐に暗雲が立ち込め始めたように感じる。


 私は少し歩みを早め、一人洞窟を進む。

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